第420話・百武、博多湊を知る。


 我々は道雪殿の荷馬車に乗って博多湊に向かっている。前にいる御者が二頭の馬の手綱を持ち、横三人座れる席が二列、その後ろは長さ一間ほどの荷が乗せられる大きさだ。全体が厚布に覆われて雨も掛からぬ。景色が見える様に座席の横は巻き上げられている。


 速い。それに振動が少なく馬に乗るより遥かに楽で全く疲れぬ。しかも座した者同士で話をしながら移動出来る。肥前にも馬で引く荷車はあるが、あれとは別物の仕上がりだ。


「なるほど。山中国が博多湊から志布志湊まで整備した街道がこれで御座るか・」

と長信様が感嘆の声を漏らした。


「左様。固く平らに固める事に工夫があり申す。我が兵も参加して学んで御座る」


「なるほど。それにしても速度を落とさずに馬車がすれ違うのは驚きました・」


「向かって左側を進むという決まりが御座る。それで速度を落とさずに駆け違えらるのだ」


 なるほど。常に道の左側を駆ければすれ違いも安心だという訳か。良く考えているな・


「畿内にもこういう街道が通って御座るのか? 」


「無論で御座る。特に大和や近江は、この三倍ほどの広さの真っ直ぐな道で、荷馬車の数も桁違いで御座るよ」


「三倍・・・桁違いとは何を運んで御座るのか? 」


「各地の物産で御座るな。山中国は日の本中に領地があって廻船によって様々な物品が運ばれて御座る。それに銭や金銀を積んだ馬車もひっきりなしに動いて御座る」


「銭や金銀がひっきりなしとは・・・いかに? 」


「山中銭は大和で作られておる。各地からの金銀が運ばれてきて、金貨銀貨となって日の本中に送られて御座る。また山中国は十万を越える家臣に給金を支払っておるで、その給金だけでも毎月十万貫文(50億)を軽く越えると聞いて御座る」


「毎月十万貫文で御座るか。なんと莫大な・・・」


「ふむ、流石に長信殿はお解りいただけたか。実は殿や重臣らも儂の話を話半分としか思っておられぬ様なのだ。京都守護所に行った事の有る者ならば考えるまでも無いことなのにな・・・」


 ・・・だめだ。話が大きすぎて某にも想像出来ぬ。大友の老臣どもと同じか・・・ともかく山中国はとんでも無い大国だとしか分らぬ。


「京の様子は如何でしたか。一時期は戦乱で荒れていると聞きましたが? 」


「京は守護所によって隅々まで整備と警備がなされ、豊かで人が多い美しい都であったな・」


「大友家も京都守護所へ人を出しているので御座るな。九州では大友家だけで御座ろうか? 」


「左様。兵二百を重臣の斉藤鎮実殿が率いておる。九州では他に日向伊東家と肥前松浦家も参与しておる」


「他にはどの様な国が? 」


「京都守護所は山中国と松永家が帝の命を受けて設立した。他には陸奥九戸・関東北条・越後上杉・越前朝倉・美濃浅井・伊勢北畠から播磨・因幡・備中の緒家に安芸の毛利まで二十数カ国の鏘々たる国々が参与しておる。総裁は山中国の十市殿・副総裁は松永家の奥田殿だ」


