6-2 「羨ましいかも」と角くんは言った

 夜の森だった。どこかでフクロウらしき鳴き声がする。

 ただでさえ暗い森なのに、目の前に濃い霧が立ち込めていて真っ白だ。不思議なことに、白い霧は何かで切り取ったかのように真っ直ぐな壁を作っている。透明な箱でもそこに存在するかのように、その内側に収まっている。

 わたしとかどくんは、壁のようなその白い霧の前に立っていた。


「悪い奴が、ドワーフの財宝を奪ってこの森に隠したんだ。そして、見付けられないように、霧の魔法をかけてしまった」


 角くんがそう言って、霧の中に手を伸ばす。その手も見えなくなるくらいの、濃い霧だ。

 隣を見上げれば、角くんはだぶっとしたローブのような赤い服を着ていた。箱に描かれていたドワーフたちと同じような見た目。頭には、どんぐりのヘタのような帽子。きっとわたしも、同じ帽子を被っている。

 それから、わたしは手にどんぐりのランタンを持っていた。細長い棒の先にどんぐりがぶら下がっていて、どういう仕組みかはわからないけど、ほのかに瞬くように光っている。

 どんぐりにしては大きい。ランタンほども大きいどんぐりがあるのか、それともわたしたちが小さいのか。

 ランタンを持ち上げると、長い袖も持ち上がる。赤いローブの裾は引きずるほどに長くて、そして──。


大須だいすさん、羽がある」


 わたしを見下ろした角くんの声に、わたしは肩越しに自分の背中を振り返る。トンボみたいな、薄く透き通った羽があった。動かそうと思うと動くので、どうやらわたしの羽らしい。

 羽ばたくと、なんだか体が軽くて、ふわりと浮き上がった。


「え、あ、どうしよう、飛んじゃう」

「大丈夫?」


 角くんが差し出す手を慌てて掴んで、地面にそっと足を降ろす。でも、なんだかふわふわと体が軽くて、どこかに飛んでいってしまいそうで、風船にでもなった気分だ。

 恐る恐る地面の上に立つわたしを見て、角くんがふふっと笑う。


大須だいすさん、本当に妖精だね」

「角くんも同じだと思うけど」

「んー、でも、俺には羽はないから。俺も飛んでみたかったな。羨ましいかも」


 角くんはそんなふうに言いながら、わたしの背中の羽を見ていた。

 その時になって、わたしはずっと角くんの手を掴んで握ったままだったことに気付いて、急にその体温を感じてしまって、ぱっと離した。謝った方が良いのかどうなのか、わからなくなってしまって、わたしは何も言えなかった。

 角くんはちょっと目を細めて、でもそれ以上は何も言わなかった。




 ローブのポケットを探ると、森の地図と財宝のリストが出てきた。

 かどくんがそれを指差しながら、ルール説明──インストをしてくれる。


「さっきも言ったけど、悪い奴に奪われた財宝を探して取り戻すゲーム。でも、なんでも取り戻せば良いってわけじゃないんだ。この森は、悪い奴が魔法をかけたせいで霧に覆われてしまった。その魔法を解いて森の明かりを取り戻すためには、順番が大事」

「順番?」

「そう、決められた順番で、財宝を取り戻す必要がある」


 角くんは、財宝リストを指差した。


「財宝は全部で十六。次に見付けないといけない財宝は、この中のどれか一つ。それ以外の財宝を見付けても、拾えない」

「拾って良い財宝は、どうやってわかるの?」

「ゲームだと、最初に公開するんだ。だから、ゲームが始まったらわかるようになってると思うけど」

「どれかわからないってわけじゃないんだね」

「そうだね。どれを見付けないといけないかは、全員わかるようになってるし、全員共通。誰かがそれを見付けたら、それは見付けた人が拾って、そして次に見付ける財宝がわかる」

「早い者勝ちってこと?」

「そういうこと」


 角くんは頷いて、そして人差し指をぴんと立てる。


「自分の手番になったら、まずは財宝を一つ宣言する。それから、森の中を一歩進む。進んだ先にあった財宝が宣言した財宝なら、また財宝を宣言して一歩進む。宣言を間違えるか、財宝を拾うかするまで繰り返す」

「財宝を拾うっていうのは?」

「見付けないといけない財宝を見付けた場合だね。その場合は、宣言が当たってても外れても、その財宝を拾って、そこで手番は終了」

「宣言する財宝は、見付けないといけない財宝とは別なんだね」

「そうそう」


 手番でやることは、財宝を宣言して一歩進むだけ。随分と単純なルールだなと思った。


「やることは、多分わかったと思う」


 わたしがそう言って頷くと、角くんはにいっと笑った。


「で、ここからが面白いところ。大須だいすさんが動くと他のプレイヤーも動くし、他のプレイヤーが動くと大須さんも動くことになる」

「どういうこと?」

「さっき、タイルを差し込んで押し出したの見てたよね。あんなふうに、押されて移動しちゃうことがあるんだ」


 角くんがタイルを差し入れて、反対側から押されて出てきた黒いタイルを思い出す。そうか、あれがわたしのタイルなら、わたしは森から押し出されちゃうのか。


「さらには、自分の手番じゃなくても、他の人に押されたんだとしても、探している財宝を見付けた場合は拾って良い」

「え、良いの?」

「だって、見付けたんだから」

「あ、じゃあ、自分の番で他の人が拾っちゃうかもしれないってこと?」

「そうだね。だから、他のドワーフたちがどこにいるのかは気にしておかないといけないし、どこにどの財宝が落ちてるかは、できるだけ覚えておいた方が良い」


 わたしは、森の地図を見る。誰がどこにいるのか、どこに何が落ちてるのか、それを全部把握しなくちゃいけないのか。


「他の人が財宝を見付けて拾った場合でも、手番はそこで終わっちゃうから気を付けてね」

「わかった、頑張る」


 そう応えはしたものの、わたしは相当不安そうな顔をしていたらしい。角くんがわたしの顔を覗き込んで、ちょっと笑った。


「大丈夫だよ。気楽に遊んで良いゲームだから。宝探しだと思って、楽しく遊ぼう」


 角くんの言葉にちょっとだけ気を楽にして、だから頷きはしたんだけど、でも。

 目の前の真っ白な霧の壁を見て、この中に入るのかと考えると──やっぱりまだちょっと不安に思っていた。





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