1-3 それ以上に点数が取れたら良いだけだから

 ゲームが進むにつれて、紙に描かれた正方形の中もだんだんとゲームボードらしくなってきた。紙の上で、それぞれが配置した『敷石タイル』の通りに色分けされている。

 そうやっていくつかの『敷石タイル』を置いたところで、対戦相手の太陽のプレイヤーが、敷石を置かずに『建物タイル』を取ることを選んだ。それでわたしも慌てて『建物タイル』を選び始めた。

 正方形のゲームボードの中の色の配置と見比べて、今置けそうなのはT字のタイルかな、と考えた。T字の『建物タイル』には二種類ある。四マスのものと、五マスのもの。そこでもどちらを取るかで悩んで、置けないのが怖くて四マスの方を選ぶ。

 ゲームボードの正方形の隣に並んで描かれた『建物タイル』の形に触れると、それがふわりと浮き上がってきて、指先に当たる。それを摘んで紙から引っ張り出す。『敷石タイル』と同じで、手のひらに乗っかる大きさだ。

 その『建物タイル』を握って、なんだかこれで良かったのかわからなくなってしまった。そっと見上げると、かどくんはちょっと目を細めて、正方形の中を指差した。


「五マスのT字を置くとしたらここだけど、ここってこっち側が潰されると置けなくなる可能性があるからね。それに、どこかに街路灯を置けないと、ここに置いても点数にならないし。四マスならこっちも置ける可能性がある。だから、今は五マスじゃなくても良いと思うよ」


 わたしの不安を角くんが丁寧に言葉にしてくれた。わたしは自分の判断がそんなに悪いものじゃなかったと思って、ほっとする。

 そうやって、『敷石タイル』が敷かれる度に街路灯が増えて、街は明るくなって、まだ何もない広々とした空間を照らしだした。

 全部の『敷石タイル』が敷き詰められて、正方形のボードが全て塗り分けられた時、わたしの手元には三つの『建物タイル』があった。三マスのL字タイルと、それから結局、五マスのT字タイルも取ることにした。

 もっと大きな『建物タイル』も取りたかったのだけれど、青い色の敷石はオレンジ色に分断されてしまって、それ以上大きな建物は置けそうになかったから諦めた。

 相手の持っている『建物タイル』は、六マスと五マスが一つずつ、四マスが二つ、三マスが一つ。ゲームボードの端っこにオレンジ色と紫色が繋がった広いスペースができてしまっているから、きっと繋げて置くつもりなんだろうなと思う。


 今こうやって対戦している相手が誰なのかは、わからない。ゲームに入り込んだ時にはいつも、こうやって自分たち以外の誰かがプレイヤーとして参加しているけど、それが誰なのか、そもそも誰かなのかもわからない。

 わたし以外にもこんなふうにゲームの中に入り込むような人がいて、そういう人と対戦しているのかと、考えたことがある。でも、それだと同時に同じゲームをやっていることになってしまう。角くんはのほほんとした口調で「コンピューター対戦みたいなものじゃないかな」と言っていて、深く考えると怖いので、わたしもそう思うことにした。

 なんにせよ、いつもいつも対戦相手には邪魔をされる。それがゲームというものなんだろうけど。それでも、思ったように置けなかったな、とゲームボードを見て溜息をついた。

 わたしの溜息は角くんに届いてしまったらしい。角くんは、ゲームボード上のオレンジのスペースを指差した。


「このスペースは確かに広いし持っている『建物タイル』の形を見ると綺麗に置けそうな形なんだけど、でも、街路灯の数が少ないんだよ。大須だいすさんの青いスペースの隣にはいっぱい街路灯があるから、点数はじゅうぶん伸ばせると思う」


 そう言ってゲームボードを覗き込む角くんの山高帽の短いツバが、わたしの帽子の大きなツバにぶつかった。あっと思って視線を上げたら、当然のことながら角くんの顔が帽子のツバがぶつかる距離にあった。

 角くんが顔を上げて目が合うその前に、わたしは角くんの指先を追いかける振りをして俯いた。




 全部の『敷石タイル』を置いて、ゲームは『建物タイル』を置く後半に移った。

 最初は対戦相手の順番。その最初の行動は『建物タイル』を置くことだった。対戦相手のその『建物タイル』は、わたしが五マスのT字の『建物タイル』を置こうと思っていた紫のマスの上に被っていて──それでわたしは、五マスのそのタイルが置けなくなってしまった。


「置けなかったらマイナスなんだよね?」


 置き場所のなくなった五マスの『建物タイル』を手に、泣きそうな気持ちで隣を見上げる。かどくんは口元に手を当てて何か考え込んでいたけど、わたしの視線に気付いてちょっと微笑んだ。


「落ち着いて。アクションカードの中に『空中浮遊』があるから、それで『建物タイル』を取り替えて置くことができる。あるいはこっちの『サクレ・クール寺院』でも良いかも。こっちは、『建物タイル』が置けなかったマイナスがゼロになる」


 落ち着いた角くんの声に、わたしも少し落ち着いて頷きを返す。それでもまだ、何も言えなかった。


「もし『建物タイル』が一つ置けなかったとしてもマイナス三点てだけだし、それ以上に点数が取れたら良いだけだから、大丈夫。そんなに焦るほどのことじゃないよ」


 そう言って、角くんはポストカードを一枚一枚めくりながら、アクションの説明を始めた。

 周囲の自分の色の空きマスが得点になる『考える人』。繋がっている空きスペースの数が得点になる『ムーラン・ルージュ』。建物で遮られていないマスにある街路灯一つが二点になる『画家』。サイズが二マスの建物として扱える『植物園』。街路灯の光をもう一マス遠くに届かせられる『大街路灯』。建物のサイズを一マス増やせる『セーヌ川の露天古本屋』。それと『空中浮遊』と『サクレ・クール寺院』で全部で八枚。


「アクションの実行は早い者勝ちで、一人四つ使える」

「相手が先に使ったら、もうそのアクションはできないってことだよね」

「そう。だから『空中浮遊』と『サクレ・クール寺院』の両方を使われたら、マイナス三点はもうどうにもならない。向こうが『建物タイル』を多めに取ってるのはこの辺りのアクションがあるから、最悪なんとかなるって見込みなんだと思う」

「これ、どっちを使った方が良いとかある?」

「そうだな……『サクレ・クール寺院』でも良いけど、『空中浮遊』でタイルを置いてしまった方が点数は伸びるかな。でもどっちでも良いと思うよ」


 わたしは自分が持っている『建物タイル』を見て溜息をつくと、ゲームボードに視線を戻した。街路灯に照らされた、カギ型の赤い屋根の家。太陽のマークのオレンジの煙突がその屋根から突き出している。

 どうしてこんな邪魔なところに、と思う。


「これって……わたしは邪魔されたってこと?」


 わたしがその赤い屋根を指差せば、角くんはちょっと眉を寄せた。


「ちょうど良い位置にある紫の敷石を潰してきたから、確かに大須だいすさんの邪魔ではあるんだけどね。でもそれ以上に、ここってこの二つの街路灯に挟まれてるから。四マスの建物で街路灯が二つで、これで八点。ついでに邪魔もできてラッキーって感じじゃないかな。さっきも言ったけどこっちのオレンジのスペースには街路灯が少ないから」


 わたしはさっきまで、オレンジのマスが固まってるからきっとそこに『建物タイル』が置かれるんだろうな、なんて思っていた。こんなことになるなんて、考えてもいなかった。

 そうか、紫の敷石ってこんなふうに取られちゃうのか。


「さ、悩ましいけど、考えよう。『建物タイル』を置くか、アクションカードを使うか。まあでも、『建物タイル』を置くのに取り合いになりそうなマスって、もうあと何マスもないから、そっちは焦らなくても大丈夫じゃないかな」

「アクションカードを使った方が良いってこと?」

「それは状況次第だけど。これ以上は大須さんが考えないと駄目だよ、プレイヤーは大須さんなんだから」


 角くんに言われて、わたしはポストカードを広げて眺める。アクションカードを使うって言っても、どれを使えば良いんだろう。『サクレ・クール寺院』や『空中浮遊』だっていつ使えば良いのかわからないのに、それ以外のアクションカードなんてもっとわからない。

 困って引っ繰り返したポストカードには、風車のような建物が描かれていた。これは確か、空いているスペースが得点になるんだったっけ。


「空いてるスペース」


 小さく呟いて、ゲームボードの色の並びを見る。街路灯の多い場所、少ない場所。街路灯がないと『建物タイル』は点数にならない。それってつまり、街路灯がない場所には『建物タイル』が置かれないってことじゃないだろうか。

 わたしはその風車のような建物が描かれた一枚を手にして、角くんを見上げた。


「ねえ、『ムーラン・ルージュ』ってひょっとして、結構な点数になる?」


 わたしの言葉に、角くんはにいっと笑った。それでも、すぐには何も言わず、もったいぶって曖昧な返事をしてくる。


「うーん、まあ、うまくいけば、ね」


 わたしはじれったくなって、ゲームボードを指差す。


「この辺りって、街路灯が少ないから『建物タイル』を置きにくいよね。この青いスペースなんかどうにもならないデッドスペースになっちゃってるし。だったら、空きマスが点数になる『ムーラン・ルージュ』って、ここに置いたら良いんじゃないかって思ったんだけど」

「それもうまくいけば、だよ。また邪魔されるかもしれないし。それでも大丈夫?」


 角くんが優しげに微笑んで、首を傾けた。わたしはそれに頷いてみせる。


「大丈夫、だと思う。わたしは『ムーラン・ルージュ』のカードを使いたい」


 そう宣言したら、わたしの頭上に浮かんで辺りを青白く照らしていた月の一つが、ふわりとわたしの胸元まで降りてきた。胸の前に手を出すと、その月はわたしの手のひらに乗っかって、切手になった。

 その切手を『ムーラン・ルージュ』のポストカードに貼り付ける。


「どこに置くかは決まってる?」


 角くんの声に頷いて、わたしはゲームボードの中を指差す。角くんは「こっちだ」と指差して歩き出した。





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