ローパー(語り:ミシア)

一行は、洞窟の浅瀬を進んできたが。

徐々にルディアの歩く速度が遅くなってきたことに、ルディアの後ろを歩いていたケニーは気付いた。


ケニー「どうかしましたか?」

ルディア「それが…。なんだか、足が重くなってきて…」

コノハ「…私も…足が痺れてきたような感じがする…」

アーキル「なんだお前ら、だらしないな」

アーキルが振り返って叱咤しようとした。が、アーキルの足の動きも鈍くなっていた。

アーキル「ん?…どういうこった…?」

ケニー「これは…まさか」

ケニーは自分の足を動かしてみた。言われてみると、なんだか痺れているような感じがする。


ルディアは腰をかがめて水面に手を寄せ、手で空気をすくうように顔の方に軽く風を送った。

ルディア「…ただの海水じゃありません。何か…毒が混ざっているような匂いがします!」

ルディアは鼻が利く。香水が趣味だし、野営の際でも、食事用に採ってきた植物の中に毒草が混ざっていたら真っ先に気付く。

コノハ「毒?!」

ケニー「早く水から出ないと!」


しかし辺り一面、水。

だいぶ進んできたので、戻るのは難しい。

アーキル「くそっ!!先に進むしか無え!」

一行は早歩きで進む。


コノハ「ローラさん、こんなこと言ってなかったわよね?!」

ケニー「ローラさん自身は来たことが無いんです。道の状態や魔物についても詳しくは知らないと言ってました!」

ルディア「ローラさんに文句を言っても仕方ありません!とにかく、早く…」


最初は足の下の方だけだった痺れの感覚が、太ももにまで上がってきていた。もう足がまったく動かせない。

そのうち、全身まで麻痺していきそうだ。

アーキル「やべえ…」


ケニーは自分の足に治癒魔法をかけてみたが、効果は無い。


ミシア「みんな、どうしたの?!大丈夫?!」

そんな中、ミシアだけが平気そうだった。

ルディア「足が、動かないんです…!」

コノハ「ミシアは、平気なの…?」

ケニー「なら…まずルディアを連れて、陸の上へ…」

ミシア「くぅ…っ。…うん、分かった…!」


理由は分からないが、ミシアだけは普通に動ける。

しかしミシア一人では、全員を運ぶのは無理だ。

コノハは上半身はまだ動かせたので、ミシアに巻いてあったロープをナイフで切断した。

ミシア「みんな、すぐ戻るからね!」

言われた通りに、ミシアはルディアだけを引きずるようにして進み始めた。

ルディア「ごめんなさい、ミシアちゃん…」

ミシア「いいから!」


ミシア(とルディア)がしばらく進むと、海面から生えるにょろにょろした物に出くわした。

人間の背ほどの大きさの、いそぎんちゃくが大きくなって生えている触手が長くなったような魔物――ミシアには正体が分からなかったが、ローパーだ。

ローパーは5~6匹いた。

触手の一部の先端が水面に触れ、薄い紫色の液体が流れ出ている。ミシアは直感的に、あれが毒だと思った。

ミシア「…おまえらの仕業かぁっ?!」


ミシアはルディアを地下道の壁にもたれかけさせると、ローパーに飛びかかった。

ルディアは腕はまだ動かせたので、海中魔灯ランタンの光をローパーに向けて、敵が見えるようにする。

ミシアはローパーの胴を拳で殴り足で蹴り、触手を掴んで引き千切った。

ローパーの触手に触れると毒を注入されて麻痺していくのだが、ミシアの腕に何本も触手が巻き付いても、ミシアには効かなかった。

ローパーの武器は毒であり、ローパー自身はさほど強いわけではない。移動も出来るがとても遅いので、逃げることも出来ない。

毒が効かないミシアに対してローパーは有効な攻撃が出来ず、すぐに全滅した。


そしてローパーが魔液と化して消滅すると、そこには3人の人間が残された。

ミシア「あっ、ショウさんたち?!」

それは、ミシアたちと一緒にジャイアントオクトパスと戦った冒険者、ショウ・プッシュ・パープルの3人だった。

ミシア「ねえ、大丈夫?!」

ミシアは声をかけたが、3人とも反応が無い。…生きてはいるが、全身が麻痺して気を失っているのだ。


ミシア「助けないと…。でもちょっと待っててね…。まずはルディアを安全なところまで運ばないといけないから」

