ボドゲ部(仮)の角くんはボドゲ世界に入り込んじゃう大須さんと遊びたい

くれは

一年生

game 1:パリ─光の都─

1-1 万国博覧会があった一八八九年のパリが舞台で

 ボドゲ部(仮)カッコカリの仮の部室で、わたし──大須だいす瑠々るるは差し出された箱を見て瞬きをした。

 校舎四階の端っこにある第三資料室。長机が二つ並んだだけで、ほとんどいっぱいになってしまうような、とても狭い部屋。そこが、ボドゲ部(仮)カッコカリの、仮の部室だ。

 ボドゲ部(仮)は、今年立ち上げたばかりで、まだ部活として成立していない。正式な部活動として認められるためには、少なくとも一年以上の活動実績が必要なのだそうだ。それと、その時点で部員が三人以上。なので、まだ「(仮)カッコカリ」だ。それで部室もまだ仮。

 そのボドゲ部(仮)を立ち上げたのが、今わたしの目の前でわたしに向かって箱を差し出しているかどくん──かど八降やつふるくんだ。

 真っ黒い髪の、クラスの中では落ち着いて物静かでどちらかと言えば背が高い方、そしてどちらかと言えば目立たない方の男子。なにせ角くんに会って一番印象に残るのが、いつも背負っている大きな四角いリュック──今は長机に置かれたそれ、という具合。

 差し出された箱に対して何かコメントをした方が良いのだろうかと、わたしは目の前の角くんをそっと見上げる。わたしが何も言わなくても、角くんはいつも通りに機嫌の良さそうな顔をしていた。


「これ、雰囲気が良いゲームだからどうかなと思って。怖いゲームじゃないよ」


 穏やかに微笑んで、わたしの顔を覗き込むように角くんは首を傾けた。

 小さい頃の出来事のせいで、お化けだとか何かに追いかけられたりとか、そういった怖いことが苦手なわたしを、角くんはいつも気遣ってくれている、と思う。たまに「お化けは出てくるけど、これ面白いから! 怖くないから!」と押しの強いことはあるし、怖さについての感性の違いを感じることもあったりするけど──角くんなりにわたしの苦手について考えてくれている、ようには見える、多分。

 わたしは覗き込んでくる角くんから視線を外して、その手にある箱をもう一度見た。

 青っぽい油絵の風景画のようなデザインの四角い箱。表面には黄色い文字で『PARIS』と、その下には日本語で『パリ─光の都─』と書かれている。綺麗な絵だなとは思ったけど中身のイメージがつかなくて、わたしは首を傾けた。


「どんなゲーム?」

「パリの街を作るんだ。それで、街路灯のあかりで街を綺麗にするゲーム。万国博覧会があった一八八九年のパリが舞台で」


 話しながら、角くんは箱を机の上に置いて、その蓋を持ち上げた。中から出てきたのは、タイルだとかチップだとか駒と呼ばれるものと──ポストカード?


「自分の建物を大きくすることと街路灯の光を当てることが主な得点源だけど、他にもいくつか得点の方法があってね。例えば、ほら、この『考える人』」


 角くんの手が束になったポストカードから一枚持ち上げて、宛名面を引っ繰り返す。それは絵葉書になっていて、そこに描かれているのは確かにあの有名な考える人の像だった。


「このカードを使うと『考える人』を街のどこかに飾ることになる。そうなったら観光客のために『考える人』の周囲のスペースを空けておかないといけない。つまり『考える人』の周囲に他の建物がなければ得点になるってカード。こんな感じのカードがいくつかあってね」


 角くんが他のポストカードも机の上に並べて見せてくれた。油絵のようなタッチで、いろんな景色が描かれている。夜空を背景にした街路灯、植物に囲まれた綺麗な建物、大きな噴水。

 パリに行ったお土産に買ってきたんだよ、なんて言って渡されたら信じてしまったと思う。


「街路灯がテーマだから夜の雰囲気だけど、怖くはないと思って……どうかな?」


 わたしはポストカードから顔を上げて、角くんを見上げて頷いた。


「綺麗で好きかも」

「良かった」


 ほっとしたように角くんは微笑んで、箱の中からさらにいろいろと取り出した。


「これは建物タイルって言って」


 角くんが取り出した『建物タイル』を一つ持ち上げる。T字の形のそのタイルは、わざわざ二枚の厚紙を貼り合わせて、ふっくらとした厚みが作られていた。他にもL字の形や十字の形や、いろんな形のものがあった。


「これ、上から見た建物の形になってるんだ。つまり、この厚みがあって出っ張ってる部分は屋根ってこと」


 角くんの言葉に、わたしは手にしていた『建物タイル』を見る。この厚みが屋根で、これが建物──そう思って眺めてみる。言われてみれば確かに屋根、のように見えなくもない。

 黙ってしまったわたしに気を悪くすることもなく、角くんは説明を続けた。


「この箱の中がゲームボードになってるんだよ。まずはこうやって『敷石タイル』を敷き詰めるんだ」


 そう言いながら、角くんは箱の中に四角いタイルを並べ始めた。その四角い『敷石タイル』は、石畳の模様が印刷されていて、青やオレンジや紫に塗り分けられている。

 箱の内側は灰色の石畳の模様が印刷された上げ底になっていて、そこにタイルを並べるための四角いへこみがあった。角くんが並べる『敷石タイル』はその灰色をカラフルに置き換えて、へこみを埋めてゆく。縦横に四枚ずつ並べて十六枚、ちょうどぴったり収まった。


