6 リトゥラビ・リトゥラビ・ダーダーダー!
ペーターは、ふわふわした夢の中にいた。
家の暖炉の前で、ワクワクと絵本のページをめくっている。
絵本はたくさんシリーズが出ていて、次から次へ読んでいっても飽きることがない。
そのタイトルは『リトゥラビ・リトゥラビ・ダーダーダー!』
リトルラビットの3兄弟、ダン、ダニエル、デイモンが魔法使いになって活躍するお話だ。
家族みんな3兄弟が大好きで、暖炉の前で父母が毎晩朗読してくれた。
特に次男のダニエルは格好よくて機転が利いて、姉や妹、女の子たちに人気だった。
でもペーターが好きなのは長男のダン。ダンは正義感の強い仔ウサギで、弟たちを守り、警官をめざしている。
フフフン。ジブンもダンみたいな警察官になりたいっすねぇ……。
「フ、フフン————うはぁっ!」
ペーターは急に目を覚ました。
居心地のいい暖炉は消えうせ、硬い寝台に横たわっていた。
「目が覚めたか。パイン」
寝台の右で、静かに腕を組み、竹編み椅子に座る男が口を開いた。
急に苗字を呼ばれ、ペーター刑事は一瞬誰だか分からず、目を白黒させてしまった。
相手の服装は、少々くたびれて皺の寄った辛子色のトレンチコートにスーツ。だがよく見ると、顔を知る州警察の先輩だった。
「復活が早いな。まだ午後4時だ。もう数日は眠っているものだと思ったが」
森栗鼠族、ラルク・ランナー。ラヴァ州警察の私服警官である。
ペーターよりふた回りほど小柄な彼だが、ふさふさの大きな灰色の尻尾を持ち、長い前髪に隠れた虚ろな瞳には、目にうつる物事すべてを冷静に見つめている。
「うわっ、ランナー先輩。お久しぶりっす!」
「でかい声を出すな。隣でクジノフが眠っている」
アレクセイ・クジノフ。護送車を運転していた警官だ。失神呪文を打たれたせいで、今日中に目覚めるのは難しい。
「パイン、おおよその話は聞いたよ。死人が出なかったのは幸いだったな」
ランナーはじっと目を閉じ、タバコを吸うポーズを取って、ハッカ味の棒付きキャンディを舐めはじめた。
「……ええ、でも仮面の男が……ヤツは森へ逃げてったっす」
「致し方ない。さっそくだがキミの話を聞きにきた。コンベイの地で何があったか教えたまえ」
「ここででっすか? 警察に戻ってお伝えしますよ」
「だめだ、左手を負傷している。粉砕骨折だそうだ、治療に努めろ」
「……骨折?」
ペーターは寝そべったまま己の左側を見た。
葉っぱの影響のせいか痛みを全く感じなかったが、右腕と違い感覚がない。
……骨折した覚えはなかったが、紅葉の腕を掴んだ時のものだろうか……。
「ではまず、サウザスを出立してからの話を聞こう。君はアルバを隣に乗せていたね、事件について彼は何か言っていたか」
「ショーンさん……無事っすか?」
「むろん。まだ上の階にいるはずだ」
「……お礼を言いたいっす。ジブンがお守りするって言ったのに、逆に救ってもらったっすから……」
「何?」
ハッカのキャンディが、カコンと鳴った。彼は怪訝な顔でペーター刑事を見つめる。
「違うぞパイン。アルバを我々が守るのはおかしい。“アルバが” 我々を守るんだ。向こうのほうが地位も名誉も上だ」
ランナーは脚を組みながら、右の人差し指を天井へ向けてビシッとさした。
「そうっ……すか……でも、彼は守るべきアルバっす」
「ハ、失礼なことを言うな。そんなに情けない人物なのか、ターナー氏は」
ランナーは呆れて眉毛をへの字に曲げた。
「そうっすねえ、情けない所はイッパイあるっすねえ……」
……だがペーターは忘れていない。ショーンは自らの弱点を曝けだして、警官に策を教えてくれたのを。クルンとしんどそうに曲げた猿の尻尾を思い出す。
「フフ、でも優しいおヒトっすよ…………」
そうだ……彼は三男のデイモンに似ている。
デイモンもよく兄たちの後ろで尻尾を縮こまらせていた……でもいざという時は自分を犠牲にしてでも、みんなを守って……。
昔の絵本を思いだし、ニヤニヤ笑い続けるペーターに、ランナーは眉をひそめてカコンカコンと飴棒を齧った。
同時刻、サウザス警察、死体検案室前。
「未曾有の出来事よ……未曾有の出来事よ…………」
星白犀族のテレサ・トムソン先生は、いつもはふくよかな桃色の肌を極限まで白くさせ、しきりにハンケチで頬を拭いていた。
彼女の親友で似たような体型をした警官のティシーは、見かねて尋ねた。
「気付け薬はいるかしら? テレサ」
「いいえ結構。ああ神様、デズ様モルグ様、ドルーミ様、バッソ、ルーマ・リー、マルク、イホラ、リンド、ミフォ・エスタ、神の皆々様……どうかどうか御慈悲をくださいませ……うっぷ」
「そんな体調で大丈夫? ベルナルド先生に任せておきなさいよ」
「いえ、これはサウザスの規定よ。外部の医師を呼んだ場合、町医師も必ず立ちあうこと……ロナルド先生は必死に火事の治療をしてくださってるの、ヴィクトル先生は寝込まれてしまった……だから、私が行かなくちゃ……っぷ」
コツコツと廊下の奥から、州警察の監察医ベルナルド・ペンバートンが静かにやってきた。
「テレサ、これを使いたまえ。問題ない、私も愛用しているものだ」
「いえ!……ええ、ハイ。いただくわ」
諦めてテレサは思いきり薬を吸った。
準備が整い終わったのを見て、ガコンと、警官のティシーが重い鉄の両面扉を開ける。
気付け薬を吸い終わった医師2名は、アーサー・フェルジナンドの遺体が待つ検案室へと入っていった。
絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816927861175535050
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます