第419話・龍造寺家独立。
永禄十五年(1572)六月 水之江城 龍造寺長信
「兄上お久しぶりで御座る。龍造寺家自立、真に御目出度う御座いまする」
「信周、よくぞ戻った。お主には苦労を掛けたの」
大友との戦は終り、捕虜交換で大友家から戻られた信周兄上が、水之江城に戻って来られたのだ。
あの決戦の時、鹿江城からの知らせで筑後から進軍してきた大友の水軍兵を鍋島殿が駆け付けて迎撃して水軍大将の若林鑑興ら百兵を捕えたのだ。
すぐに戦後処理をしている大友へ使者を出し、捕虜を返還するかわりに龍造寺家の自立と人質返還の条件をだした。
一刻も早く交渉せねば、人質の信周兄上が殺される危険があった。危ういところでそれが叶い、今日、信周兄上が無事戻られた。
それもこれも鍋島殿の機転のお陰だ。
しかし此度の戦では三千を越える死傷者を出した。その補償には大金が掛かるが、今の龍造寺には銭が無い。戦への備えで殆どの銭を使ってしまったのだ。
特に大きかったのが大砲だ、平戸で購った十五門の大砲と火薬・砲弾なにやらで五千貫文(2.5億)は掛かった。
これは鍋島殿の強い推しだった。北上する島津への対応、それに大友戦にも決定的な武器になるという。そしてまさしくその通りになった。大砲が無ければ確実に負けて今頃水之江城は大友家の物になっていただろう。
しかし銭が無い。当分、戦など出来ぬ。因みに軽傷者はほぼ全員で、殿も右手首と喉を負傷した。大友宗麟と直接干戈を交えて負傷したのだ。
手痛くやられて儂の薙刀が通じなかったと落ち込んでいた・・・だが兄上も矢を放って宗麟の頬を裂いた。その矢が僅かにずれていたのならば宗麟は死んでいた。
「長信、銭が無いのは分っておるが、儂は道雪が乗っていた鉄の馬車が欲しい、何とかならぬか・」
「鉄の馬車で御座るか、それは良いと思いまする。然らば手配致しましょう」
殿は巨漢で馬に乗れぬ。それが馬車で自在に動ければ龍造寺家としても利がある。その費用は商人に借りよう、必要な銭だ。
「良いのか。それに手配先が分るのか?」
「馬車の仕入れ先は博多湊で御座ろう。博多湊に行けば分り申そう」
「長信、某豊後で色々な馬車を見たが、あの様な馬車は道雪殿だけだ。道雪殿は大和に行ったことがある。その際に特別に頼んでと聞いたことがあるのう・」
「信周兄上、そうなると博多湊には無いと? 」
「左様。無かろう」
「だとすれば、大和に行く必要があると・」
肥前から海を越えて大和まで行くのは大変な事だ・・・
「お待ち下され。某、具体的な話は、当人から聞けば宜しいかと存じまする」
「鍋島殿。当人とは道雪殿から聞くと言うことで御座るか・まあ今・大友家とは建前上は和睦という形ですが、聞いたとてそう簡単に教えて貰えるとは思えませぬ。それに下手をすれば聞きに行った者が殺されまするぞ・」
「無論、こちらの態度・対応次第ではそうなりましょう。故に人選が大事で御座る」
「ならば誰が適任だな? 」
「無論、百武殿で御座る。他には考えられませ」
「百武・・・なるほど、そういう事か・」
百武殿と道雪殿は戦場で干戈を交えている。その様な者を名だたる猛将の立花道雪殿ならば騙し討ちになど決してしないだろう。
「では儂から頼む。百武、行ってくれるか」
「はっ。仰せであれば参りまする」
永禄十五年(1572)七月 筑後高井岳城 百武賢兼
「龍造寺家家臣・百武賢兼で御座る。道雪殿に相談したき儀あって参った。御取りなしお願い仕る」
殿の御用で長信様と共に高井岳城に来た。
門前で名乗ると城内が緊張するのが分った。当然だ。つい先頃まで戦をしていて、お互いに死傷した者が大勢いるのだ。
道雪殿ならば無闇に追い払われることは無いと思うが、家臣の手前厳しい対応をされても仕方があるまい。面会・相談が叶わぬならば、その足で博多湊に行って鉄の馬車の販売先を訪ね回るつもりだ。
「お会いになるそうだ。ご案内致す」
案に反してすぐに通された。案内された奥庭の縁に道雪殿が腰掛けておられる。
「百武殿、よくぞ参られたな。そちらは龍造寺家の物資を支える長信殿か、某、足が不自由ゆえに座したままで失礼致す」
手振りで進められて某らも縁に腰掛けた。すぐに運ばれて来たのは、何度か飲んだ事はあるが肥前ではあまり一般的では無い茶だ。香りがたって良い茶だと分る。
「茶の嗜みは存ぜぬが旨い茶で御座るな」
「無骨な某も嗜みなど知らぬ。大和茶は作り方に工夫があるようで御座るよ」
大和産の茶か。そう言えば信周様に鉄馬車は大和で作られたと聞いたな。戦に備えて大量に仕入れた弓矢や刀槍、陣笠や防具も大和産で安価なのに丈夫で良い品だった・・・
「・・・作り方で御座るか。作り方を工夫すれば肥前でも茶を生産出来ましょうか? 」
「さすが長信殿で御座るな。茶は生産少なく高価で取引されておる様で御座る。日田でも今年から植え付けを始めて御座る」
「・・・我らも早速、茶の植え付けを致そう・」
「ふっふ。ところで相談と言うのは?」
「実は道雪殿が乗っていた鉄馬車を殿が所望でしてな。その仕入れ先を訪ねに参ったので御座る」
「戦車(せんしゃ)の事か。あれは大和へ行った時に、戦で使える馬車は無いかと問うて誂えて貰ったのだ。荷馬車同様、大和馬車鍛冶特有の様々な工夫がされており、在所の野鍛冶では作れぬものだ」
「大和馬車鍛冶ですか・・・大和に行かなければ頼めぬので御座るか? 」
「いや、博多湊の大和屋に行けば頼めよう。なんなら某も同道致すで、今から参ろうか」
「えっ、今から・・・」
「左様。馬車を飛ばせば半刻ほどだ。本日中に戻って来られる。なに、某も購いたいものがあるのだ。丁度良い」
確かに来る途中、太宰府に向けて広い平らな街道が出来ていて、そこを馬車が何台も駆けていくのを見ていた。それにしても博多湊まで半刻とは速い。
歩けば一日では着かぬし、早馬でも一刻は掛かろう・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます