第3話

 行く先々で雨が降った。雨が俺についてきているのか、俺が雨を生んでいるのかはわからない。ただ皆が口を揃えて「さっきまで晴れてたのに」と言った。

 たとえそれが神の気まぐれだとしても、忌々いまいましげに軒下のきしたへ避難する人たちを見ていると、自分のせいな気がして、やはり俺は人と関わるべきじゃないと思えてくる。なるべく一人でいるためには、どこにも定住すべきじゃない。ニビの言葉はずっと突き刺さったままだ。

 あれからもう四年経つ。当てもなく町から町を渡り歩き、日雇いの仕事で食いつなぐ。金がない時には捨てられた残飯を漁り、それすらなければ草を噛んで空腹を紛らわせた。

 人と関わるまいとしているくせに、必死に生き延びようとしていることは、どこか矛盾している自覚はある。

 しかしどうしても死ぬ勇気が出なかった。

 ナイフを握りしめると、母さんの姿が浮かぶのだ。

 想像の中の母さんは俺に何も言わない。申し訳なさそうにしているだけだ。俺はいつも居たたまれない気持ちになる。

 俺に生きる意味があるなら、知りたいと思った。俺がいて幸せだと言った母さんはもういない。だとすれば何が残されているというのだろう。

 今の俺は醜い未練のために生きているのかもしれない。


 しばらくして、ある町で商人同士が話しているのを聞いた。

「マハリのこと、知ってるか?」

「ああ、もう一年だってな。俺だったら干からびちまう」

「でもよ、これは高値で売りつける絶好の機会じゃねえか?」

「やめとけ、もうマハリではあちこち取り合いが起きてるんだとよ。たかが水ごときで襲われちゃかなわんぜ」

 その後も聞き耳を立て、いくつかのことがわかった。

 マハリという町では、もう一年も雨が降っていないこと。住民はわずかな地下水を頼りに生活しているが、近頃は奪い合いも発生していること。そして近くに川も池も湖もないこと。

 俺は一つの考えを閃いた。

 煙のように沸々ふつふついた期待が、形を成していく。

 すなわち、俺がマハリに行けば救いになるかもしれないということだ。

 それは人々の救いかもしれないし、俺自身の救いかもしれない。いずれにせよ、今まで雨に苦しめられてきた状況が変わるかもしれないのだ。

 村を出て初めて、俺は目的地を持った。

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