21-7 星苺を一番集めた妖精が王様になる

 秘密の果樹園で十二個の星苺ほしいちごを収穫してから、かどくんと二人で次の場所に移動する。かどくんはわたしの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれた。

 その途中で、不意にかどくんが口を開いた。


瑠々るるちゃんは気付いてる? この後の星苺、四つと六つ、両方とも俺が収穫できれば俺の勝ちだよ」


 歩きながら、かどくんがわたしの顔を覗き込んで笑う。わたしはそれに頷いた。


「だから、秘密の果樹園に入らせてくれたんでしょ?」


 わたしの言葉に、かどくんは満足そうに目を細めた。


瑠々るるちゃんの手札は『22』『18』『14』『9』だよね」


 言い当てられて瞬きする。でもすぐにかどくんのアドバイスを思い出して納得した。

 きっとかどくんは、これまでに使ったカードの魔力をみんな覚えているんだと思う。だから、お互いの手札に残った魔力の数もわかってる。


「俺の手札も言っちゃうと、『24』『20』『19』『15』だ。俺は『24』と『20』で魔力が44になる。瑠々るるちゃんは『22』と『18』で最大でも40だから、俺は勝てるんだよ」

「それって……かどくんは『24』と『20』を出すって言ってるの?」


 わたしの疑問に、かどくんはにっこりと笑った。


「それが俺の勝ち筋なんだよ。この後瑠々るるちゃんが『22』を使うタイミングで、俺が『24』と『20』を出していれば、俺はもう一ヶ所でも勝てる。でも、その時に俺が『19』と『15』を出していれば、俺の負け」


