第16章【Gungnir】グングニル

1 神の槍と光るモグラ

【Gungnir】グングニル


[意味]

・北欧神話の最高神オーディンが持つ、けして標的を外さない魔法の槍。戦の最中に戦場へ投じられると勝敗が決するとされる。


[補足]

北欧神話にて、鍛冶屋の小人イーヴァルディの息子たちが、悪神ロキに依頼されて作った宝物のひとつ。小人たちは献上品を贈れば神の恩恵が得られるとロキに騙され、宝物を3点作った。女神シフに《黄金の髪の毛》を。女神フレイに 《魔法の船 スキーズブラズニル》を。そしてオーディンに 《魔法の槍 グングニル》を製作した。





【神の槍は地をも穿つ! 《グングニル》】



 クラウディオの両腕から放出された黄色い光は、仮面の男に向かって地響きとなって轟いた。


 大地呪文 《グングニル》。

 黄色く細長い光が、大地を揺らし地面を割り、まるで 《魔法の槍 グングニル》が地表を貫いたかのような痕を作る。

 市街地での使用は厳重に注意すべき呪文の筆頭株で、去年、ラヴァ州のアルバ統括長フランシスが、これを使って旧グレキス駅舎を一気に解体させたのは記憶に新しい。

 別名 《光るモグラ》という身も蓋もない異名もある。以前ショーンが使ったときは、本当にモグラが通った跡のような、ショボい割れしかできなかったが……


「どうかね、貴君! この揺れは!」

 神槍グングニルの名に引けを取らない、大きな地響きと揺れが起きていた。

 まるで槍が——というより、もはや小型な列車が線路を走るがごとく——眩い流線形の光が、凄まじい音を立て大地を割って突進していく。

 仮面の男は体勢を崩し、思わず地に手をつけてしまった。

 ショーンらの居る場所も大いに揺れている。

 警官たちは、磁界の揺れと物理的な揺れで、さらに気分が悪くなってしまった。

「ハンッ、これでマナに集中できまい!」

 クラウディオは仮面の男に向かって吠えた。男は激しい揺れの中、迫りゆく地割れから逃げるのに精一杯で、それどころではなさそうだ。



 呪文というものは傍から見れば、格好よくポーズをつけて大声を出しているに過ぎない。だが、術者の体内では、極めて複雑かつ繊細な動きが行われている。

 呪文を打つ前、体内の必要な位置に、必要な量のマナを配置する必要があるのだが──これを 《マナの集中》と呼ぶ。呪文が強力になればなるほど、マナの配置は複雑化していき、文字どおり『集中力』が必要となる。

 この酷い振動下では、いくら強力な呪文の使い手でも 《マナの集中》はできないようだった。仮面の男は大地を転がり、グングニルから必死の様子で逃げまどい、寸前のところで脇に逸れて、神の光を見送った。


「槍はまっすぐ飛ぶのが美しい……フフ、しかし、これは神の槍!」

 クラウディオが右腕を大きく振った。

 直線上に進んでいた地割れが、唐突に向きを変え、彼の腕が示す角度へ進んでいく。

「ハッハッハ、けして標的は外さん!」

 グングニルが大地を割っている。

 その光は一直線に——【囚人護送車ブラック・マリア】に向かっていった。



「——っ待て! クラウディオ!」 

 ショーンが飛び起きた。あそこには紅葉がいる!

「クラウディオ、車をどうする気だ!」

「どうした、ショーン君。あの呪文が、《光るモグラ》と呼ばれることを知らんのかね」

「はぁっ?」

「グングニルが車を貫く寸前、モグラの口が開いて呑み込むのだよ。衝撃はかなり緩和される、囚人護送車は地面の下にのめり込む! まっ、車体は多少剥がれるだろうがね。なに、ブラック・マリアほど堅牢な車はない、内部の人間は安全だ!」

 ……地面の下へ……呑み込む? 

 あの速度と振動で上手くいくのだろうか……

 いや、たとえ車内は安全だったとしても……!


「違うちがうッ、待って!」

「護送車ごと地面で挟み、閉じ込めてしまえばユビキタスはどこへも行けぬ。仮面の男も手出しできまい、ハーッハッハ!」

「いいから呪文を止めてくれ!」

 向こうには生身の紅葉がいる。警官だって。失神を喰らった後、まだ車の近くに倒れているはずだ。──モグラの口に入ろうが入るまいが、近くにいたら一溜まりもない!


「あそこには紅葉がいるんだ、クラウディオ!」

 ショーンはよろめきながら止めるよう懇願した。こちらの足元の揺れが徐々に収まってきた。向こうに呪文が近づいている証拠だ、まずいまずい。

「紅葉君か……立派だった! 弔いには大きなバラの花束を贈ろう」

 クラウディオが伸ばした右腕をグッと曲げ、胸に熱く掌を当てて敬礼した。

「──ふざけんな!」

 この豚に止める意思はない。

 仮面の男は後方へ体を向けて見つめている。何か呪文を唱える気か?

 しかし奴に構ってる暇はなかった。グングニルの光の槍は、地面を掘り起こしながらずんずん進み、ゴウゴウと砂煙を上げている。

 真鍮眼鏡の倍率をあげても、すでに煙で様子が見えない。


 ──もうやばい。時間がない。

 ショーンの瞳孔がキュウッと狭まった。

 何の思考もまとまらないまま、両手の拳を前に突き出し、交差させた。

 両拳と額の3方から眩い光が灯る。

 色は橙。黄色より濃い、強い色だ。 



【ここは境界の標だ! 《テルミヌス》】



絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816927861055331288

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