20-4 『長谷コレクター』と『奥鎌コレクター』

 次はようやく緑の『徒歩で移動』のアクションができて『長谷駅』に到着できた。


「『人力車』もできるけど、そっちで大丈夫?」


 かどくんに心配そうに聞かれたけど、今は『長谷駅』に行く方を選んだ。


「『人力車で移動』だと二マス動かないといけないよね。そうなるとかどくんに動いてもらうことになると思うけど、それって『長谷コレクター』を諦めて『奥鎌コレクター』の方に切り替えるってことになるんじゃない?」

「そうだね。瑠々るるちゃんがここで『長谷駅』に行かないと、多分他のプレイヤーに先を越されるだろうし」

「だったら、わたしは『長谷駅』に行きたいかな」

「そこまで考えて選んでるなら大丈夫。江ノ電、写真で見せてね」


 なんだかかどくんのアドバイスがいつもより多い気がする。いつもはもうちょっと黙っていて、わたしが悩んでいるのを楽しそうに眺めているだけって気がするけど。

 もしかしたら、通話だけだとわたしの表情が見えないから、かもしれない。それでかどくんは、わたしのことを心配してくれてるのかも。

 歩いて『長谷駅』に向かう道すがら、そんなことを考えていた。

 かどくんがいろいろと言ってくれるのは心配してくれてるからと思えば、なんだかくすぐったい気がした。一人で心細いと思っていたけど、でも確かにこの画面の先にかどくんもいる。

 そして、次の順番が回ってきて、わたしはようやく『観光』をすることができた。

 緑の『観光』のアクションを選ぶと、思い出ボードの観光地コインの置き場所に、緑色のスタンプが押されたみたいな絵が表示された。緑色の電車──江ノ電の絵だ。「3」と書かれているから、これで三点。

 このゲームは、こうやって観光地を巡るスタンプラリーみたいなゲームなんだ、と思い出ボードを眺めて考える。

 実際のスタンプじゃなくてタブレットの画面だけど、これはこれで楽しいかもしれない。

 ちょうどやってきた江ノ電を写真に撮ってかどくんに送る。偶然だけど、なかなか良い写真が撮れた気がする。


「良いな、俺も見たかった」

かどくんて電車に興味ある人?」

「んー、そこまでじゃないけど。でも、江ノ電は有名だし、せっかくならって。そういうのも『観光』っぽくて楽しいだろうなって思って」


 そうだった。かどくんはなんでも楽しんでしまう人だった。わたしばっかり『観光』してるのは申し訳ない気がしてきた。

 かどくんにも『観光』してもらえたら良いんだけど。




 次は青の『徒歩で移動』。『長谷駅』から青の『高徳院』まで、間に二マス。

 でもその二マスに黄色と緑のプレイヤーの駒があったから、その二つを飛び越えてわたしは一気に『高徳院』に到着した。

 さっき黄色のプレイヤーが『高徳院』で『観光』をしていたから、『高徳院』で観光できるのはあと一人だけ。わたしはそれに間に合った。

 観光地での『観光』はすぐに先を越されてしまうかもって心配していたけど、アクションのタイミングが難しくて、みんななかなか動けないでいる。つまりそれは、今この辺りがすごく混み合ってるってことだ。

 次の順番が回ってきて、順調に青の『観光』を選ぶ。大仏様を見上げて写真を撮って、これもかどくんに共有する。

 そして次の順番ではちょうど『人力車で移動』が空いて、それで『長谷寺』に到着できた。次にはそのまま『観光』までできた。

 すごく混み合っているのに、わたしはなんだかタイミングが良かったみたいだ。

 不思議なことに『長谷寺』には紫陽花あじさいがいっぱい咲いていた。今の季節はいつなんだろう。それとも、ゲームの中だからかな。

 わたしは紫陽花あじさいの写真を撮ってかどくんに送る。


「ゲームだからだろうね。『円覚寺』は今、梅の花が咲いているみたいだから。『観光』してなくて中までは入れないから、ちょっとしか見えないけど」

「ゲームの中ってわかってても、不思議」

「一番の見所の時期を『観光』できるってことじゃないかな。ゲームなんだし、そのくらいの気持ちで楽しんじゃえば良いと思うよ」


 かどくんは相変わらず、楽しむのが上手だ。

 ともかく、これで思い出ボードには、観光地のスタンプが三つになった。緑、青、赤、と並んでいる。


「『長谷コレクター』完成だね。それに、これで他のプレイヤーは誰も『長谷コレクター』が完成できなくなったし」


 かどくんの言う通りだった。

 緑のプレイヤーは『長谷寺』の観光はしたけど『高徳院』はもう間に合わない。それで『長谷コレクター』は諦めて『奥鎌コレクター』に切り替えたらしい。『天園ハイキングコース』の『観光』をしていた。

 黄色のプレイヤーは『高徳院』と『長谷駅』の観光はできたけど、『長谷寺』の観光ができなくなった。それでそのまま海岸沿いに進んで『稲村ヶ崎』まで行ってしまった。『稲村ヶ崎』は青だから、青い観光地四つで『散策マスター』を目指すつもりかもしれない。

 青のプレイヤーは一人で『奥鎌コレクター』を順調に進めている。途中で食べ歩きもいっぱいしていて、それもちょっと羨ましい。さっきは『クレープ』を食べていたはずだ。


「それで、とりあえずの目標だった『長谷コレクター』は達成できたけど、これからどうしようか?」


 かどくんの声に、わたしは地図を見ながら考える。


「『奥鎌コレクター』はもう無理になっちゃったよね。『天園ハイキングコース』で二人が『観光』しちゃったから」

「そうだね。そっちはもう無理かな」

「他にできるとしたら青四つの『散策マスター』だよね。だったら、青い観光地に行くのが良いのかな」

「後、思い出ボードの上下の色を合わせるのも忘れないようにね。次で四つ目、その次の五つ目と色を合わせればボーナスで三点手に入る」

「じゃあ、次とその次両方で青い観光地に行くのはどうかな」


 言いながら、ちょうど良さそうな場所を探す。わたしが海岸沿いに行って『稲村ヶ崎』や『光明寺』を巡る? でも、今そこには黄色のプレイヤーがいる。タイミングよく『観光』できるだろうか。

 かどくんの方はどうだろう。かどくんは今『北鎌倉駅』の隣の『円覚寺』にいる。

 そうだ、そもそも『北鎌倉駅』は青い観光地だ。それに、隣に青の『明月院』がある。


かどくん、やっぱり『北鎌倉駅』に戻ってくれる? それで『北鎌倉駅』と『明月院』を『観光』して欲しい」

「それはもちろん」


 かどくんはきっといつもの機嫌の良さそうな顔で頷いてくれた。そんな気がする。

 それにきっと、この『観光』も楽しんでしまうと思う。




 方針は決まったものの、次の順番では青の『徒歩で移動』が使えなくて、困って『タクシー』でタクシーチケットを一枚手に入れることになった。

 タクシーチケットの行き先は『報国寺』。『奥鎌コレクター』の中の一つだけど、今更だ。


「青のプレイヤーはもう『報国寺』に到着してるから邪魔はできないけど、緑のプレイヤーはこれからだから、チケットを使えば邪魔ができるね。それに『報国寺』の隣は青の『光明寺』だから、青の観光地に行きやすくなったと考えたら、悪くはないと思うよ」


 さらりとかどくんがそんなことを言う。そうやって使うものなのか、なるほど、と頷いた。

 かどくんはこういう、手に入れたもので何ができそうか、どう動けそうか、みたいなことをぱっと思い付く。それってやっぱりボードゲームをたくさん遊んでいるからなんだろうか。

 もともとかどくんがこういうことを考えるのが得意なのかもしれない。それがボードゲームに活かされてるってことなのかも。

 わたしも頑張ればかどくんみたいに考えることができるようになるだろうか。




 ところで青のプレイヤーは、今度は『ドーナツ』を食べ歩きしていた。

 青のプレイヤーの食べ歩きはこれで五つ目。ボーナスがもらえるようになってしまった。羨ましい。

 何より、みんな美味しそうなのが、すごくすごく羨ましい。




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