2 つぶらな瞳のウサ耳ムキムキマッチョ警官

 時を夕方まで戻して、3月8日水曜日の午後4時すぎ。

 新聞記者アーサーが帰宅した後、『鍛冶屋トール』は嵐が去ったかのような感覚に陥っていた。

 エマはブツブツ呟きながら応接室を入念に掃除し、いつもはすぐ作業場に戻るはずのオスカーは、ソファに座ったままジッと考え込んでいた。


「……今すぐ甲冑を確認する必要がある」

「オスカー! ダメよ駄目、危険ですっ!」

「………しかし、製作者として確認義務が……」

「だとしても警察がとっくに捜査してるでしょう。町長は消える直前、あのお店にいたんですから!」

「……だが、あの甲冑の状態が今どうなっているのか……確かにあの位置にあるのは不自然だった…………」

「たとえ何かあったとしても、州警察に任せるべきです! そのためにクレイト市から居らしてるのよっ」

 真正面から夫婦喧嘩を食らったリュカは、どちらの意見にもグウと唸った。

 甲冑の状態は確認したいが、この状況でノコノコと店に乗り込むのは危険すぎる。

「……では、州警察に一筆書こう…………リューカス、役場に持って行ってくれるか」

 オスカー直筆の手紙を持たされたリュカは、一張羅のスーツを着て帽子を被り、州警察のいる役場へ向かった。





「ハァ……今さら持ってこられてもねえ、もう調査したよ」

 手紙を受け取った州警察の対応は、案の定、芳しくなかった。

 受付にはピンクの制服を着たのが2人。手紙を受け取った警官は、億劫そうにしていたが、左にいる後輩らしき警官は、なぜかウキウキと顔を綻ばせていた。

「うおっ、『鍛冶屋トール』ってオスカー・マルクルンドの店じゃないっすか! ジブン、彼の大ファンなんすよ!」

「マル?……なんだお前、知ってるのか?」

「先輩知らないんすか? イヤー、彼の作る武器は芸術品すよ! そっか、サウザスですもんね。ウワーお店見たいなあ!」

「………はぁ」

 先輩警官が鬱陶しそうにため息をつき、リュカの方へ向き直った。


「とにかく、あのレストランはとっくに調べているのでねえ」

「……甲冑はどうなってました?」

「確かに階段そばの、ぶつかりそうな場所にあったけどねえ。危ないけど──それはサウザス警察が注意すべき問題だろう」

「無傷でしたか?」

「当然さ、何も証拠は出なかったよ。もちろん血もついてない」

「なるほど……」

「まあ上に報告しておくけど、聞いてくれるかねえ。今もっとヤバイもん見つかっちゃったモンだから」

 リュカは知らなかったが、この時ちょうど病院でユビキタスの【星の魔術大綱】が発見され、大騒ぎしていた頃だった。



「………そうですか」

 ──まずいな。

 このまま大人しく引き下がったら、真相が闇に葬られる気がした。

 リュカは、チラッと左にいる後輩の方を見た。 

 彼となら、まだ望みがある。

 たとえ問題が無かったとしても、自分の目でちゃんと確かめたい。

 浮かれた様子の彼とパチリと目が合い、そっと目配せし………

 すると彼は口角を少しあげ、面倒くさげな先輩の肩をポンと軽く叩いてくれた。


「先輩! 念のため、自分が調べてくるっス!」

「はあ〜? …………チッ、しょうがないか」

「マルクルンドさん、ご同行お願いしますっス!」

 彼は跳ぶように奥の部屋から、ぶ厚い書類をゴソッと持って戻ってきた。

 そしてリュカの隣に飛んでいき、ビシッ、と頼もしく敬礼した。

「じゃあ先輩、行ってきます! ウス!」

 かくしてリュカは、角刈りマッチョの兎の青年警官を伴い、レストラン『ボティッチェリ』に向かうこととなった。



「いや〜上手く行きましたね!……えーと」

「リュカだ。本名はリューカス・マルクルンド」

「自分はペーターっす。ペーター・パイン。芝兎しばうさ族の」

「よろしく、俺は……」

「存じてますとも、 土栗鼠つちりす族でしょう? サウザスでは多いっすよね!」

「うん、君の出身は……」

「見えてきましたよ、レストラン『ボティッチェリ』!」


 数日ぶりにみる店は、いつもより威圧感があった。

 臆するリュカを尻目に、ペーター警官は悩むことなく、裏口に回りベルを押した。

 裏口はレストランではなく、自宅側の扉にあたる。

「水曜だから店は休みっすけど、自宅なら誰かしらいるでしょう」

 L字型をしたこの建物は、表側がレストラン、裏が自宅になっている。自宅には次男ピエトロ、三男ジャン、六男エミリオが3人で住んでいるそうだ。



 しばらくしてコックコート姿の、次男ピエトロが出てきた。さすがオーナーシェフだけあって、休日でも仕込み作業をしているらしい。彼のエプロンには、赤いトマトの果汁が飛び散っていた。

「スミマセン、ラヴァ州警っす」

「なんですか、警察なら既に昨日調べて——リュカ君」

 リュカの姿を見て、ピエールは顔を硬くした。

(——マズイ、何か言い訳を用意しておくべきだった!)

 リュカは後悔し、背中に脂汗がジョワっと染みた。


「イヤー、お休み中失礼するっス。【帝国調査隊】クラウディオ・ドンパルダス様の命によりやってまいりました。ペーター・パインと申します!」


(……帝国調査隊⁉︎)

 リュカは愕然としてペーターの背中を見た。可愛らしいウサ耳頭の彼の背中は、隆々の筋肉が盛り上がっている。

「クラ?……ああ、州警から派遣されたアルバ様か……そういえば新聞に出てたな」

「はいっ。目下クラウディオ様は、アルバならではの方法で、今一度、事件を再調査すべく尽力中であります。私どもはクラウディオ式、そうアルバ式調査の事前準備のため、ただ今再訪問しておりまして、ご協力お願いできますでしょうか!」

「アルバ式って?……リュカ君はなぜ」

「はッ、それはですね、クラウディオ様の独自調査により、マルクルンド様はたいそう腕の立つ鍛冶師で、サウザスの内装に慣れてらっしゃるということで! 捜査に協力していただいているのですよ。何しろアルバ式は物を動かすこともありますので!」

「いや、オスカーはともかく息子のほうは……」

「じゃーお邪魔するっス!」



 筋肉隆々の兎警官は、寸分も邪気のない笑顔で敷居を跨いだ。

 リュカは今までこんなベラベラ嘘をつく人間を、サウザスで見たことがない。

(俺は……とんでもないヤツに目配せしちまったのか………?)

 事前にショーンに相談しておけば良かったと、リュカはひどく後悔しながら、ペーターの後ろで工具を持ち、レストランの階段を上がって行った。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816700427565831035

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る