11-12 魔術師の虚ろ 後編
この『魔術師の虚ろ』では、商品の仕入れはたくさんできる。それですぐに荷台がいっぱいになる。だから、仕入れて、売って、荷台を空けてまた仕入れる。それが基本の動きだって、角くんは言った。
「まあ、俺といかさんはまず行動回数の確保だけどね」
そう言った通り、角くんは最初に『隊商の拡張』をした。その次の兄さんも。これで、全員の行動回数が六回になった。
次はわたしの番で──わたしは悩んだ挙句に『飛空魚の売却』をすることにした。一箱で金貨七枚。ここにくる途中で樹木這いずりから手に入れた商品が、飛空魚二箱だった。それと合わせて飛空魚は三箱ある。
自分の取引を終えた角くんが、わざわざ様子を見にきてくれた。それでわたしは角くんと相談することができた。二人で階段を登る。
「そうだ。ここでの取引、『取引許可証』以外にも必要なものがあったよ」
「え、何それ」
つい不安そうな顔をしてしまったらしい。角くんが「大丈夫だよ」と穏やかに微笑む。
「ここで暮らしている魔術師たちに、話を求められるみたい」
「話?」
「内容はなんでも良いみたいだけど、旅の話を聞かせろって」
「話すだけで良いの?」
「多分。俺はさっきの樹木這いずりの話をして、それで大丈夫だったからなんでも良いんじゃないかな」
階段の途中で立ち止まる。『取引許可証』をバッグから取り出すと、下の岩壁に開いた窓からローブを被った姿が覗いて、わたしの姿を確認する。その姿が引っ込んだかと思うと、長いローブを引きずった人がするすると階段を登ってきた。
上の岩壁からも、似たようなローブ姿の人がするすると降りてくる。そちらは手に紙とペンを持っていた。
下から登ってきた人に『飛空魚の売却』をしたいのだと言って、上から降りてきた人には『露滴葉と炎胡椒の仕入れ』がしたいと言う。その人たちはわたしの『取引許可証』を見て、それから口々になんの話をするかと言ってきた。
「えっと……『瓶詰めの稲妻』のこと」
わたしの言葉に、一人は紙とペンを構え、もう一人はローブの奥で頷いた。
隣に立っている角くんをちらりと見ると、角くんは「大丈夫」と言うように頷いてくれた。それでわたしも小さく頷いて、口を開く。
雲から伸びる稲妻と、その音。その稲妻を手のひらの上に捕まえて、緑色の口の細い瓶に入れる時の仕草。わたしが話すことができたのはほんの少しだけだったけど、ローブの人たちは満足してくれたみたいだった。
書類にサインしたら、三箱の飛空魚で金貨二十一枚。二十金貨は大きな丸いコインだった。その重みに緊張してしまう。そっと受け取って、財布の巾着袋にしまう。
仕入れた露滴葉と炎胡椒は、車に運んでもらえることになった。そちらの書類にもサインする。
それからローブの人たちは、前の記録と照らし合わせなければ、なんて言ってするすると戻っていってしまった。
「こんなで良かったの?」
「お疲れ様。取引は無事終わったんだし、良かったんじゃないかな」
そんなことを話しながら、また二人で階段を登る。
次は角くんの番だったのだけど、なんとなく別行動するタイミングを見失ってしまった。角くんも何も言わないものだから、わたしはそのまま角くんに付いていった。
角くんは次の取引で、『天空門』の雲でできた橋のことを話していた。雲の中に浮かぶ島、その島を繋ぐ雲、それを踏む感触。階段に座って、ローブの人たちと一緒に角くんの話を聞く。
その話を聞きながら、なんだか角くんらしいなと思ってしまった。何でそう思えるんだろうか。話の順序とか、口調とか、声とか──一番の理由は、楽しそうにしていることかもしれない。
角くんは本当に、いつも楽しそうだ。
角くんも兄さんも、商品をたくさん仕入れていた。『魔術師の虚ろ』に到着したとき、二人の荷台はほとんど空っぽだったから。
わたしはすでに荷台にいくつかの商品があったから、まずはそれを少し減らそうと考えて、それでさっき飛空魚を売却した。今は露滴葉が三箱あるからそれを売りたいと思ったのだけど、この『魔術師の虚ろ』では、『露滴葉の売却』をできるところがない。
飛空魚を売ったら大金になったのが嬉しくて、商品を売るのが楽しくなってしまったところもあった。
「大須さんはまだ荷台に余裕があるんだから、売るのは後でも良いとは思うけどね」
「でも……飛空魚を売って二十金貨になったのが、嬉しかったから」
わたしの言葉に、角くんはちょっと考え込んだ後にわたしの隣に座った。そして、アルマナックを開く。
「露滴葉が邪魔なら『商店』で換金もできるけど……大須さんの荷台、まだ八も空きがあるんだからね。『商店』だって二箇所にあるから、急がなくても埋まっちゃうってことは多分ないと思うし」
「それはそうなんだろうけど。あ、ここの『商店』の隣が『炎胡椒二箱の仕入れ』だから、ここにして、その後『炎胡椒の売却』に行くのは、どうかな」
「大須さんがそうしたいならそれでも良いけど……それなら、こっちの『久遠氷二箱と露滴葉一箱の仕入れ』をして、こっちで『久遠氷の売却』をした方が効率は良いと思うよ」
角くんの言う通り、炎胡椒は一箱金貨五枚で久遠氷は一箱金貨六枚だった。でも、とわたしはページを指差す。
「この『炎胡椒の売却』の隣に久遠氷を仕入れる取引があるよね、だったら先に炎胡椒を売ってから久遠氷を売りに行ったら良いのかなって思って。あ、それに、こっちなら炎胡椒と久遠氷が一度に手に入るね。だから、まずはここで『商店』に行って『炎胡椒二箱の仕入れ』をして、次はここで炎胡椒と久遠氷を手に入れて、その後に『炎胡椒の売却』、それから『久遠氷の売却』」
一つの取引がまた次の取引に繋がって、その結果がまた次の取引になる。なんだか地図の中に隠れていた道を見付けたような気がした。
一回一回の行動って、こんなふうに次に繋がっているんだ。もしかしたら角くんや兄さんの目には、こんなふうに可能性の道がたくさん見えているんだろうか。
角くんはちょっと困ったように眉を寄せる。
「うまくいくとは限らないよ、それ。俺やいかさんがどこか、先に置いちゃうかもしれないんだし……」
「そうかもしれないけど。でも、うまくいったら楽しいなって思って。角くんから見たら、もっと良いやり方があるんだろうなっていうのはわかるけど」
「それは……」
角くんは大きな手で口元を覆って、何か考えていた。
後ろから足音が聞こえてきて振り向くと、商人風の人が数人荷物を抱えながら階段を降りてきていた。その人たちはわたしと角くんに気付いて、座っているところを避けてくれようとする。
わたしが角くんの袖を引っ張ると、角くんも気付いて、階段のスペースを空けようとわたしの方に身体を寄せてきた。わたしも階段の端っこに身を寄せる。角くんがさらに距離を詰めてくる。
距離が、近い。肩がぶつかって、緩んだ襟から角くんの口元が見える。
角くんは隣を通り過ぎる人たちの方を見ながら、話を続けた。
「最終的には大須さんがやりたいようにやるのが良いと思うよ。これ以上はちょっと、俺もプレイヤーだから自分のことを棚上げして話すのが難しくて……なんだか誘導になっちゃいそうで」
そこまで言って、角くんが振り向く。わたしは咄嗟に俯いてしまった。距離が近いと伝えたくて、角くんの腕に手を置いてそっと押す。
「あの、ごめん」
頭の上から、角くんの声が降ってくる。この「ごめん」は何に対する言葉なんだろう。なんだっけ、と必死で考えて、わたしの次の行動を決めている途中だったと思い出す。
「えっと、とにかく、自分で考えてやってみる。うまくいかないかもしれないけど」
「あ、そうだね……頑張って」
角くんは膝の上のアルマナックを閉じて、立ち上がった。体温が遠くなったことで、ようやく体の力を抜く。ほっと息を吐いたら、目の前に大きな手が差し出される。
「ともかく、行こうか」
その手に自分の手を重ねる。そっと見上げて目が合うと、今度は角くんが俯いてしまった。
岩肌に張り付くような道を辿って、そこから階段を登る。角くんが取引した場所も高いところだったけど、次のわたしの取引はそれより一段高いところだった。岩山に邪魔されて遠くまで見えないかと思ったけど、思ったより遠くの場所まで見渡すことができた。
わたしたちが通ってきた道。それとは別の道が二つある。角くんがその片方を指差す。『ドラゴンの都』に続いているらしい。『魔術師の虚ろ』での取引が終わったら、わたしたちもその道を通ってゆくのかと、二人で少しの間その光景を眺めていた。
その場所で始まった次の取引でわたしが話したのは、『坑道』で手に入れた『古の武器』のこと。
そうやって、話をしては取引をして、階段を登ったり降りたりした。角くんもわたしも、どちらも何も言い出さなかったので、ずっと一緒に行動していた。途中で兄さんと行き合った時には変な顔で「一緒に行動してるのか」と言われた。
わたしがさっき見付けた取引の順番は、思った通りにうまくいった。もしかしたら角くんは、少し譲ってくれたのかもしれない。それとも、うまくいったと思っているのはわたしだけで、角くんや兄さんにとってはうまくいっていないのかもしれない。それでも、思った通りに取引ができるのは嬉しい。
魔術師の人たちに話したのは、『坑道』に向かう途中で見付けた大きな歯型のついた荷車のこと。それから『雲の修道会』のことや『辺境の村』のこと。途中で出会った飛空魚の群れの話もした。
最後の取引が終わって、財布の中を確認する。二十金貨や五金貨が何枚かずつある。数えたら全部で金貨八十一枚分。最初は一番小さい金貨が十枚だけだった。それと比べたらすごい大金だ。
それに、どの商品を仕入れるのか決めて、そして売って、そうやってわたしが手に入れたお金だから、嬉しい。
「大須さんが楽しそうで良かった」
結局最後まで一緒にいた角くんが、ふふっと笑ってそう言った。そんなにわかりやすく浮かれていたのかと、少し恥ずかしくなって、襟に口元を埋める。
「今回は角くんが隣にいたから」
肩掛けのバッグに財布をしまって、角くんを見上げる。わたしを見下ろす角くんの目が、何度か瞬きをする。
「『坑道』でも『天空門』でも、ずっと一人で考えてたから……自信もないし、不安だったみたい。今回は角くんが隣にいてくれたから、安心できたんだと思う」
角くんは視線を逸らして急に襟を巻き直すと、口元を襟に隠したままもごもごした声で「それは良かった」と言った。角くんがそのまま歩き出したので、わたしも慌てて追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます