4 レストラン『デル・コッサ』

 リュカは、そこまでの話を一気にして、疲れたようにゴクゴクと喉を鳴らしてお茶を飲んだ。

「お前、なかなか有能なやつを味方につけたな」

「ああ……さすがは、ラヴァ州警だ。サウザスとは人材が違うな」

「ペーターって名前だっけ。僕らにも協力してくれないかな」

「なんだ、警察に隠れて何かするつもりか?」

 リュカとショーンが兎警官へ高い評価を送る間に、紅葉はリュカの持つ鉄斧が気になってしょうがなかった。

 リュカはなぜこれを持ってきたのだろう。

 あれは武器としてのどんな性能だろう。

 自分は、あれを扱えるだろうか……


「で、次の『デル・コッサ』ではどうだったんだ。成果は?」

「最初は濁されたが……結果的に、すごい発見をした」

 ショーンはじっくりリュカの話に聞き入り、紅葉は上の空だった。





 レストラン『デル・コッサ』。

 サウザス西区にある老舗の高級レストランだ。

 中央通りに面する2階建てのカントリーハウスで、敷地内は馬車を止められるほど広々している。サウザス駅とは比較的近い位置にあり、裏手にコリン駅長の家もある。小さな森で囲まれていて、地面にはレンガの花壇が敷かれ、季節の花が咲いている。


 創業は100年以上前、ちょうど酒場ラタ・タッタと同じくらいの年代だ。現在のオーナーシェフは、帝都の料理学校出身で、クレイトの一流料理店に勤めた経歴の持ち主である。コスタンティーノ家の次男ピエトロは、彼に弟子入りして修行した。

 ピエトロは若くして副料理長まで上り詰めたが、8年前に独立し、貧しい東区にも質の高いレストランが必要だと、料理店『ボティッチェリ』を出店した。出資者はもちろん、東区の市場を握るコスタンティーノ兄弟だ。


 良好な関係だった2つの店は、『ボティッチェリ』の開業にあわせて、『鍛冶屋トール』へ揃いの甲冑を注文した。

 当時、ちょうどオスカー・マルクルンドも、第2工房を建てたばかりで張り切っていたため、彼は気合いを入れて、双子のようにそっくりな甲冑像を製作した——



「物騒だな。なんなんだ君は、斧なんか持って」

「シェフ、この斧に見覚えありますか?」

「……ないね」

「そんなはずありません。そちらの甲冑も手に持ってるはずだ。『ボティッチェリ』と同じで、うちで作った」

「ああ……あれね……悪いがもう飾ってないんだ、店の雰囲気と合わなかったのでね」

「じゃあどこにあるんですか? 見せてください」

「フン、もう処分してしまったよ」

 ペーターに頼る気満々だったリュカは、いきなり矢面に立たされ、孤軍奮闘していた。有能なはずの兎警官は、なぜか「ボクァただのお付きですよ」といった顔で、飄々と背後に立っている。

 たっぷりと白ヒゲを生やした『デル・コッサ』のオーナーシェフは、目に見えてイライラしていた。

 喋りが苦手なリュカだったが、なんとか会話を引き延ばそうと、頑張っていた。


「処分って、ここにはもう無いってことですか?」

「……そうだ。必要ないのでね」

「でも記念に作ったものですよね。しかも、かなり高額で」

「……考えが変わることもある。実際に置いてみると、また違うものだ」

「捨てたことは『ボティッチェリ』側はご存知なんでしょうか」

「無論、知ってるはずだ……ウム」

 ——おかしい。

 リュカの知るここのオーナーは、説教好きだ。

 普段は会話の主導権を奪うタイプが、こんな風に弱々しく、若者の話を聞いているなんて……やはり何か隠していることがある。

 装飾ナイフの売り込みやら、最近購入した香辛料の話やらで、話題を変え品を変え、会話を続けようとしたものの、仕込みがあるからと、店を叩き出されてしまった。



「どうして助けてくれないんだ…!」

「まあまあ、さっきの言い訳はもう使えないんすよ。2回目の嘘はどうしてもウソ臭くなりますからね」

 悪の美学を堂々と語った警官は、店裏の人目につかない場所に誘導した。

 困惑するリュカに手持ちの斧を降ろさせ、2人はひっそり『デル・コッサ』の裏手にある、森の草むらの茂みに隠れた。目の間にはレンガで囲んだ花壇があり、白いヒナギクの花が植わっている。

「……おい、どうするつもりだ」

「……まあ待つっすよ。待ってたら浮かび上がることもあるッス」


 ここからだと店の裏側がよく見える。

 勝手口の周りには、井戸と鳥小屋と小さな畑。南東には地下のワイン蔵へ続く小道、北東にはロッジ風の物置小屋……老舗にふさわしく様々な施設や器具がある。

 リュカは落ち着かず、尻をムズムズさせたが、

 ペーターは鼻をヒクヒクさせて、耳をピンと高く尖らせていた。

 待つのが大事。ふたりは草むらでじっと待った。



 ……じっと、

 …………じっと、

 目の前には赤いテントウ虫が飛んでいる。

 小さなミツバチも蜜を集めていた。

 花壇に植わっているヒナギクの花は、

 テーブルに飾るためか、切られた跡がそこそこあった。

 列車の発車音が遠くで聞こえ、工事の音が近くで聞こえる。

 リュカが景色に飽きてぶるぶると首を振った瞬間に、

 バタンと、店裏から慌ただしくスタッフが何名か出てきた。

 庭の北側の物置を開け、小声で何やら騒いでいる。


 ペーターが両腕をまくり、脱兎のごとく駆け出した!

 マッチョな警官がすごい形相で駆けつけたため、料理人たちはビビって及び腰になってしまった。

 彼は有無を言わせず強引に、物置小屋の扉をガラッと開いた。

「……なるほど、ここが処分先っスか」

 そこには斧と脚を破壊された甲冑模型が、埃を被り、静かに横たわっていた────。

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