6 カルテの秘密

「ウエッ……ショーンか、どうしたんだよ」

 病院の扉を叩いたら、アントンが出てきた。

「おいアントン。ウエって何だ、ウエッて」

「お前が関わるとロクなことないんだ。いつだってそうさ」

「うるさいな……そっちこそまだ病院にいたのか?」

「ボクは父ちゃんの傍についてるんだ。見張りも兼ねて。役場の上司もここにいろって」


 夜の病院はひっそりと静寂に包まれていた。持病の薬を待つ夜の患者らも、みな目を閉じ、名前を呼ばれるまで思索に耽っている。

 深夜病院の雰囲気に全く似つかわしくない、ショーン紅葉リュカの3人が、アントンの前に立っていた。

「おい待て。なんだぁ、そのデカい斧は。病院に持ち込むな!」

「紅葉が勝手に持ってきちゃったんだよ。そうだアントン、裏に来てくれ」

 アントンがいるならちょうどいいと、人目のつかない裏手へ連れ出した。

(その間ずっと、リュカと紅葉は後ろの方で、「アイツらトモダチになったのか?」「なんか友情が芽生えてるよね」とコソコソ陰口を叩いていた)


「アントン、頼む。町長のカルテを見たいんだ。持ってきてくれるか?」

「なんだ、またこっそりか?」

「うん」

「ったく、いくらアルバ様でも、病院には守秘義務ってモンがあるんだぞぉ」

「そこを何とか、サウザスの平和のためだ……!」

「はぁ〜バレたらヤバいのに……チッ、しょうがないか」

 病院に来るまで、ショーンは、真っ向から院長に頼もうと乗りこんできた。

 けれど……息子のアントンを見て方針を変えた。

 これ以上、ヴィクトルに心労はかけられない。



 院長の倅は、髪をクシャクシャかきながら、病院の中へ消えていき……半刻ほど待つと、大きな手提げ鞄を持って、やってきた。

「ほら、町長のカルテ。間違いないな」

「ありがとう」

 茶色に褪せた表紙に、オーガスタス・リッチモンドと書かれていた。そこそこぶ厚い紙のカルテを、街灯の乏しい光でページをめくる。めくって…めくって……

「……あった」


───────────────


オーガスタス・リッチモンド 金鰐族


日付:皇暦4567年03月07日

内容:尻尾 右側部に50センチの切創

手術:===============

   =============== 

   ===============

投薬:===============

   ===============

備考:レストラン『デル・コッサ』にて、町長秘書エミリオ・コスタンティーノを尻尾に突き落とした弾みで、置物の鉄甲冑と衝突した模様。エミリオは腰椎粉砕骨折により、重傷。


───────────────


「……何てこった」

 やはり『デル・コッサ』の甲冑は、町長によって壊されたものだった。

 しかもコスタンティーノ兄弟の六男、エミリオの歩行障害の原因だった——


「普通はカルテにこんなこと書かないぞぉ。父ちゃん、記録しておいたんだ」

 アントンが苦々しい顔で唸った。

「……やっぱりエミリオさんの報復なのかな……コスタンティーノ兄弟たちが、『ボティッチェリ』に呼び出したのって……」

「ええっ、まさかこれが事件の動機だっていうのかよぉ。犯人はユビキタス先生じゃなかったのかあっ?」

「いやでも、ボティッチェリの宴会中、そばに警護官はいたんだろ。何かあったら彼らが対処するはずだし、レストランでは何もなかったと僕は見ている」

「——待て待て待て待て!」

 好き勝手話だす面々に、リュカが両手を広げて制した。



「——ちょっと待て!」

「なんだよ、リュカ」

「とりあえず確認しておきたいんだけどさあ、誰もこの事件を知らないのか? 秘書のエミリオが、町長のオーガスタスに骨折させられた話」

 みんなは目を見合わせた。

「こんな事件あったら、普通は逮捕されるか……少なくとも新聞やラジオで報道はされるだろ。オレは新聞あんま読んでないけど……みんな知らないのか?」

「……私は知らないよ」

「ボクだって知るかぁ!」

「だから、町長側が隠蔽したんだろ」

 ショーンはイライラしながら答えた。そこは今問題じゃないぞと言いたげに。


「でも、アーサーって新聞記者は、そのエミリオのこと知ってたらしいんだよ。だから、新聞社だったら、他にも何か知ってると思う」

 リュカは『鍛冶屋トール』の応接室で、散々聞いた話から推測した。

「じゃあ、モイラさんに訊きに行こうよ。彼女、全部の事件を覚えているらしいし」

 紅葉が、新聞社の方角を指さした。が、リュカがいったん制す。

「待てよ、向こうが素直に教えてくれると思うか? だって一度は隠蔽されてるんだぞ」

「う、うぅん……そっか」

 紅葉は新聞社にすっかり顔が利くつもりになっていたが、確かに教えてもらえる保証はない。

「よく分っかんないけどお……新聞社なら、なんかスクープでもあればいいのか?」

 アントンは、ショーンから町長のカルテを奪い、パラパラとページをめくった。

「返せよアントン」

「シッ……父ちゃんは患者に見せたくないメモを、人体図の裏にいつも書いてる」

 ペリペリと、カルテに糊付けされた人体図面を、太い指で剥がしていった。



「……あった、これだ」

 オーガスタスの病気の部位や症状について、濃い青インクの万年筆で記載された図面の裏に……10数名の人物名が綴られていた。日付と名前と怪我の部位が、わざわざ薄い黒鉛筆を使って書かれている。

「これ…………町長が怪我させた相手か⁉︎」

 アントンが見つけたのは全部で4枚。相当古くからあり、銀行時代のもある。

「……うへえ、こんなにいんのか。マジかよ…………」

 さすがにエミリオ並みの重傷者はなく、多くは軽症に終わっているが……オーガスタスの被害者名簿には間違いない。

「これは……警察でも把握してないんじゃないか」

「新聞社でもカンペキには知らないと思うよ……」

 紅葉とリュカも、口々にしゃべった。


「アントン、これは相当な取り引き材料になる。使わせてもらうぞ」

「待てよ、新聞社に持ってく気か? 父ちゃんの許可も取らずに!」

「大丈夫、ネタとしてチラつかせるだけだ。このカルテは大事に持ってろ。印刷しといてくれると助かる」

 ショーンは勝手なことを抜かし、

「新聞社へ行くぞ!」と幼馴染3人は団結して拳を握った。

「えっ、もう行くのか。おおい、待てよショーン!」

「ありがとうアントン! また改めて礼をする!」



 別れの挨拶もそこそこに、ショーンたちはバタバタ急いで新聞社へ行ってしまった。

 病院裏の樫の下には、アントンと町長のカルテだけが残された。

「チッ、あいつら……取り引きって……ったく勝手に」

 アントンは呆れながら、手提げ鞄から別のカルテを取り出した。

「——町長っていうから、ユビキタス先生のカルテも持ってきたんだぞぉ」

 病院長の息子はボリボリと頭をかきつつ、もう一つのカルテをペラリとめくった。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816700427565892049

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