第417話・乾坤一擲の戦。
「放て! 」
「ポン・ポン・ポンッ」大友本陣から空に向けて放たれた鉄砲に応じて東・西・南からも銃声が聞えた。大友軍の総攻撃の始まりだ。
進軍太鼓に合わせて隊列が動く。まずは楯隊が出て北口の濠端をびっしりと何重にも囲む。次に鉄砲弓隊がその後ろで配置に付く。
おらの名は米吉。豊後の小さえ山里生まれだ。
体はまあまあ大きいのに力は全く無えし、肝っ玉ももっと小さえ。他のもんと違っておら争いは大の苦手だ、槍が重てえし、それを持って敵に突撃するだなどとんでも無えことだ。案の定調練では叩かれ突かれて一番に気を失っただ。
「おめえは全く見かけ倒しだなあ。槍も弓も使え無えし荷駄を押す力も無えし、文字も算用もでき無えときた。飯だけ一人前だが、そこいらの子供の方がよっぽどマシだぎゃ。いったいどがいしたもんか・・・」
と、調練でお侍が首を捻っただ。
そんな事言われても、おらだって好きで来た訳で無えし、いつも戦に出ていたごろ吉どんが怪我したでしゃっち(無理に)出されただ。
米も取れ無え山里なのに米吉とは・・・おら名前まで見かけ倒しと言われるっちゃ・・・
「にごじゅう(お手上げ)だ。米吉、おめえ何ぞ得手が無えか? 」
「・・・逃げ足なら自信はあるだ、熊から逃げたこともあるだよ・」
「逃げ足だぁ、戦で闘うのに、逃げ足が速えってのは逆だ・・・」
「・・・あとちょっと遠目がきく・」
「遠目・・・鉄砲を撃ってみるか・」
鉄砲を持たされた。重くてふらついた。こりゃあ無理だと思った。けんど、このまま帰れば村に迷惑が掛かる、下手すりゃ村八だ、帰るところが無くなる・・・
途方に暮れた。
呆れたお侍が又枝に鉄砲を乗せて呉れただ。それで半町(55m)先の的を狙った。的は大きく見えこれなら当りそうだと思った。『拳ひとつ上を狙え』と聞いた通りにして引き金を引いたら反動で尻餅ついただ。
「おう! 」と言うお侍の声、玉は的の真ん中に当たってた。一町でも的に当った。何度かやると一町半でも的に当るようになった。鉄砲手の中でも良い手だと言われただ。爺ちゃん、おら猟師に向いていただよ。
それで大友のお殿様の鉄砲隊に入れられた。鉄砲隊ならば遠くから撃つだけで迫り来る敵に槍を持って突撃するなど野蛮な事しなくてええで良かっただ。
「ようし、行くっちゃ。大友のお殿様に逆らう肥後の熊をちちまわすど! 」
「「おお!! 」」
総攻撃だ、進軍太鼓に押されて濠端に出た。おらの場所は高櫓の上、敵の曲輪と同じ高さに上がって突撃する味方の援護だ。帯曲輪から本曲輪に続く道の真ん前にある。高櫓は二つ東曲輪にも一つあって、矢玉を防ぐ厚板に囲まれて十二名の鉄砲手がかわるばんこ撃つのだ。
「橋が架かっただ! 」
味方が運んで来た材木が帯曲輪前の水濠に渡されている。激しい矢鉄砲の中、次々と何本も渡されて立派な木橋があっという間に出来上がってゆく。それを渡り左に折れれば通路が六十間延びて、一段・二段上がって真っ直ぐ搦手口だ。
すぐに楯隊が駆け込み濠際に壁を作り、鉄砲隊が続く。大友軍には一千丁を超える鉄砲があるだ。一丁七十貫文もするって聞いた時にはぶったまげただ。
「木道来た! 」
段に架ける木道を頭上に掲げた隊が突入してきた。頭上に掲げることで敵の攻撃を防ぐ。段は二つなのに三隊だ、一つはそれを前面にして曲輪に突入するらしい、それで矢玉はおろか槍まで防げるのだ。
「石だ。石を降らせて来やがった! 」
水平通路の上に大石を振らせている。投石機だ、投石機の腕はちらっと見えるけんど敵兵は見え無い、搦手口の中も楯で囲まれて見えない・・・無駄玉は出来ねえけど牽制のために撃っている。それで敵は頭を出せないのだろうが・ちいと違和感があるだ・・・
「御屋形様本陣が着かれたぞ! 」
街道を前進してきた御屋形様の本隊が二丁まで来て布陣した。両側に広がった一千五百の突撃隊が動き出したぞ。背後は東口から来た二千の兵がびっしりと固めている。
「一段目架かっただ! 」
突入した木道隊が一段目の木道を架け、その上を、木道を斜めにして投石を防いでいる二段目の木道隊が登る。それを見た突撃隊が駆け足で向かってくる。
こりゃ、呆気なく落ちるでねえか。搦手口は大きな弱点だとお侍方が何度も言っていたもんな・・・
「二段目架かった! 」
「オオオオオー」
玉籠めを終えて見れば、架かった二段目の上を、前面に木道を翳した隊が雄叫びを上げて駆け上がっている。その後ろには槍を持った木道隊と少し遅れて駆ける突撃隊。
振り返れば街道は突撃隊で埋められている。
もう落ちたも同然だ。
「ドコーン・ドコーン」と大音が響いた。
砲煙に包まれる搦手口。
飛び散る木屑と血と肉塊・人間。ドバドバと濠に落ちる味方兵・・・
「大砲や!! 」
「あっちあられん! 」
と、おらぶ(叫ぶ)。船に乗せる大砲が城に・・・あっちあられん(考えられねえ)!
「土塁! 正面だがや!! 」
周面の本曲輪の土塁の一部の土が崩れた。
そこに見えるのは、丸い筒・・・
「ドゴーン」という音と共に熱気が襲って無数の木屑の中で頭から落下していった・・・・・・
水ヶ江城 龍造寺隆信
我勝てり!!
搦手口の砲撃のあと、二つの高櫓に砲撃して粉砕。街道の大友軍に対して十門の大砲で十四発の砲撃を加えた。大砲に対してほぼ真っ直ぐ延びる街道だ、その威力は想像以上のものだ。何人もの兵を薙ぎ倒して跳弾となって陣列を乱した。
「今だ! 突撃!! 」
百武隊、犬塚隊、大村隊・木下隊が敵兵を跳ね飛ばして駆け下って行く。頼もしき奴らよ。その後に二千の本隊が続く。
三町先の宗麟の本陣にも何発かの跳弾が飛び込んだ様だが、その旗は動いていない。流石に肝が据わっている。
いや、驚いて動けぬのか。
百武らの突撃、背後の成松らの動きを知っても動かぬかな。
一つ試してやろう。
「弓を」
「はっ! 」
我が無双の運天丸を引いて大友本陣を見る。我が粗たる鎮西様の使っていた一品だ。太矢の狙いを黄金に光る宗麟の椎実形兜の下につけて放った。
瞬時、光りが揺れて人が・旗が動いた。
外したか・・・
「信生、後を任せた」
「お任せを! 」
「宗麟の首を取るぞ! 我に続け! 」
「おおおおー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます