第10章【Del Cossa】デル・コッサ

1 紅葉の力

【Del Cossa】デル・コッサ


[意味]

・ルネサンス期に活躍したイタリアのフレスコ画家、フランチェスコ・デル・コッサ。(1436年〜1478年)


[補足]

イタリア北方で活躍した画家。壁画や祭壇画を制作した。代表作はドレスデンのアルテ・マイスター絵画館に収蔵された『受胎告知』、フェッラーラのスキファノイア宮殿の壁画『月暦』である。彼は『月暦』の3月から5月までを担当し、3月の壁画には牡羊座と『ミネルヴァの勝利』が描かれている。





 今から3年前のこと。

 サウザスに帰郷したショーンが、きらきらした顔で紅葉に光る物体を見せつけてきた。

「紅葉、見てくれ! これが【真鍮眼鏡アイヴィー・ヴァイン】だっ!」

 彼がアルバになって一番初めに見せたかったのが、この眼鏡だ。ぴかぴかと真鍮色に光っていて、小さな蔦の葉がとても可愛いらしい。

 両親のものは見慣れすぎて何の感情も湧かなかったが、いざ自分の眼鏡を持ってみたら、非常に愛おしく美しく、自分の子供のように感じてしまう。


 州から支給されたばかりの眼鏡箱から取り出し、紅葉の前に披露した。

「わぁ〜すごいね、ショーン。それ掛けると別人みたい」

「そう、僕は生まれ変わった!……うおっと!」

 眼鏡を掛け、ポーズをとってキメようとしたところ、立ち眩みに襲われたかのごとく脚がふらついてしまった。

「わっ、ちょっと大丈夫?」

「……まだ重い」

 真鍮眼鏡には、マナを持たない生物が触れた時、ものすごく重たく感じるように特殊な魔術がかけられている。それはルドモンドで最も重い鉱物よりも、重たく感じるそうで……マナが少ない一般人にとっては、持ち上げることはおろか、押すことすら困難だ。


「どのくらい重たいの?」

「僕にとっては、うーん、ちょっとした鉛くらいの重さかなぁ……そうだ、紅葉も試しに持ってみるか?」

「うん!」

 マナのない者に眼鏡を持たせる時は、必ず平らな場所に置いて触らせるよう、厳重に注意されている。親や恋人に気軽に渡した結果、相手の指を砕いてしまった事例が、5年に1度は発生しているからだ。

 ショーンは、サイドテーブルの上に置き、眼鏡のツル部分をそっと持つよう彼女に指示した。

「上に持ち上げればいいのね……よい、しょっと!」

 両手で眼鏡を持った紅葉が、思いきり、グググッ……と上へと持ち上げた。

「…………嘘だろ」

 数センチ、ほんの数センチだが、テーブルから眼鏡が離れて浮いている。

 マナがゼロの——母親から昔そう聞いた——女の子が、ルドモンドで最も重たい真鍮眼鏡を持ち上げていた。





『ショーンの身を守りたい』

 紅葉からそんな言葉を聞く日が来るなんて、思いもしなかった。

「……僕を?」

「だって、だって次はショーンが駅に吊されるかもしれないんだよ!」

「………僕があっ⁉︎」

「うん………考えたことないの?」

「なんで僕が、関係ないじゃん!」

 ショーンは動揺して軽く叫んだ。尻尾をせわしなくバタバタさせて、両腕をオーバーに上にあげる。

 紅葉もヒートアップして、双方声が大きくなった。


「分かんないよ、何をするかわからない連中だよ? 次はアルバそのものを狙ってくるかもしれないじゃない!」

「アルバを? ……まさか!」

「なんでよ、分かんないじゃない! 町長だってあんな風になるって、事件の前まで誰も思わなかった」

「だからって!」

「もしショーンが列車に轢かれても、サウザスで助けられる人は誰もいない……!」

 紅葉の瞳に涙が浮かぶ。

「そんなことが起きる前にっ、守らないといけないの!」

「…………だからって……なんでそこまで」

 戸惑う顔を浮かべるショーンの両肩を、紅葉がぎゅっと掴んだ。


「だって、私は——」

「——おいっ、大変なことが起きたぞ!」


 幼馴染のリュカが巨体を揺らし、部屋の扉を勢いよくバーン! と開けた。彼はいつもの作業服と違いスーツを着こみ……なぜか左手には大きな鉄の戦斧を持っている。

「えっ」

「……リュカ?」

 3人はしばし呆然と、互いの瞳をパチクリ見つめた。

「……………いま、入ったらまずかったか?」

「別にまずくない、まずくない」

「何があったの、リュカ」

 ショーンはブンブン首を振り、紅葉は鉄の戦斧をキッと見つめた。

 リュカはドアの扉を閉め、内緒話をするかのように周囲を見回し、

「ちょっと話したいことがある」と小声でいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る