 かどくんの言ってることを理解しようと頭の中で整理する。

 わたしが『22』と『14』を出したとすると魔力は36。その時にかどくんが『24』と『20』を出していれば魔力は44だから、かどくんの勝ち。

 そしてもう一ヶ所ではわたしの手札は『18』と『9』だから魔力が27。かどくんは『19』と『15』で34だから、かどくんの勝ち。

 そういうことか。

 逆に言えば、かどくんが『19』と『15』を出すタイミングで、わたしが『22』と『18』か『22』と『14』を出せれば、わたしが勝てるってことだ。

 かどくんの言っていることを理解したのが、かどくんにも伝わったらしい。かどくんは体を起こして、言葉を続けた。


「つまり、この後の四ヶ所目と五ヶ所目、四つと六つ、どっちで勝負をするかの読み合いってこと」

「か、勝つから!」


 咄嗟にそう言ってしまっていた。かどくんは楽しそうにふふっと笑って、またわたしの顔を覗き込んだ。


「俺も。勝つつもりだからね」




 四ヶ所目はわたしからカードを選ばないといけない。

 わたしはじっとかどくんを見るけど、かどくんの表情からは何もわからない。今なのか、後なのか、わたしは自分で決めないといけない。

 何回か深呼吸して、心を決める。

 先に勝負しようと思う。でも、かどくんにここで「22」を出してるとは気付かれないようにしないといけない。

 わたしは普段、どんな顔でカードを選んでいたっけ。意識しすぎて不自然になってしまいそうだ。震える指先でカードを選ぶ。

 カードに指をかけて、少しだけためらう。かどくんもここで「24」を出してくるんじゃないだろうか。でも、決めたんだ、と自分の弱気を振り払う。

 やっとのことで「22」のカードを選んで、伏せて置く。そっとかどくんを見上げると、じっと見詰められていて、慌てて俯いてしまった。

 今のは変じゃなかっただろうか。バレてしまったんじゃないだろうか。鼓動がどんどん大きくなる。

 かどくんは何も言わずにカードを一枚選んで、伏せて置く。

 二枚目。わたしは「18」のカードを伏せて置く。かどくんも二枚目のカードを伏せて置く。

 そして二人でカードを公開する。


「ああ、そっちか」


 かどくんが悔しそうな声を漏らした。かどくんのカードは「19」と「15」だった。

 そっと視線をあげると、かどくんが悔しそうに唇を噛んで前髪をぐしゃりと掻き上げてていて、それでわたしは勝ったんだと実感できた。




 最後の五ヶ所目はかどくんの勝ち。

 でも、星苺の合計はわたしが三十個でかどくんが二十四個。わたしの勝ち。

 星の魔力が結晶化した星苺。その星苺をたくさん集めた人が勝ちで、妖精の王様。

 だからわたしは今だけ、妖精の王様だった。

 頭のキノコの帽子に星苺を飾って、集めた星苺を食べる。星苺は金平糖のように甘くて、しゃりしゃりとした感触だけど、飲み込む前に口の中で淡くふわりと消えてしまった。

 妖精たちのお喋りや忍び笑いのざわめきの中、わたしもかどくんと顔を見合わせてくすくすと笑った。




 気付けば、いつものボドゲ部(仮)カッコカリの仮の部室──第三資料室にいた。ずっと夜の森にいたから、蛍光灯の光に瞬きをする。

 いつもの長机の上には、星苺や妖精のカードが散らばっていた。


「ああ、楽しかった」


 かどくんが、そう声をあげて、長机の上に突っ伏した。その姿勢のまま、くぐもった声が聞こえる。


「最後、めちゃくちゃヒリヒリした。悔しいな、もうちょっとで勝てたのに。ああ、でも、すごかった。めちゃくちゃ楽しかった」


 かどくんの言葉はとりとめなくて、でも、だからなのか、本当に楽しかったんだって、そう感じられた。

 嬉しかった。かどくんも本気で、ゲームを楽しんでいた。わたしでも、かどくんと対等に勝負ができた気がしていた。

 それに、楽しかった。跳ねる鼓動を顔に出さないようにして、かどくんの表情を伺ったり、欲しいフリをしたり、そんな高揚感はとても楽しいものだった。

 ゲーム中のどきどきを思い出して、わたしは自分の胸元を押さえてかどくんを見る。


「わたしも。最後勝てて嬉しかったし、それだけじゃなくて、ずっと、遊んでる間ずっと、楽しかったよ」


 そう声をかければ、かどくんは長机に伏せた姿勢のまま、首だけをこちらに向けた。わたしは珍しくかどくんに見上げられた。

 かどくんはもう、制服姿で耳だっていつもの人間の耳で、妖精なんかじゃなくて普通の高校生なのに。でもなんだかその表情は、まだ夜の森にいるみたいだった。

 そんなちょっとぼんやりとした表情のまま、かどくんはわたしを見上げて、ふわふわと笑った。


瑠々るるちゃんも楽しかったなら良かった。うん、良いゲームだったよ。楽しい、良いゲームだった」


 わたしには良いゲームというのがどういうものかはわからないけど、でも、かどくんが楽しそうにそう言ってくれたことが、とても嬉しかった。

 わたしはもしかしたら、こうやって楽しそうにしているかどくんが見たかったのかもしれない。




 それから二人で姿勢を正して「ありがとうございました」と頭を下げあって、片付けをする前にかどくんがカードを二枚並べてみせた。

 星苺四つのカードと鍵のカード。上下に並べられた二枚のカードに、わたしは首を傾けた。


「このカード、背景の絵が繋がるんだよね。ほら、ここ」


 言われて見てみれば、薄い色で描かれている背景の線が、確かに繋がっていた。鍵穴の絵と、隣は門の形。それらが上下二枚のカードにまたがって描かれている。


「これって、他のカードもそうなの?」

「そう。確か全部繋がって並ぶんじゃなかったかな」

「なにそれ。気になる」

「やってみようか」


 それで、かどくんと二人で背景の絵を眺めながら、長机の上にカードを並べることになった。


「これは……貝かな?」

「魚ならさっき見かけたけど」


 そうやって、少しずつカードの絵が繋がってゆく。


 途中、かどくんがふと手を止めてわたしを見た。


「最後のあれ、瑠々るるちゃんは大きい数は先に使わないって、思っちゃったんだよね」


 そう言って、ちょっと眉を寄せて悔しそうな顔をした。

 わたしは、かどくんの言葉に、あのときの動悸と高揚感がまた戻ってきたような気分になって、その熱を逃すように口を開いた。


「あのときわたし、大きい数出してるってかどくんにバレるんじゃないかって、どきどきしてた。かどくんにじっと見られて、どうしようって思って俯いちゃって、それも不自然だったかもって心配してたし」


 わたしの言葉に、かどくんはちょっと笑ってから、また悔しそうな顔に戻った。


瑠々るるちゃんの考えてること、わかる自信、ちょっとはあったんだけどな。まだ足りないみたいだ」


 かどくんは小さく息を吐くと、また手元のカードに視線を落とした。その横顔に向かって、わたしは口を開く。


「わたしなんか、かどくんの考えてること、ちっともわからないのに」


 かどくんは瞬きをして、それからわたしの方を見て首を傾けた。


「そうかな。今回は結構、わかられてた気がするけど」


 そうだったかな。どうだったっけ。

 ぼんやりとゲーム中のことを思い返していたら、急にかどくんの顔が近付いてきた。びっくりして、息を呑んで体を固くする。

 かどくんはそのまま、わたしの手元に自分が持っていたカードを近付けた。


「これ、繋がるね」


 わたしが持っていた星苺のカード。そのカードの上に、かどくんがカゴに入った星苺のカードをくっつける。

 カゴに入った星苺は全部で十二個。鍵穴の印も付いている。つまりこれが、秘密の果樹園のカードだ。

 カゴに入った星苺の背景には、大きな門の絵が描かれていた。

 その秘密の果樹園の絵が繋がったのを見て、わたしは体の力を抜いて笑った。

 かどくんもわたしの顔を覗き込んで笑う。


「こっち側の葉っぱみたいなのは、何かな。特徴的だから、あったらわかりそうなものだけど」

「さっき似たような葉っぱ見た気がするけど、どれだったっけ」


 まるで夜の森を散歩するみたいに、二人でくすくすと笑いながら、長机の上にカードを並べていた。背景の絵が繋がってゆくと、ゲームの世界の中に入り込まなくても、妖精たちの世界が見えてくるみたいだった。




 こうやって二人で並んで同じことをしていても、かどくんが何を考えているかは、わかるような、わからないような。

 でも、お互いに楽しく感じているのは、確かな気がしていた。それが嬉しかった。




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