第416話・迎え撃つ龍造寺。


水ガ江城 北口(搦手)大友宗麟


 これが水之江城か・・・実際にこうして見るとたいして違和感は無いが、他の方向から見ると見通しが全く効かず攻め方が分からぬ城だ。先年囲んだ時にそれで大いに難儀し攻略出来なかった。

 それで多くの間者を出して縄張りを調べ上げ、絵図を元に攻め方を熟考したのだ。


 まず正面の大きな曲輪が小城と言われる本曲輪、昔の城跡で周囲に幅五間の水濠。

その左にあるのが東曲輪。東口から続く通路がここで南に折れるが両側広い水濠で矢玉の餌食となる。つまりここから先に行くのは困難だが、東曲輪は抑えなければならぬ。


本曲輪右のやや小さい曲輪が当主の暮らす御座曲輪、さらに政ごとを行なう中曲輪、蔵曲輪・西曲輪と続き西口曲輪がある。

本曲輪前から西に真っ直ぐ高さ一間ほどの土塁・帯曲輪が三町(330m)延びて、西口曲輪に繋がっている。つまり西口曲輪を落とせば帯曲輪の兵がいなくなる。

 もう一つ。帯曲輪から本曲輪に木橋が架かり搦手口となっている。ここ北口からも帯曲輪に渡る木橋があるが、今は引き上げられている。濠は幅二間故に、材木を架ければすぐに渡れる。昔の城の名残だろうがここがこの城の最大の弱点だ。

 名軍師の評判が高い鍋島信生が何故これをそのままにして置いたか・・・

 それは分らぬが、我らに取っては幸運だ。本曲輪さえ落とせば、水ガ江城は長くは持たぬ。


「五百兵を出して東曲輪と本曲輪に矢玉を撃ち込め」

「はっ! 」


「西口曲輪にも兵五百、その警護に五百兵を出せ」

「はっ! 」


「高さ三間の高櫓を作れ。矢玉を防ぐ板で三方を囲え。それと帯曲輪に架ける木橋も作れ」

「直ちに! 」


「本陣背後の三方に五百兵を置け」

「畏まりました! 」


あとは、東曲輪と西口曲輪が落ちるのを待とう。南口は本曲輪うしろの寺曲輪まで達すれば、本曲輪の敵兵が分散されるが・・・南一帯は迷路だ・難しかろう。水軍兵三千が上陸出来ていれば完全に囲うことも出来たがな・・・



☆☆☆


「御屋形様、田原隊が東曲輪攻略致しました!! 」

「そうか。ならば高櫓を立てて本曲輪に矢玉を放てと伝えよ」

「畏まりました! 」


 水之江城北口に取り付いて三日。遂に東口の田原隊が東曲輪に突入したのだ。

 目の前・西へ真っ直ぐ延びる帯曲輪の敵兵は、昨日道雪隊が西口曲輪まで進んだ時点でいなくなっている。


南口の吉弘隊は、背後からの襲撃と無数にある屋敷曲輪に足止めされている。水軍は上陸を阻止されているが、それでも大砲を放ち一定の敵兵を引き付けている。


「もう少しだな・」

「はっ。東曲輪に高櫓が出来れば、本曲輪からの攻撃をかなり抑えられます」


「今までの損失は? 」

「我ら四百兵が負傷しております。東口は百五十、西口五百、南口四百との報告」


「千四百五十が負傷か、多いな・・・しかし田原隊が意外に少ない。何故だ? 」

「田原隊は背後からの襲撃が無いようで御座る。その分吉弘隊への襲撃が激しくなっているかと思われます」


 龍造寺は複数の隊を城外に放っている。いずれも強力な兵だ。それらが昼夜を問わず襲撃して来るのだ。まあ孤立無援の龍造寺が籠もるだけでは打開出来ぬからな。

 お蔭で相当な被害が出ている。三日で千五百とは、十日も経てば負傷者だらけになる。進軍して来たときに田原隊が受けた損失は、今散らばっている敵が一挙に攻撃したのだろう。西口の道雪隊は、敵中に孤立している様な状態なのでやむを得ぬ。


「ならば、田原隊より二千兵を移動させて我らの後方を守らせよう」

「畏まりました! 」


 背後の敵を田原隊の二千兵に備えさせれば、我らが一丸となって本曲輪を攻略できる。




 水ガ江城 龍造寺隆信


「殿、東口の敵一部が北へ移動しています。およそ二千兵、総攻撃の準備と思われます。おそらく明朝かと」


「うむ、いよいよだな。ならば周辺にいる各将を今夜中に北へ移動させよ。南の将はここに呼べ」

「承知! 」


 此度の戦で大友は水ガ江城を落とし、龍造寺家の殲滅を計ってくる。その為に何人もの間者が縄張りを調べていた。それを知っていながら放置し、この城の弱点である 


実はそれが信生の策だ。何もしないという奇策。

いかに宗麟といえども見破れぬであろう。


東曲輪を落とした後に、北口から楯を翳して突撃すれば本曲輪に至れる。大軍があればこの城の攻略は難しく無い、実に美味しい餌だ。この餌に宗麟なら喜んで喰いつくと、信生が笑って言った。


『水ヶ江城は水濠が迷路の様に繋がり大軍でも囲いきれぬし、囲まれても出入りが可能。また四方の見通しが効かぬ故に、攻め手間の連携が取れせぬ。囲めば大軍の意味が薄れと言うことで御座る』


つまり弱点の搦手口に敵本陣を誘き寄せれば、個別攻撃が可能なのだ。例え二万の本陣であっても、三千で突撃すれば大将を討ち取る事が出来るかも知れぬ。

儂はそれに賭けた。

大物量作戦こそ大友の肝だ。ならば我らは少数精鋭による突入策を取る。


「信生、諸々の準備を頼むぞ」

「お任せあれ。今宵のうちに万端整えておきまする」




 翌朝未明、水ヶ江城大手前広場には三千を越える兵が集まっていた。遊軍の百武賢兼、蒲田江城の犬塚鎮家、城外に布陣していた大村弾正・木下昌直も戻り、歴戦を重ねて来た兵の熱気が皆に伝染していた。


本曲輪・御座曲輪・中曲輪などと西へ南へと通路が繋がる大手門前広場は、この城の中心にあって城外からは見えない特異な縄張りだ。


「皆の者、いよいよ乾坤一擲の戦をするときが参った」と、隆信がゆったりと話だすと皆が静まりかえった。


「間もなく大友軍が総攻撃をかけてくる。我らは機を見て敵本陣に突撃するのだ」


 兵らの目に闘気が点火して燃えあがる。


「我らの興亡はこの一戦にある。良いか!

狙うは宗麟の首一つ、他のものはいらぬ!! 」


「「オオオオオオオー!!! 」」

 全兵の雄叫びに空気が震えた。

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