18-8 連鎖反応、つまり遊びたい気持ち

 兄さんの部屋、ローテーブルを囲んでみんなで座っていた。

 テーブルの真ん中にはプラスチックの抽出器が置かれていて、ビー玉がきちんと並んでいる。みんなの前にはそれぞれ、厚紙でできた色とりどりの薬の瓶が並んで置かれていた。

 作業台には、フラスコを置くためのスタンドが二つと材料を持ち越すための三角フラスコ。それだってもちろん、厚紙で作られている。


「よし、勝った」


 兄さんの声に、かどくんが溜息をついた。


「今回ちょっとレシピの出が偏ってましたよね。得点が高いの、みんないかさんが持ってったじゃないですか」

「カドさん、それ負けた言い訳ですか?」

「それは……まあ、言い訳ですけど。負けて悔しいだけですけど」


 角くんの拗ねたような声に兄さんは軽く笑って、それから不意に真面目な顔になった。


「まあ、ちょっと俺も引きが良かったなとは思いましたけどね。でも、カドさん、瑠々るるもだけど、点数より『技能トークン』を優先したところあったじゃないですか」

「それは……そうなんですよね。最初は点数優先していくべきだったな、と後悔してます」


 二人のやりとりに、わたしは納得いかなくて口を挟んでしまった。


「でも、五点を完成させて『技能トークン』もらえるなら、それって実質九点なんじゃないの? 六点と五点でも、実質九点なら五点の方が良いと思ったんだけど」

「そうだけど、それは点数をもっと稼いでから考える動きだな。『技能トークン』とるとゲームが終わるわけだから」

「ゲームを終わらせない方が良いってこと?」

「そう。点数が取れてるなら勝てるから終わらせた方が良いけど、点数が取れてないなら負けるんだから終わらせない方が良い。だから、点数がない最初は『技能トークン』なしで、純粋な薬の点数を見た方が良い、と俺は思う」


 兄さんの説明は、納得いくような、いかないような。でも確かに、兄さんは薬の点数で勝ったわけだから、点数を優先した方が良いってのは、その通りなんだろう。


「そもそも瑠々るるは、材料集めるときにもっとよく見て取るってところからだな。何度か、もっと効率良いところ気付かないで取ってたぞ」

「え、そうだった?」

「あと、薬も使い切れてなかったし」

「それは、でも、どの薬もタイミングが難しくて」

「薬使えば良いところで『助力』使ったりもしてたし」

「そうだったの? 気付かなかった……頑張って考えてたのにな」


 言いながらも、確かに兄さんは薬を綺麗に使い切っていたと思い出す。兄さんが飲まなかった薬は、一番最後に作った『知恵ちえやく』一つだけだった。

 わたしは『盲目愛もうもくあいやく』を二つと『多彩歓喜たさいかんきやく』を一つ、それから『逢引あいびきやく』も一つ、飲まないまま残してしまっている。そのうちの二つは最後に作った二つだから、頑張った方と言えば言えるとは思うんだけど。でも、兄さんやかどくんならもっとうまく使えてたのかもしれない。


「カドさんは、四ラウンド目でしたっけ」

「わかってます。あそこで薬完成させられなかったのが痛かったって、自分でもわかってます。いやでもそれでも、やっぱりいかさんの引きは良かったと思うんですよ」

「だとしても、勝ちは実力ですよね」

「負けは巡り合わせですよ。次やったら俺が勝ちますから」


 かどくんのその言葉に、そうか、もう一度遊べばもっとうまくできるかもしれない、と思い付く。

 薬の使い方だって、材料の選び方だって、レシピの選び方だって、少なくとも今回よりはうまくできるはずだ。それに、次はもっと点数の高い薬だって選べるかもしれない。それを完成させられるかもしれない。

 負けてすごく悔しかった。でも、次に遊べば勝てるかもしれない。また遊べば良いんだ。

 そう思って兄さんとかどくんのやりとりを見ていたら、二人の周囲にローブを着た生徒たちのざわめきが見えた。その向こうに、あの白い髪と白い髭の校長先生の姿が見える。

 あ、と思ったときにはまた「生徒諸君」という言葉が聞こえて、ゲームの中に入り込んでしまっていた。




 二度目のゲームの世界に、かどくんと兄さんは口を閉じて顔を見合わせた。それから、二人の視線がわたしに向く。


大須だいすさん?」


 かどくんの呼びかけにどんな顔をして良いかわからなくて、うつむいて、でも何か言わなくちゃと口を開く。


「あの……もう一度遊んだら、もっとうまくできるんじゃないかって考えてて」


 なんて言葉を続ければ良いかわからなくて、かどくんを見上げる。かどくんは瞬きをして、それから首を傾けた。わたしに言葉を促すように。

 促されるままに、わたしは言葉を続けることができた。


「それで、次に遊んだら、わたしだって点数の高い薬を完成させられるかもって思って」

「うん、それで?」

「負けて悔しかったけど、また遊べば良いんだって思ったら、気付いたら入っちゃってて、その……だから」

「だから?」


 かどくんはゆっくりと、優しく、わたしの言葉を待ってくれた。だからわたしも、その言葉を言うことができた。


「もう一度、遊びたいって思ったんだけど」


 わたしの言葉に、かどくんは嬉しそうにふふっと笑った。


「俺も、もう一度、何度だって遊びたいって思ってるよ」


 それから、かどくんが兄さんを振り返る。


「いかさんは、どうです?」

「どのみち、遊ぶしかないんですよね。良いですよ、何度でも。受けて立ちますから」


 兄さんはそう言って、にやにやと笑った。かどくんがそれに言い返す。


「そうやって余裕ぶってて大丈夫ですか。今度は俺が勝ちますから」

「わたしも」


 二人の言い合いに、わたしは割って入る。また勝てないかもしれない。悔しい気持ちになるかもしれない。それでも、わたしだって勝つつもりで遊んでいる。

 だからわたしも、思い切って言ってみた。


「わたしだって、勝つつもりだから」


 かどくんも兄さんも、わたしの顔を見て、面白がるような顔をした。


「俺だって、大須だいすさんにも勝つつもりだからね」

「やってみろ。楽しみにしてるから」


 勝ちたいし、だから負けたら悔しい。その気持ちは別にそのままで良い。かどくんがそうやってるみたいに、悔しいって言って落ち込んでしまったって良い。

 うまくいくこともいかないことだってあるけど、何度だって遊べるから大丈夫。また次に頑張れば良い。

 そう思ったら、なんだかすごく楽しかった。うまくいかないことも、負けることも、悔しい。それは変わらない。でも、また遊べると思ったら嬉しい。


「じゃあ、頑張って魔法薬を作ろうか」


 そう言って笑う魔術師姿のかどくんに、わたしも笑って頷いた。

 わたしはもしかしたら、かどくんや兄さんに少し追い付けたのかもしれない。




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