game 15:チョコレートファクトリー

15-1 日曜日に集まって

 兄さんがかどくんを家に呼んでボードゲームを遊ぶのは、何回目だろうか。いつもいつも嬉しそうに兄さんのところにやってくるかどくんを見て、よっぽどボードゲームが好きなんだろうな、と思う。

 それに、いつもいつも手土産に手作りのお菓子まで用意して──かどくんはずっと兄さんのところに遊びに来てるんだからこの手土産も兄さんあてだと思っていたのだけど、その宛先にはどうやらわたしも入っているらしい、多分だけど。もしかしたら、わたしはとても食い意地が張っていると思われているのかもしれない。

 その日のお菓子はチョコレートを使ったマフィンだった。プレーンな生地にチョコチャンク。チョコレート生地にナッツ。キャラメル生地にチョコチップ。どれも美味しそうで、どれを食べるか選ぶのは大変だった。

 わたしがあまりに悩みすぎたから、ナッツのとキャラメル生地のをかどくんと二人で半分ずつ食べることになった。わたしが割ったナッツのマフィンと、角くんが割ったキャラメルのマフィンを半分ずつ交換して食べた。

 わたしはやっぱり食い意地が張っているのかもしれない。でも、どっちの味も美味しかったから満足した。

 それでみんなでマフィンを食べて紅茶を飲んで、手を綺麗にして、それから兄さんが棚から出してきたのは『チョコレートファクトリー』というボードゲームだった。

 箱の下側には、板チョコレートが描かれている。板チョコレートのパッケージから少し姿を見せるチョコレート。そのパッケージに『チョコレートファクトリー』と描かれていた。

 その向こうには、気持ちの良い青空を背景に煉瓦造りの建物。その入り口は大きく開いていて、そこからたくさんのチョコレートが飛び出してきている。カカオ豆、砕かれたチョコレート、板チョコレート、一口サイズの粒チョコレート、青い六角形の箱に入ったもの。

 箱の絵を眺めているだけでも、チョコレートの甘い香りがしてきそうだった。


「カドさん、これで良いです?」

「はい、ありがとうございます」


 ボードゲームの箱から視線を上げて、兄さんとカドくんを交互に見る。わたしの視線に、兄さんはいつものようににやにやと笑った。


「カドさんからのリクエストなんだよ、今日のゲーム」


 兄さんの言葉に、かどくんは慌てたように喋り始めた。


「いや、別に深い意味はなくて。ただ……ほら、ずっと店頭にチョコレートがたくさん並んでたから、それで思い出して、遊びたくなったっていうか」

「え、そうなんだ」


 突然始まったかどくんの早口の意図がわからなくて、わたしは頷いた。でも、そうか、バレンタインだったから、どこに行ってもチョコレートばっかりで──そう考えているうちに、かどくんにチョコレートをあげたことを思い出して、なんだか落ち着かなくなって俯いてしまった。

 それだって別に深い意味のある贈り物じゃなくて、いつもお菓子を作ってもらってるお礼とか、他にももらってしまったものがあるからそのお礼とか、ただそれだけのつもりだったんだけど。でも、こうやって思い出すと変にそわそわとしてしまう。

 角くんは早口のまま言葉を続けていた。


「あの、えっと……そう、良いゲームなんだよ! 工場を拡張したり従業員を雇ったりするフェーズは悩ましいし、カカオ豆をチョコレートにする工程がパズルみたいで、あ、それでそのチョコレートを売るのが競争になっていてそれも面白くて」


 そっとかどくんを見上げたら、その早口は今度は止まってしまった。

 わざとらしいくらいに大きな溜息が聞こえて振り向けば、兄さんがアンダーリムの眼鏡の向こうで目を眇めて、ゲームの箱の蓋を持ち上げていた。


「さっさとゲーム始めるぞ」




 高級感のある赤いストライプに金の枠線。ルールブックはそんなデザインだった。

 同じデザインの『帳簿ボード』というものを開いて、テーブルの真ん中に置く。数字がたくさん並んでいる。

 それから、四角いボードを一枚受け取った。プレイヤーごとに一枚受け取るそれは、どうやら工場らしい。

 左から右まで、中央にまるで真っ直ぐな道のようにへこみがあった。その上下のスペースに働いている人たちの姿。いくつかの場所には、カカオ豆の絵や何かの記号やマークが描かれている。

 首を傾けたら、今度は指先でつまめる大きさの駒がたくさん出てきた。

 キャンディのような形の赤と黄色の駒。青い六角形の駒。茶色い長方形の駒には、細長いラインや小さい四角が印刷されている。その四角が並んだ長方形の駒を見た瞬間、それがチョコレートだとわかった。


「板チョコみたい」

「駒が可愛いよね。この四角が並んだ長方形のが『チャンクバー』で、同じ大きさで四角じゃなくて線が並んでいるのが『フィンガーバー』。こっちの赤いのが『ナッツチョコ』で、黄色いのが『キャラメルチョコ』」


 かどくんが、駒を一つずつ摘んでテーブルの上に並べて見せてくれた。


「こっちの青いのは?」

「これは『ギフトボックス』。それで、この茶色い小さい四角は『ココア』で、こっちの黒いのが『カカオ豆』」

「『カカオ豆』も可愛い」


 わたしの言葉に、かどくんはその黒いカカオ豆の駒を指差した。


「工場にくるのは全部この『カカオ豆』なんだ。それをまずは焙煎して『ココア』にして、それを『チャンクバー』や『フィンガーバー』にして、それをさらに『ナッツチョコ』や『キャラメルチョコ』に、最上位が『ギフトボックス』って感じ。まあ、工場をうまく拡張すれば『カカオ豆』から一気に『ギフトボックス』を作る、なんてこともできるけど」

「そうやってチョコレートを作るゲームってこと?」

「そうだね。そうやって作ったチョコレートを売るゲームってこと」


 兄さんは次に、四角い木の板のようなタイルを出してきた。かどくんがそれを一枚取り上げて、さっきわたしが受け取った工場のボードに置いた。

 その四角いタイルは、工場のボードの中央にある道のようなへこみの幅にぴったりと収まった。


「この四角いタイルが『コンベアタイル』。この真ん中のへこんでるところは、工場のコンベアなんだよ」


 言いながら、かどくんの指先が『カカオ豆』の駒を持ち上げて『コンベアタイル』の上に置いた。


「例えば、今タイルが置いてある隣のこの『工場装置』は、『カカオ豆』一つを焙煎して『ココア』一つに変換できる」


 かどくんは今度は『ココア』の駒を持ち上げて、タイルの上の『カカオ豆』と交換した。


「それで、次の『コンベアタイル』が差し込まれると、こんな感じ」


 もう一枚の『コンベアタイル』が、工場ボードの端から差し込まれる。新しいタイルの上にも、『カカオ豆』が一つ乗っている。先にあったタイルは、上に『ココア』を乗せたまま、押されて道のようなへこみ──コンベアを進んだ。


「次のこの装置は、チョコレートを一つ『加工』してランクアップできる。今ここにあるのは『ココア』だから、一つランクアップして『チャンクバー』か『フィンガーバー』だね」


 今度はタイルの上から『ココア』が取り除かれて、かどくんは少し迷った後に板チョコみたいな見た目の『チャンクバー』の駒を取ってタイルの上に置いた。


「こうやって、チョコレートの材料や作ったチョコレートは工場の中をどんどん流れて進んでいくんだ。コンベアが進む中で売り物のチョコレートを作る」

「すごい、面白い。それに、やっぱり駒が可愛い」


 工場の中をチョコレートの駒を乗せたタイルが進む。その様子はとても楽しそうに見えた。

 それでもふと気になったことがあって、自分の工場ボードを指差してかどくんを見上げる。かどくんも楽しそうに笑っていた。


「でもこれ、『ナッツチョコ』や『キャラメルチョコ』はどうやって作るの?」

「最初の状態だと作れないよ。でも、『工場装置』を導入して、工場をどんどん拡張していくんだ。例えば」


 言いながら、かどくんは『カカオ豆』を『ココア』に変換する装置を指差した。


「ここで『ココア』に変換したとするよね。で、『ココア』を『チャンクバー』二つに変換する装置っていうものがあるんだ」


 それから指先は、コンベアを挟んで反対側のスペースを指差した。


「こっち側にそれを置いたとする。そうしたら、今変換した『ココア』を『チャンクバー』二つに変換できるってことになる。それで一つ進んだら、今度は『加工』でランクアップできるから、『チャンクバー』一つを『キャラメルチョコ』に変換できるよね」

「そうか、工場に装置をいっぱい置けば良いってこと?」

「そうだね。でも、どんな装置が手に入るかは運の要素もあるから、ちょうど良い装置が手に入るかはわからない。それで、手に入った装置をどう組み合わせるかっていうのが重要になってくる。それに、装置を動かすには燃料の『石炭』も必要だから、手持ちの『石炭』でどの装置を動かすかってのも考えどころだね」

「え、難しそう」


 思わず漏らしてしまった呟きに、かどくんがふふっと笑う。


「そこが楽しいところなんだよ。まあ、詳しいことはインストで説明すると思うから」

「そうだな、まずはプレイヤーカラー選んでくれ」


 兄さんに声を掛けられて、かどくんと二人で顔を見合わせてから兄さんの方を向いた。いくつかの丸い駒が、色ごとにわけられて置かれていた。赤と青と黄色と緑。わたしは赤を指差した。

 角くんは駒の色を見て、ちょっと考えるように首を傾けた。


「チョコレートファクトリー、黒ないからな。何色でも良いけど……いかさんは希望ないんですよね、色」

「俺は元々こだわりないんで」

「決まらないのも面倒か。じゃあ黄色にします」

「じゃあ俺は青で」


 赤い丸い駒を受け取って、わたしは自分の工場ボードを見下ろした。さっきかどくんが説明しながら置いた『チャンクバー』の駒。

 それから耳の奥で聞こえたのは、ドライヤーの風を思い出すような、ごおお、という音。その音に重なって、何かがガタガタいう音も聞こえる。

 それで気付いたらもう、わたしとかどくんと兄さんは、『チョコレートファクトリー』のボードゲームの中に入り込んでいた。



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