 京都守護所か、噂で聞いたがそれ程の国々が参与して京都を守護しているのか・・・


「ならば我等も京に兵を出すべきで御座ろうか? 」


「いや、龍造寺は認められまい。薩摩も打診したが断られたようだ。参与するには条件があるのだ。大友とていつ断られてもおかしくあるまい・・・」


「認められぬ・・・大友家が断られるとは?? 」


「京都守護所参与の条件のひとつは、他国と紛争が無い事だ。これが今の大友では危うい・」


 そのような条件があるのならば、龍造寺や島津は無理だな。

 だが・・・


「しかし道雪殿。戦国の世に他国と紛争が無いなどあり得ぬが・・・・・・まさか・・・」


「気付かれたか百武殿。つまり戦国の世が続いているのは、九州・四国など日の本の一部だけなのだ。その他の国々では戦国の世は既に終っている」


「なんと・・・」

「信じられぬ・・・」


「気持ちは分る。儂とて実際に畿内を見るまでは想像すら出来なかったのだ」


 衝撃を受けた。というかそれでも信じられぬ事だ。肥前で何千もの死者が出た戦はつい先日だったのだ・・・




 馬車が博多の町に入った。大小様々な店が並び、行き交う人々の威勢の良い声と笑顔。湊には見た事の無い大きな船が並び、なんと南蛮人も普通に歩いている。

とにかく賑やかだ、そして広い。見渡す限り整然とした町並みが続いている。暫しその賑わいに圧倒されていた。


「ここが大和屋。大和産の道具や武器などはここで購える。その先が廻船問屋の熊野屋だ、長信殿はご存じであろう」


「勿論で御座る。熊野屋で山中銭に両替して、大和屋では安価で丈夫な弓や刀槍・足軽防具を手に入れ申した」


 どちらも肥前では見た事の無い広い間口だ。人や馬車がひっきりなしに出入りしていて繁盛しているのが良く分る。


「戦車を手に入れたのは、城内の熊野屋だ。まずそこへ参ろう」

「城内で御座るか・」


 広い水濠で囲まれた博多城、その横には大型の船が横付けされて荷下ろしをしている。大きな城門は開け放たれて、その前にも馬車や荷車の列があって、続々と出て来る馬車もいる。


「大友家家臣・立花道雪だ。熊野屋に用が有って参った」


「立花殿と三名ですな。通られよ」


 門兵は馬車の中を確認してあっさりと通してくれた。兵は一目で精強だと解る者どもで、十名ほどの兵が柵際を巡回しているのが見えた。

 城内は一面の平らで広い郭だった。目前には広い建物が並び、そこに多くの馬車や荷車が並んでいる。およそ城とは思えぬ造りだ。


「城内はおよそ半数が蔵でな。残りの半数が兵舎と調練場になっておる。山中国は軍と商いが一体となっているのだ。城内の熊野屋は船で運ぶ大量の物・高価な物を扱っておって、多額の両替もこちらで行なう」



馬車を降りて道雪殿について行く。おとないをいれ店の上り框に腰を降ろす。


「これは立花様。ようこそお越しで。本日はどの様な? 」

「うむ。重右衛門、こちら龍造寺家のご家臣だが、戦車を欲しいと申されてな案内して来たのだ」


「それは、ご案内真に有り難う御座います。しかし干戈を交えたばかりの百武様を立花様がご案内するとは意外ですな・」


「・・・」

「知っているのか。流石に山中国よな・」

「はい。情勢を知らなければ商になりませぬ故に」


 驚いた。不意に訪ねた某が百武と見抜き、戦で道雪殿と干戈を交えた事をも知っているとは・・・


「長信様がおいでと言うことは、龍造寺様の使う戦車ですね。目方や腰回りなど分りましょうか? 」


「・・・左様。兄上の目方はおよそ四貫目、腰回りは・・・・で御座る」


「相分りました。それならば二百貫文ほどになりまする。半金お支払いでご注文をお受け致しまするが・」


「用意しておる。それで頼む」


 狐につままれた様な感じではあったが、殿の乗る『戦車』を無事頼む事が出来た。さぞ殿も喜ばれよう。


 しかし某の記憶にある博多湊は草ボウボウの焼け野原だったが、今は夢の様に栄えている。その上に南の果ての大隅へと広い街道が延びて多くの荷車・馬車が数々の物産を動かして街道沿いは急速に豊かになっているという。


 龍造寺もこれ以上戦をせずに、道を整備して物を動かして国を豊かにすべきだ。戻ったら殿に進言しよう。

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