20-6 『若宮大路』と『建長寺』

 改めて地図を見る。

 青の観光地はもう諦めるなら、次の七つ目の目的地はどこでも良い。でも最後の八つ目は緑の観光地にしたい。

 かどくんがいるのは地図左上の方にある『明月院』。隣は青の『北鎌倉駅』と緑の『建長寺』。八つ目はかどくんに『建長寺』に行ってもらうのが良いかもしれない。

 わたしが今いる場所は地図右側の『報国寺』。一つ隣には『光明寺』があるけど、そこにはもう黄色のプレイヤーの駒があるから行くことはできない。それ以外の観光地は少し離れている。

 けど、今は『人力車で移動』ができる。二マス進めるなら、行ける場所が増える。

 だったら『光明寺』の先に進もうか。でも、その先の『由比ヶ浜』も『安養院』も三マス先だ。『人力車』でも届かない。

 それなら『光明寺』とは逆に北──地図の上はどうだろう。上に二マス進めば青の『鎌倉宮』がある。『鎌倉宮』はもう、二回『観光』されてるから行っても『観光』はできないけど。

 その道を途中で西に曲がると鶴岡八幡宮と『若宮大路』がある。ちょうど二マス。


「決めた。『人力車』で『若宮大路』に行こうと思う」

「『若宮大路』か、良いと思うよ。桜の名所らしいから、綺麗だろうね」

「咲いてるかな、桜」

「ここまでのことを考えると、咲いてそうな気がして。でも、咲いてなくても面白いと思うよ」

「写真撮って送るね」


 そんなやりとりをしたけれど、次の順番では『観光』ではなく、『徒歩で移動』を選んだ。

 移動できるときに移動しておかないと、後から他のプレイヤーに先を越されてしまうかもしれない。そう思ってかどくんに『建長寺』に移動してもらった。

 地図を見て『若宮大路』と『建長寺』が近いと気付いた。ゲームボード上だとすぐ隣だ。今はゲーム中だから顔を見に行くってわけにはいかないけど。でも、近くにいるんだと思えば心強い。

 その次の順番で、わたしは『若宮大路』を『観光』する。

 かどくんの言う通りに『若宮大路』の桜は満開だった。煙るような桜がずっと遠くまで続いている。綺麗な光景だった。

 まっすぐに並ぶ桜や、その向こうに見える鳥居の姿を写真に撮って、かどくんに送る。

 風が吹き抜けて、桜の花びらが舞い散って、桜吹雪ってこういうことかと思ったりもする。それでやっぱり、かどくんと一緒に見たかったな、なんて考えてしまった。


「桜、綺麗だね」

「すっごく綺麗だよ。かどくんも見れたら良かったね」

「そうだね。一緒に見たかったな」


 やっぱりかどくんも同じように思っている。そのことは嬉しいというよりも、なんだか落ち着かなくさせられる。

 ずっと隣にかどくんがいれば、なんて思っていたのに、今は急に顔を合わせるのが不安になってしまった。

 ゲームが終わって顔を合わせるとき、どんな顔をしてたら良いのかわからない。




 次の順番で無事に緑の『観光』を選ぶことができた。それでかどくんに『建長寺』を『観光』してもらう。


「座禅の体験することになったよ」


 ちょっと苦笑まじりにそう言って、お寺の建物やとても大きな木の写真を送ってくれた。


「座禅て、あの座って目を閉じて?」

「そう、ぴしって叩かれる」

「大丈夫だった?」

「初めての体験だったから、面白かったけどね」


 かどくんはまるっきりいつも通りに『観光』を楽しんでいた。それでわたしは笑ってしまう。


「それで、これで『観光』が八つ目だよね」


 かどくんに言われて、タブレットの画面を思い出ボードに切り替える。観光地のスタンプがカラフルに八つ並んでいる。

 確かにこれは、ここまでの『観光』の思い出だ、と頷いた。


「そうだね」

「誰かが八つ目の『観光地コイン』を手に入れたら、このゲームは終わるんだ。他のプレイヤーの手番があと一回ずつあって、それでゲーム終了」

「じゃあ、わたしはもう順番がこないってこと?」

「そういうこと。お疲れ様」

「え、でも、点数はどうなんだろう。勝ててるかな」

「それは数えてみないとわからないけど。でも、他のプレイヤーはまだ観光地六つ目とかだから、リードできてるんじゃないかって気はしてるけど」


 本当に勝てているのかどうか。他のプレイヤーの最後のアクションを見守る。

 青のプレイヤーはちょうど『安養院』にいて、そこで『観光』をした。青のプレイヤーのスタンプはこれで五つ目。

 次の黄色のプレイヤーは『徒歩で移動』で『しらす丼』を『食べ歩き』していた。

 次は緑のプレイヤー。『徒歩で移動』でこちらも『食べ歩き』。『鳩サブレ』も美味しそうだ。見たら食べたくなってしまった。それに『鳩サブレ』は二点になる。

 そういえば、最初に『抹茶ソフト』と『あんみつ』を食べたきり、『食べ歩き』をしてなかった。

 もっと『食べ歩き』したかったな。それに考えたらかどくんは全然『食べ歩き』できてない。なんだか申し訳ないことをしてしまった気がする。


かどくん」


 タブレットの画面越しに呼びかけると、すぐにいつもの穏やかな声が返ってきた。


「うん、何?」

かどくんは『食べ歩き』するなら、何が食べたかった?」


 その質問に返ってきたのは、笑い声だった。


瑠々るるちゃん、もっと食べたかったの?」

「それは、食べたかったけど。でもそうじゃなくて、かどくんは何も食べられなかったから。かどくんも『食べ歩き』できたら良かったなと思って、それで聞いただけで」


 かどくんは笑い声を引っ込めて、それから少し呼吸を整えるような間があって、また声が聞こえた。


「そっか。俺は、そうだな……瑠々るるちゃんが食べてた『あんみつ』が美味しそうだったなって」

「え、なんかごめん、わたしばっかり」

「違うよ、そうじゃなくて」


 かどくんの声がそこで途切れる。なんだろうと首を傾けた頃に、次の言葉が耳に届いた。


「一緒だったら楽しかっただろうなって、そう思っただけ」


 かどくんも一緒だったらって、わたしも何度も思った。『食べ歩き』だって『観光』だって、一緒ならきっともっと楽しかっただろうなって。

 だから「わたしもそう思う」って言えば良いだけのことだったのに。

 わたしはなんでか、言葉に詰まって何も言えなくなってしまった。かどくんの「一緒だったら」って言葉が、耳の奥にまだ残っている気がする。

 さっきもそうだった。かどくんに「一緒に見たかった」って言われて、嬉しいよりもどうして良いかわからなくなってしまった。

 嫌なわけじゃない。でも、名前を呼ばれたり、ゲームの中で手を握られたりするのと一緒で、そわそわと落ち着かない気分にさせられる。

 黙ってしまったわたしをどう思ったのか、かどくんは明るい声を出した。


「さ、点数計算だね」

「えっと、うん」


 わたしはようやく、頷きだけを返した。




 タブレットの画面に点数ボードが表示されて、全員の点数が順番に数えられてゆく。

 最初から持っているのはわたしが三点、緑が二点、黄色が一点。それから黄色のプレイヤーは途中で『休憩』をしたからさらに一点。

 次は『観光地』の点数。これはわたしが一番多くて二十四点。緑が二十三点で、青と黄色が二十二点。

 それから『食べ歩き』は青のプレイヤーが一番多くて、なんと八点もあった。次は緑が三点で、わたしと黄色は二点。

 思い出ボードのボーナスは、わたしが八点で一番多かった。観光地のスタンプの上下の色を三箇所で揃えられたのが良かったみたいだ。黄色と緑は五点。

 青のプレイヤーは観光地の上下の色を揃えられていなかったけど、その分『食べ歩き』のスタンプを七つも集めていて、そのボーナスで四点になった。『葛餅』も『クレープ』も『ドーナツ』も『パンケーキ』も、みんな青のプレイヤーが『食べ歩き』していた。

 モデルプランの点数は、青のプレイヤーの『奥鎌コレクター』の六点が一番大きかった。わたしの『長谷コレクター』は五点。黄色は『散策マスター』で四点。緑は何も達成できていなかった。

 それからタクシーチケット。わたしは手元にタクシーチケットが残っていないから零点。他のプレイヤーはみんな一枚か二枚持っていた。それで青と黄色が三点、緑が二点。

 それらを全部足し合わせた結果を見て、かどくんと画面越しに喜び合う。


「やった、一番!」

「勝ったね、やった!」


 わたしの点数は四十五点で一番だった。次は青のプレイヤーの四十三点。


「勝てて嬉しい」

「うん、瑠々るるちゃん頑張ったから」


 勝てたのは嬉しい。でも、こうやって画面越しに喜び合っているのがもどかしい。最後くらい顔を見れたら良いのに。

 そう思っている間に、ゲームは終わっていた。気付けばいつもの第三資料室──ボドゲ部(仮)カッコカリの仮の部室だった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る