3-6 『月狼』の遠吠えが聞こえる気がする

 優先するのは点数になる精霊。でも腐敗が増え過ぎると後が大変だから、腐敗を持った精霊は避けていた。逆に『生育』を生み出す精霊はできるだけ契約する。

 本のページには精霊の姿がたくさんになって、谷はとても賑やかになった。枯れてひび割れた地面はまだ残ってはいるけど、でもそれ以上に綺麗で不思議な森の景色が広がっている。そこを歩くと、精霊たちが姿を見せてくれる。

 梢や水面が揺れるだけだったり、木々の隙間からこちらを伺ってくるだけの精霊もいるし、歩いているわたしやかどくんの近くまできて顔を覗き込んで去ってゆくような精霊もいる。わたしの髪に花を飾ってゆく精霊もいて、きっとわたしの頭も賑やかになっているだろうと思う。

 最初の頃のほとんど何もできなかった頃を思い出して、でもその時の谷の景色がもう思い出せないくらいに、谷は豊かになっていた。

 機会があれば谷間カードは必ず解放する。点数になる方を優先するけど、点数にならないものしかなくても、解放できるなら解放する。


「谷間カードの解放はデメリットがほとんどないからね」


 角くんの言葉に励まされながら、わたしは自分の手番を進める。安定してマナや精霊の力が生み出せるようになってきていたけど、それは他のプレイヤーも同じで、どのプレイヤーも谷間カードを解放して、点数を生み出している。


「もうすぐゲームが終わりそう。ほら、勝利点のストックがもう少ない。このペースだと、多分次の次くらいには終わると思う」

「え、もう終わっちゃうの?」


 手番待ちの間に言われた言葉に、わたしは驚いて角くんを見た。わたしの感覚としては、やっといろんなことができるようになってきたところだった。これからだと思っていたのに。


「残念ながら。レベルの低い精霊はもうみんな契約しちゃって残ってないし、みんな安定してきちゃったし、ゲームとしてはちょうど良いところじゃないかな」

「そういうもの?」

「最初は本当に何もできなくて、でも何もできないって思いながら少しずつできることを増やしていって、だんだん強くなって、すごいことができるようになって、その過程が面白いゲームなんだよ。だから、その最高潮に強くなった瞬間……もしかしたらそのちょっと手前で終わるくらいが、一番面白いし、そんなだから『もう一回遊ぼう』ってなるんじゃないかな」


 角くんの言葉がなんだかぴんと来なくて、わたしは首を傾ける。


「テレビゲーム系の話だけど、街づくりとか開拓系とかのゲームってさ、やることはいっぱいあるけどできることはほとんどないって時が、一番やりがいがあるっていうか、面白いと思うんだよね。手探り感っていうのかな。あれができるようになったらこれやろうって想像して、それがうまくいったりいかなかったりする時が面白いっていうか」


 そこで角くんは言葉を止めて、わたしの方を見て、それから少し照れたように目を伏せた。


「まあ、こういうタイプのゲームに俺がそういうのを求めてるってだけ。そうじゃない楽しみ方もあると思うよ」

「わたしは……ゲーム自体がよくわからなくて。だから角くんの話もよくわからなくて、ごめん」

「謝るようなことじゃないよ。それに、俺はこうやって大須だいすさんとボドゲ遊べてすごく楽しいから、それだけでじゅうぶん」


 角くんはそう言って笑った。わたしとボードゲームを遊んでも、こうやって世界の中に入ってしまって、そこではわたしがプレイヤーで角くんは隣で説明してくれて見ているだけ。それで角くんはちゃんとゲームを楽しめているんだろうか。

 角くんはいつも、わたしがボードゲームを楽しめるように気を遣ってくれるけど、本当は角くん自身がプレイヤーになりたいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えたけれど、うまく言葉にできなくて黙ってしまった。その間に、角くんは話を切り上げて、ゲーム終了に向けて頭を切り替えてしまったみたいだった。


「で、手番があと二回だとして」


 角くんが人差し指と中指、二本の指を立てて見せてくる。ハサミのようにそれを閉じ開きしながら、言葉を続ける。


「今の残りページ数を考えると、あと二回の手番の間にシャッフルが発生しなさそうなんだよね」


 言われて、わたしは本の残りページを確認する。確かにさっきページが尽きて、開き直したばっかりだった。でも。


「それが、何か関係あるの?」

「シャッフルが発生しないってことは、あと二回の手番で出てきたページは、もうこのゲーム中に登場しないってことになる」


 ページが尽きたら、これまでに登場したページがまた登場するようになる。逆に言えば、ページが尽きなければ、そのページは登場することはない、ということか。


「それは、そう……だけど」


 角くんの言っていることの意味はわかったけど、話の先が見えない。角くんはピースを崩して本のページを指差した。


「契約した精霊は、ページに入るよね」

「そう、だね……?」

「新しく契約した精霊が、次に登場するのはいつ?」

「いつって……そんなのランダムだからわからないんじゃないの……?」


 首を傾けて考える。ページに入って、さらにページをめくって、ページが尽きて。


「あ、そうか」


 思わず呟くと、角くんがにいっと笑う。その表情に促されて、わたしは自分で気付いたことを口にする。


「次にページが尽きるまでは出ないし、その後もう一度ページが尽きるまでの間には必ず出てくるってこと?」

「正解。てことはだよ、このゲーム中にもうページが尽きることがないなら、これから契約する精霊はもうページに入るだけで、めくられることがないってことになる」

「ええっと……つまり?」

「マナを生み出したり、マナ以外でもページをめくられた時に何かを生み出す精霊と契約しても、それはもう生み出されることなくゲームが終わってしまう」


 角くんの言葉に、ぽかんと口を開けてしまった。そうか、ゲームが終わっちゃったら、もう何も生み出せないのか。そこまで考えて、ふと、目の前にいる透き通った体の『雄鹿』と目が合う。めくられた時に四点、ゲーム終了時に二点。そして、その『雄鹿』が腐敗の呪いを持っていることに気付く。


「ね、角くん、それってひょっとして、腐敗も同じじゃない?」


 思い付きを口にすれば、角くんは黙ってわたしに話の続きを促した。


「『腐敗』を持っている精霊と契約しても、もうその腐敗はゲーム中に出てこないってことでしょ?」


 わたしの言葉に、角くんは嬉しそうに笑った。


「そういうこと。てことは……この後の手番で何をやるかは、決まった?」

「腐敗を気にせずに、ゲーム終了時の点数になる精霊と契約する。あとは、点数になる谷間カードが解放できそうならする」

「最後まで頑張って」


 本の表紙が光って、わたしの手番を知らせる。ページをめくれば、マナや精霊の力が生み出されて、精霊たちが周囲に姿を見せる。

 その時、わたしは確かに谷間の呪いを解くドルイドだった。




「ああ、負けちゃった」


 第三資料室に戻ってきて、わたしはぼんやりと呟いた。まだ耳の奥に、『夜明けに歌う者ドーンシンガー』の歌声や『月狼』の遠吠えが聞こえる気がする。目の前に並んだ谷間カードを見れば、降り注ぐ光やそれを受けて輝く川の流れや、雲を衝くような大きな樹がまだすぐそこにあるような気さえする。

 月狼の毛並みの柔らかさを思い出して、そして額を舐められたことを思い出して、わたしは自分の額に手を当てた。


「でも、惜しかったよ。もうちょっとで勝てたくらい」


 隣に座っているかどくんを見れば、当たり前だけどいつもの制服姿で、もうファンタジーな旅人には見えなかった。きっとわたしもいつもの制服姿で、ドルイドだとか姫だとか、そんなものには見えなくなってるだろうなと思う。


「うん、ちょっと悔しいな、頑張ったんだけど。でも、面白かったよ」

「それは良かった」


 角くんはそう言って、すっと背筋を伸ばした。わたしも姿勢を良くして、角くんと向き合う。そして、二人でお辞儀をする。


「ありがとうございました」

「ありがとうございました」


 それから、二人でカードを片付ける。カードスリーブの中に差し込まれた透明のカードを全部取り出して、レベル別に仕分けして、その作業はちょっと手間ではあったけど、あの壮大なファンタジー世界から現実に戻ってくるのにはちょうど良かった。


「月狼、可愛かったな」

大須だいすさん、月狼すごく気に入ってるね」

「角くんだって、撫でてたよね」


 月狼が近くにいたあの光景を思い出して、少し笑う。本当に、どこを切り取ってもファンタジーだった。


「大きな生き物ってファンタジー感あるよね。あの服装で月狼を撫でてる角くん、本当にファンタジー映画のワンシーンぽくて、かっこよかったよ」

「え……」


 角くんは仕分けの手を止めて、わたしを見た。目が合うと、角くんはさっと目を伏せて、仕分けを再開する。


大須だいすさんだって……あの服で花と動物に囲まれてるの、めちゃくちゃファンタジーだったし、すごく似合ってたよ……森の姫って感じで」


 角くんにそう言われて、わたしはようやく、自分が何を言ったのか自覚してしまった。かっこよかったというのは、つまりその、あのファンタジー世界のあの光景に対しての感想のつもりであって、角くん個人への感想のつもりでは──そんなことを言おうとして、でも旅人のようだった角くんの姿を思い出して、芝居がかった口調で角くんに「姫」と呼ばれたことを思い出して、急に恥ずかしくなってきて何も言えなくなってしまった。

 それで、わたしも慌てて手元を見て、片付けを再開した。

 そのあとは、片付けが終わるまでわたしも角くんも、それ以上は何も言わなかった。





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