2 三輪式軽自動車

「あれ、ショーン。今行くの?」

 三輪式軽自動車「Galliverギャリバー」に跨った紅葉が、酒場の玄関先に止まっていた。ドッドッとエンジンを吹かせつつ、大きな白皮革のメットをかぶり、顎のベルトを締めている。


「紅葉。買い出しか」

「うん、市場へ。オーツ麦が切れたらしいの」

 ギャリバーの運転席に座る紅葉が、チャリンと鍵を右手で鳴らした。彼女の左脚側のサイドカーには、大きな空の麻袋が座席の上でしんなりしている。

「それとお野菜と魚の缶詰も……そうだ! ショーンが今日お休みするって、酒場のみんなに伝えておいたよ」

 昼の酒場には紅葉の他に、太鼓隊の古株オッズ、給仕の少年ロータス、オーナー夫妻の誰かしらが常にいる。

「もし、怪我した人が来ても、病院に行くよう言ってくれるって」

「ん……ありがと」

「ショーンはどこに出かけるの、乗ってく? ああでも、ちょっと狭いかも。ショーンの服、ブワッとしてるし」

「ブワッとってなんだよ」

 紅葉の今の格好は、白ブラウスにカーキ色の短ズボン。肩には軽そうなリュックサック。風でくるくる回る木の葉のように軽快な装いだ。

 一方、ショーンは布地をタップリ使った、上から下までながーい服。重ったるい自分の装いを見て、ムッ…っと深く眉を寄せた。確かにこの服はブワッとしている。


「いいんだよ、これくらい畳めば入るさ!」

「そう?」

「ボクぁ、アルバ様なんだから、タップリした服は身分の象徴!」

「はいはいアルバ様。それで、どこ行くの?」

「郵便局だよ!」

「郵便局って、駅の隣の? じゃあホントに遠いじゃん。送っていくね」

 紅葉はエンジンを切り、ギャリバーからいったん降りた。

 サドルをパカっと外し、中に入っている予備のヘルメットを、ポンと放った。

「はいこれ。着けて」

 ショーンは、慣れないメットを着けながら、サイドカーに脚を挿し入れた。ブワッとした服が車体の外へ出ないよう、ぐるぐる袂を丸めて狭い座席にグイッと押しこむ。ペシャンコの麻袋を尻に敷き、妙な感触におしりの皮膚がヒヤッとなった。

「よしっ!」

 再びサドルに跨った紅葉が、エンジンを入れクラッチレバーを引き、力強くペダルを踏んでギアを入れた。

 ──ドッドッドッ。

「じゃー行くよ!」 

 長閑な動力音を立て、黄色い車体のギャリバーは、ショーンと紅葉を乗せて出発した。



 辺鄙な田舎であるこの町は、州都クレイト市のように美しく舗装された道などない。運送手段は主に、馬か、馬車か、自動車だ。

 馬も自動車もそれなりにお金がかかるため、最近のサウザスでは、もっぱら三輪式軽自動車「Galliverギャリバー」が人気である。

 ギャリバーとは、32年前にキンバリー社が売り始めた小型自動車だ。前輪が1つに後輪が2つ。荷物の積載に適していて、様々なカラーやデザインがあり、サイドカー付きのも売られている。

 軽量かつ安価。悪路でも頑丈ということで、大陸ルドモンドでは今、ギャリバーが爆発的に流行っている。サウザスも例外ではなく、酒場ラタ・タッタでも黄色のギャリバーを1台所有していた。

 運転には免許が必要で、紅葉は役場に数回通って取ったが、ショーンは免許を持っていない。彼がたまにギャリバーに乗る時はいつも、サイドカーにちょこんと乗せてもらって、移動する……そして大抵、羊の丸角でヘルメットをうまく被れず、頭上が不恰好なまま移動している。



 ──ドルッドルッドルッ。 

 北大通りを右に曲がり、中央通りへ入っていった。ここからサウザス南端にある郵便局まで、徒歩だとだいたい40分。ギャリバーだと約25分で到着する。

 本来、ギャリバーならもっと速く走れるのだが、なにせ荷馬車と同じ道を走行するため、そんなに速度を出してはいけない。

「今ね、珍しい香辛料が市場で売ってるらしいよ。クレイトから来てるんだって」

「ああ。昨日リュカが言ってたな」

「私もこれから見に行ってみる。何か買っておくものある? ショーン」

 娯楽の乏しい田舎にとっては、買い物も立派なアミューズメントだ。治療に毎日何時間もかかり、あまり部屋から出られないショーンは、酒場に来る卸売りでいつも済ませてしまってる。

「いや……必要なものは自分で買うよ」

「そっかあ」

 今の自分はいったい何が必要だろう。

 ショーンは鞄をキュッと握りしめ、グラつくヘルメットを抑えながら、今日一日でやるべき事と行くべき場所を、頭の中で反芻していた。


絵 https://kakuyomu.jp/users/hourinblazecom/news/16816700427033954651

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