「で、ここに『建物タイル』を置くと、このタイルの立体感で俯瞰して見た感じになるんだよ」


 角くんはそう言いながら、コの字型の緑の屋根の『建物タイル』をたった今並べた『敷石タイル』の上に置いた。

 そうやって見下ろせば確かにそれは屋根だった。石畳の上に立体的に出っ張って見えて、角くんの言う通りに街並みを上から眺めている気分になれた。

 ミニチュアの街並みを覗いている気分は楽しいし、屋根の色合いも可愛い。

 石畳のところどころにあるのは、どうやら街路灯みたいだ。この『敷石タイル』が色分けされているのはなんの意味があるんだろう。

 そう思って箱の中を覗き込もうと顔を近付けたら、耳の奥で敷石を踏む靴音が響いた気がした。




 そして気付けばもう、夜の中にいた。

 いつもみたいに、わたしは一緒に遊ぶかどくんを巻き込んでボードゲームの世界に入り込んでしまったみたいだった。ボードゲームを遊ぶとそのゲームの世界に入り込んでしまうのは、わたしの体質のようなものだ。

 溜息をついて辺りを見回す。ひどく暗くてぼんやりとしか見えない。周囲はただ暗いだけだし足元は土みたいで、どこか変なところに入り込んでしまったんじゃないかと不安になる。

 心細くて暗闇の中手を伸ばすと、すぐ隣に立っていた角くんの腕を掴む。


「ああ、そっか。ゲーム開始前はまだ何もないんだ」


 角くんはこの暗闇の中でも、怖がったり焦ったりしていないらしい。その声は、こんな状況にはどこか不釣り合いな、のんびりしたものだった。


「大丈夫なの、これ。真っ暗だけど」


 不安で、角くんの袖をぎゅっと握る。角くんの落ち着いた声が頭上から降ってくる。


大須だいすさん、何か持ってない? これまでのことを考えると、ゲーム進行に支障がないようになってるはずだと思うんだけど」


 角くんの言葉に、自分がハンドバッグを持っていることに気付いた。角くんの袖を離してハンドバックを開く。中から青い光が飛び出してきた。

 優しげな青白い光は全部で四つ出てきて、わたしの頭上にふわりと浮かんだ。見上げると、丸い青い月のマークが描かれていた。


「このゲーム、プレイヤーカラーがオレンジと青なんだよね。オレンジは太陽で青が月。だから、大須さんのプレイヤーカラーは青ってことかな。それが四つあるから、多分これはアクショントークンだと思う。しばらくはこの灯りでなんとかなるし、そのうち街路灯がいっぱいになって、もっと明るくなると思うよ」


 角くんはわたしの頭上の四つの月を見上げてそう言った後、わたしを見下ろしていつもみたいに穏やかに微笑む。青白い光に照らされたその姿を、わたしは頭の帽子を押さえてぽかんと見上げてしまった。

 紳士がいた。白いシャツに蝶ネクタイ。仕立ての良さそうなベストとジャケット。白手袋。頭には山高帽。背が高いと何を着ても様になる気がする。

 わたしはどちらかと言えば背が低い方だ。はっきりと聞いたわけじゃないけど、角くんとの身長差はどうやら二十センチくらいらしい。別に背が低いのをそんなに気にしたことはないけど──それにこれから伸びるかもしれないし、でも、こういう時は背が高いのも羨ましいなと思ってしまう。

 ぼんやりと角くんを見上げてしまっていたけど、角くんとずいぶん距離が近くなっていることに気付いてしまった。暗いのが怖くて近付き過ぎていたみたいだ。

 そっと一歩離れて、改めて自分の姿も確認する。ぴったりとしたブラウスに手袋。オーバースカートは後ろに寄せられて、たっぷりとしたドレープでボリュームが作られている。アンダースカートにもたっぷりと布が使われていて、足首まで覆われていた。髪はまとめ上げられていて、その上にツバがぐるりと広い帽子。


「他には、何が入ってる?」


 角くんに言われて、青白い光の中でハンドバッグの中を覗き込む。ルールブックと、折りたたまれた紙、それからポストカードが八枚。

 ポストカードはさっきボードゲームの箱から出てきたものと同じみたいだった。カラフルな絵の裏側には、宛名欄がある。

 折りたたまれた紙を広げると、大きな正方形。その隣に、さっき見た建物タイルの形が並んで描かれている。


「ポストカードはアクションカードだね。こっちの紙の正方形が、多分ゲームボードだ」


 白い手袋をした角くんの指先が、紙に描かれた正方形の線をなぞった。


「今はまだ、何もないからただの四角。これからここに、敷石を敷き詰めて、街路灯を立てて、建物を建てていくんだ」


 そう言って、角くんはいつもみたいに穏やかに微笑む。

 夜の中、青白い光に照らされた角くんは、いつも以上に優しげに見えた。





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