ミシアの力では4人いっぺんには運べない。

ミシアは再びルディアを引きずって前進を始めた。

ほどなくして、浅瀬の終点…陸地に辿り着いた。


ルディア「ありがとう、ミシアちゃん」

ミシア「ルディア、大丈夫?!」

ルディア「ええ…。さっき魔物を倒してくれたでしょう?その後から、少しずつ回復している気がしますから…」

一時期は上半身まで痺れが来ていたが、今は和らいでいた。

ミシア「そう!…良かった…!」

ルディア「私はもう大丈夫ですから、早く、みんなを助けに行ってあげてください」

ミシアは早く戻りたい気持ちはあったが、この状態のルディアを一人置いておくことも出来なかった。浅瀬にはもう魔物は居ないと思うけど、この先から何か来るかもしれない…。そうしたら、今のルディアではやられるだけだ。

ミシア「…ルディアがちゃんと動けるようになるまでここにいるよ。ルディアを一人にしておけないから」

ルディア「でも…。…いえ。ミシアちゃん、ありがとうございます」


しばらく待つと、ルディアの痺れは完全に抜けて、動けるようになった。

ルディア「もう大丈夫です!みんなを助けに戻りましょう!」

ミシア「え、でも…水は危ないから、ルディアは入らない方がいいんじゃない?」

ルディア「さっきの魔物が毒を流していたのだとすれば、毒はもう無くなっているはずです」

ミシア「ほんとに毒が無くなってるならいいんだけど…」

ルディア「確かめてみましょう」

ルディアは水面に近付き、最初と同じ仕草で匂いを確かめた。

ルディア「大丈夫です」

ミシア「なら、とりあえずショウさんたちの所まで戻ろうか。また痺れてきたら、すぐに言ってね」

ルディア「はい!」


ミシアとルディアは、来た道を戻った。

ルディアが再び麻痺することは無く、無事にショウたちのところまで戻ることが出来た。ショウたちはまだ気絶したままだった。

ミシア「とりあえず、まず2人だけでも、さっきの所まで連れていこう。…ルディア、大丈夫?」

ルディア「はい。抱え上げることは出来ませんが、引っ張っていくくらいなら、なんとか」

ミシア「よし、行くよ」


ミシアとルディアは陸地までショウとパープルを連れて来た。

ミシア「それじゃ、ボクはもう1回行ってくる。ルディアは、2人を見ていてもらえる?」

ルディア「…そうですね。分かりました。気をつけてね、ミシアちゃん」


アーキル「おっと、それには及ばねえぜ」

海中魔灯の光がミシアとルディアを照らし出す。浅瀬の方からアーキル達がやって来たのだ。

ミシア・ルディア「アーキル!」

ミシア「無事だったんだ!」

アーキル「おう、なんか時間が経ったら痺れが消えたんでな。途中でこいつが倒れてたから、拾ってきた」

アーキルはショウパーティーの一人、プッシュを肩に担いでいた。

コノハ「そちらも無事で、良かったわ」

ケニー「はい、まったくです」


・・・


陸の上で休息を取りつつ、ミシアとルディアはアーキルたちにローパーについて話した。

ケニーはローパーのことも知っていた。

アーキル達が麻痺したのはローパーの毒のせいで間違いないだろう。

ミシアがローパーを倒したので毒がそれ以上流れなくなり、アーキル達も回復したのだ。


コノハ「それにしても、なんでミシアだけ毒が効かなかったのかしら?」

ケニー「おそらく…。ミシアも本当は神経が麻痺していたのだと思います。が、ミシアは手足を魔法で動かしているので、神経が麻痺しても関係なかったのでしょう」

ミシアは昔受けた拷問の後遺症で、手足の感覚が無く、動かすことも出来ない。しかしミシア自身の魔法により、神経の働きを補って手足を動かしているのだ。

ミシア「なるほどねー。そういえば、お腹の辺りはちょっと痺れてたような気がするよ!」

ルディア「じゃあ、ミシアちゃんも危なかったんじゃないですか?!」

ミシア「そうかもねー。あっはっは。まぁ、結果オーライ!」

ケニー「まったく、本当に運が良かったですよ…」


安堵の笑い声が洞窟に響いた。

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