5 帝国調査隊という仕事

「いかがかね、ショーン君! 最近のご活躍は!」

「……はぁ」

 こんなの聞いてない。

 役場に出向いたショーンは、州警によってすぐ別室へと通された。ブーリン警部の片腕らしき狼刑事に、事件の報告書を見せてくれるよう頼んだのだが……

「申し訳ありませんが、ショーン様にはお見せできません」

「いや、僕は事件の協力を……」

「貴方は帝国調査隊ではありませんので。聴きたい事があれば、こちらからご連絡します」

 すげなく返され、クラウディオと共に待機する事になったのだった。


「いや、謙遜は結構! 私も君ぐらいの歳のころは、向こう見ずで無鉄砲な時期だった! 周囲に目を向ける余裕などなかったものでね!」

「そうですね」

「日々難題に応えるべく邁進し、このようにティーカップでお茶を飲む暇など一瞬たりともなかったのだよ! わかるね?」

「そうですね」

「地位を得るとは良いものだ、ショーン君! おかげで今では髪をポマードでセッティングする時間のほかに、尻尾をブラッシングする余裕まで与えてくれる!」

「そうですね」

 ——こんなの聞いてない。



 役場は現在、取り調べが終わった者から通常業務が戻ってきている。

 一般人はまだ役場に入れないが、表玄関前の一角に簡易ブースを設けて、受付を再開しているようだ。

 周りはそうして一生懸命働いてるのに、ショーンはひとり、クラウディオの傍で無益な牢獄に囚われている。ティーカップの中身は泥の味しかしない。放っておくと、彼の自慢を一生分聞かされることになりそうだった。


「……あのう、いかがですか? 今回の事件については」

「うむ、順調だよ。ショーン君。捜査は滞りなく行われている」

 クラウディオは、もったいぶったように頷き、ウインクをした。

「町長の肉体は見つかったんでしょうか。それと銀行は調査しました? ユビキタス先生はどうなりましたか?」

「チッチッチッ……それは教えられないなあショーン君。業務違反というものだよ」

 バチーンと、音が鳴りそうなほど、特大のウインクを投げつけてきた。

「いくら同じアルバのよしみとはいえ、守秘義務があるものでねっ。君も【帝国調査隊】というのなら別だがね! ドゥワッハッハ!」

 ショーンは、あらん限りの抑止力で、ポマードまみれの前髪に、ティーカップ内のお茶をぶっかけようとする右手を制止した。



 帝国調査隊。

 帝国に許可を受けたアルバが、警察では処理しきれない魔術絡みの事件を、呪文により調査、解決を行う。いわば公的な探偵のような職である。刑事事件だけでなく、民事事件や迷子探し、怪物退治など、扱う内容は多種多様だ。

 その権限は強く、役所や警察に効力を発揮し、その効果は州をまたいで行うことができる。また各地の銀行から、金を借りたり下ろせるようになる。放浪癖のある者や武者修行を行いたい者には、ぴったりの職業だ。


 長いアルバの歴史の中で、この職は、比較的新しく創設された部門に入る。この職ができるまで、アルバは資格を得た州でしか呪文の使用を許可されていなかった。そのため他州の危機に対し、なかなか手出しすることが叶わず、アルバのレベルによっては、荒廃の一途をたどる土地も多かった。

 そうした現状を憂い、464年前、怪物退治専門のアルバ、パーシアス・ミケネが、州権限の一部撤廃を上奏した。時の皇帝は【帝国調査隊】という形でこれを許可し、彼の功績はルドモンド中に跡を残すこととなった。


 それから長らく、調査隊は「怪物退治」という目的にかぎり、使用許可を与えられていたが、139年前に探偵のアルバ、シェリンフォード・ホルムが3州にわたり繰り広げられた一大難事件を解決し──ただし彼は当時、調査隊の資格はなく、すべてが無許可で行われた──これを受け、調査隊の目的範囲は、大幅に拡大されて今に至る。


 現在のアルバも、呪文の使用許可は州ごとに厳密に定められており、ショーンは現在、ラヴァ州でしか呪文を使用することができない。ただし帝都に従事するアルバや、ショーンの両親のようにスーアルバになれば、特権もいろいろ変わるらしいが……今のところ、州を越えた権限を持てるアルバは、【帝国調査隊】のみである。


 ショーンがこの職を初めて知ったのが、魔術学校での最初の歴史の授業だった。経緯を知った時は非常にワクワクし、憧れの職だった。だが現在、帝国調査隊としてサウザスに派遣されるのは、目の前のクラウディオ・ドンパルダスただ一人である。虚しさと切なさが身に沁みる。




「ふむ、退屈だねえショーン君──そうだ、私の話をしよう。あれは魔術学校を卒業してすぐの頃、私はさる館にお仕えし、」

 ショーンは、滔々と身の上話をするクラウディオに、ウンザリして目を逸らすと、サイドテーブルに【星の魔術大綱】が置いてあることに気づいた。昨日持ってきてもらった図書館の本だ。何の気なしに手に取って眺めると、何箇所か、色ペンで線が引いてあるのに気づいた。

(おいおい、公共の本に線を引くなよ……)

 特に興味のあるページなのか、呪文の唱え方やマナの増幅法に線が引いてある。ショーンは本には線を引かない主義だ。逆に読みづらく感じてしまう。紅葉も、ショーンと同じでまったく引かない。

(でも、リュカはいつも線を引いてたな……)

 前にリュカに手製のレシピ本を見せてもらったが、至るところに赤鉛筆で線が引いてあった。そういえば、母さんはいつも青インクで線を引いたっけ。そうそう、ヴィクトル先生も……。


 ──バタン! 

 ショーンはひときわ大きな音を立てて本を閉じ、クラウディオが飛び上がった。

「……ちょっと用事を思い出しましたので、失礼します」

 クラウディオが何か言いかけようとする前に、ショーンは部屋を飛び出した。ツカツカと足音を立て、長布を翻して役場を後にしたが、ショーンを気に留める者は誰ひとりいなかった。

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