5 双子の片われ
「オーナー……どういうことですか、何でこんな壊れているんですか」
「……階段から落としたんだ」
無残に打ち捨てられた甲冑が、物置でじっと佇んでいた。
現場を押さえられたオーナーシェフが、苦々しく項垂れている。彼の立派な白ヒゲは、砂埃を被ってくすんで見えた。
甲冑には、階段から落としたらしき凹みもあったが……
「ふーむ、落下しただけっすか? 何かに打ち付けられたように見えるっスけどねえ」
像の最も大きな破損箇所は、下半身だった。
向かって右から左にかけて……つまり甲冑にとっては左脚部分が、何か大きいモノに襲われたかのように、ひしゃげて破壊されている。
「いったい何があったんです?」
「……階段から落としたんだ」
戦斧の柄は折れ曲がり、腕から離れて役目を失っていた。
台座にも深いヒビが入っており、立て起こすのも困難だった。
「答えてください、オーナー!」
「…………階段から落とした」
苦々しく答えた彼からは、それ以上の回答は得られなかった。
かわいそうな甲冑は、何も語らず、夕陽の中、静かに眠っている。
「——いちおう上に伝えておきますけど、埃を長期間かぶっていましたし、直近で動かされた形跡はありませんでした。町長事件との関連は正直ないと思うっす」
「ああ……」
事件と関係はない——それはリュカにも分かっていた。
けれど何かが引っかかる。
歯の奥に詰まったものを感じながらも、2人はトボトボ役場への道を向かった。
「ペーター刑事、今日はありがとう」
「いえいえ、お役に立てたようで。また何かあったら頼ってくださいッス」
「うん、頼もしかった」
ペーター刑事は妙にそわそわしている。
「……よかったら、うちの店に寄っ」
「わあ、いいんスか⁉︎ ヒャッホウ!!!」
かくして兎警官は、ぴょんぴょん跳ぶように鍛冶屋トールへと向かった。
「で、まさか今まで、その警官の相手してたのか?」
「まあ……他にも色々あったんだが……そんなとこだ」
背中を丸め、疲れを見せるリュカに、ショーンは呆れながらクスクス笑った。
「でも、あの店を初めて見たら興奮するだろうなー」
「喜んでたよ。うちのナイフもお礼にあげたし」
「へぇ〜」
「…………ねえ、リュカは何でその斧を持ってきたの?」
紅葉は、とうとう我慢できずに質問した。
「ああ、これか。ショーンにいちおう調べてもらおうと思って」
「……調べるって、呪文痕を?」
うっかり気軽に受け取ってしまったショーンは、想定を超える戦斧の重みに、ぎゃッと叫んで腰を落とした。
「他に呪文で調べられるもんがあるのか?」
「血痕や指紋とかか? それはすでに警察が調べてるんじゃないかな……」
ショーンがサッチェル鞄から【星の魔術大綱】を出そうとした……が、手持ちの戦斧がベッドにぶつかりそうになり、あわてて紅葉が受け取った。
(あ………)
初めて感じる鉄の武器の重みを、紅葉は自分の手の中にシッカリと感じ、ゾクリと皮膚が泡立った。
(……この感触を、わたしは知っている)
ドクンと、紅葉の心臓が強く波打ち、次の瞬間ドッドッドと鼓動がはやく早く高鳴っていった。角が……手が………熱い!
「紅葉?……紅葉、どうした?」
「ん、なんだ?」
ドクドクドクドクドッドッドッドッ。
血の鼓動が止まらなかった。
鉄で呼び覚まされた熱い血潮が、紅葉の激情を揺り動かした。
皮膚が、細胞が、張り裂けそう────
「なんだ紅葉、ぶん回したいのか? いいぞいいぞぉ〜、ちゃんと革の手袋使えよ。摩擦で皮膚が擦れちまう」
リュカの間抜けな一声で、急にしゅーんと紅葉の熱が冷めていくのを感じた。
「……だ、大丈夫、何でもないよ。呪文に使うんでしょ、はいどうぞ」
毒気が抜かれた紅葉は、フゥといったん落ち着いて……ショーンの前に斧を差しだした。
「……どうかしたのか?」
「いやいや。立派な斧を握るとヒトはどうしてもブン回したくなるからな。ロマンだよ、ロマン」
訝しがるショーンを尻目に、リュカは丸太のような腕を組み、満足そうに頷いている。
「ほんとに大丈夫か、紅葉」
「平気、こんな立派な斧を振り回したら危険だもんね。体が真っ二つになっちゃうよ」
「マップタツって……そんな切れないだろ」
「失礼な、硬い鱗の皮膚でもスッパリ切れるぞ!」
ショーンの脳裏に、監察医のベルナルドが舌をチロチロさせている姿が、ふと浮かんだ。
『斧のようなもので右横から切り落とされたようだ。
数回切りつけた跡があるな……薪用の手斧よりは大ぶりだ。
戦斧かもしれない』
記憶の中のベルナルドは、確かそんな風に言っていた。
今度はショーンの心臓が、ドクドク熱を持ち始めた。
(——まさか、この戦斧か?
立派な刃渡りを持つ斧だ。尻尾も余裕で叩き切れそうだ。
けど甲冑にずっと固定されていたはずだし、
それにあの尻尾を叩き斬れば、刃こぼれだってするだろう。
警察の調べでは血痕はない。
ああでも「解体ショー」ってまさか……?
いや、でもアントンが深夜に尻尾付きの町長を見ているのか。
『ボティッチェリ』で解体、ってことはないはずだ。
では何だ。何が気になる———)
『ふむ、大きな傷だね。カルテによると家具にぶつかったとか』
『レストランでね、酔っていたのだろう』
「———ああああ!」
レストランで作ったという、町長の尻尾の古傷。
あれは『デル・コッサ』の甲冑に違いなかった。
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