第415話・大友水軍上陸。


 大村弾正


「時間との勝負だ、急げ! 」

 五百兵と本庄川沿いを駆けた。隊列も何も無い、おのれの得物だけ持ってバラバラになって駆けた。何としても敵が上陸する前に着きたい。


 遅かったか・・・

河口に三隻の船がいた。更に海岸に兵が広がって警戒している。数は・・・三百ほどか・二隻の兵が降りたな。

まだ行ける。敵の防備は出来ていない、数も我らの方が多い。


「弓だ。駆けながら弓の準備をせよ! 」

「おおおー」と声を上げながら迫る。足軽の多くが短弓を背負っているのだ。短弓を走りながら放つ調練もしている。長弓では無理な事が短弓では出来る。


敵が我らに気付いて動揺している、慌てて鉄砲を放った者もいる。まだ三丁もあるのだ、届かぬ。船から砲撃してくるが当らぬ、もうすぐ二丁だ。


「今だ、放て! 」

 百程の矢が敵に飛んでゆく。それを見て楯を構えて固まろうとしている。矢に当った何人かの兵が倒れた。接敵、槍を振って突っ込んだ。三人ほど倒したところで敵が隊列を整えた。

 一旦退いて味方が到着するのを待つ。敵船は味方が邪魔で大砲は撃てぬ。人数の多いこちらが有利だ。



「槍手は儂と共に突撃。弓手は船を狙え。火矢も使え! 」

「おおおおー」


 百程の兵と突っ込んだ。戦闘になれば敵は弓鉄砲を使えぬ。後では二百ほどの兵が矢を放っている。半数が火矢だ。兵を降ろした一隻目二隻目は引き上げようとしているが、狭い河口で手間取っている。有明の海は干満の差が大きく潮が引くのが早いのだ。


「木下隊、到着! 」

 船に向かって飛ぶ矢が急に増えた。城から真っ直ぐ南下して東から来た木下隊が到着したのだ。木下隊は二隻目・三隻目に側面から矢鉄砲を放っている。


「対岸に味方の兵! 」

 本庄川と河口を同じくした嘉瀬川の向こうに百ほどの兵が出て来て一隻目に向かって矢を放っている。船からの砲撃を受けた陣の森城の兵が上陸を阻止しようとして出てきたのだ。


「ドコーン・ドコーン」と砲撃が響いた。

陣の森城兵に気付いた右手の海にいる三隻が大砲を放って来た。右岸には敵の兵がいないから砲撃できる。

無論、なかなか当らぬが土を巻き上げて届く水平砲撃は見ていて恐ろしいものだ。陣の森城兵は慌てて窪みに隠れた。


兵が駆けつけ数が揃う。再度上陸した敵を一気に押し込むと、既に半数ほどに減っていた敵は四散した。


 河口にいる三隻には無数の火矢が刺さり、油煙が上がっている。特に乗員の少ない一隻目・二隻目は消火が間にあっていない。我らへの攻撃どころでは無いようだ。それを先途と矢を放ち、船の胴座にも上から多くの火矢が飛び込んでゆく。


突如「ドカーン」という大音が響いた。


二隻目だ、楯板が見事に吹き飛ばされ、船が傾き始めた。慌てて乗員が川に飛び込み、船は燃え上り二つに折れた。用意していた大砲の火薬に引火したのだろう。

 三隻目は乗員を救出しているが、一隻目の傍にいた二隻目は楯板が燃え上がりそれどころでは無い。船端に大勢の者が掴まったまま海へと逃げてゆく。。矢鉄砲の射程外になると燃える楯板を海に漬けて消している。


 残った敵兵は皆、海に逃げた。


「引けー、砲撃が来るぞ! 」

急いで五丁ほど逃げた。窪みに身を隠して、息を整えた。


「第一陣の敵を追い払った。だが船にはまだ多くの敵がおろう。再度の上陸を阻止するために、ここに見張り所を作る。敵から見えるように楼を立て旗を上げる。砲弾から身を守る土盛もいるし、滞在するための兵舎も必要だ。急いで材料と道具を集めるのだ」


「「「おう! 」」」


「大村殿、某は六角川の河口に見張り所を設けよう」

「承知致した、木下殿」


 これで、大友水軍の上陸を阻止できる筈だ。もし筑後に上陸して進軍してくれば、どうにもならんが…



 大友軍 吉弘隊


 有明の海に水軍が到着して砲撃を始めた。東の筑後川に三隻、嘉瀬川に六隻で砲撃して上陸する筈だ。それに御屋形様の本隊が出て来る。立花隊と西と北を囲む。某にも進撃して東を囲めという指示が来た。もう城までは半里も無い、既に道中の罠も潰している。


「水之江城に取り付く。前進せよ」


 前後左右に千の部隊を広げて進軍する。精鋭の部隊が周囲に潜んでいて、少数の隊を出せば襲われるのだ。すでに百名近くの負傷者を出している。


「筑後川河口の水軍は鹿江城からの砲撃で二隻大破、乗員は左岸筑後側に上陸した模様・」


「なんと・・・」


 龍造寺は城に大砲を備えていたのか・・・成る程、動かぬ地面からの砲撃は正確だ。予め狙っていた河口に味方の船が来た訳だ。

 良い的な訳だ・・・


水之江城に到達した。南北に流れる二間幅の水濠に架かる橋が二つ、その間は一町ほど離れている。これが東口だ。北にもふたつ、西と南に一つずつの出入り口がある。


「まず出入り口を固めろ。一隊を出して南口も固めよ」

「はっ」


「監物、話には聞いていたが厄介な城だな・・・」


「左様。どちらの通路を進んでも、四方から狙撃される両側濠の地形がありまする。大手口のある大手前広場は最も内側にあって、そこに到るまでには何度も折り曲がらねばなりませぬ・」


手には水の江城の絵図がある。南北三町・東西六町ほどの広大な平城だ。無数の土地が水濠で区切られて、いわゆる城下町の通路が水濠になっている様な造りだ。


とにかく複雑な造りだ。

中心部の曲輪は幅五間(10m)から十間(20m)の濠で囲まれていて、直角に折れ曲がった大手前広場の廻りに主な四つの曲輪がある。それを取り囲む南部と東部には無数の水濠と曲輪(侍屋敷か・)が並んでいる。

船ならば何処へでも侵入出来るが、そのかわり見通しがまるで効かぬ迷路の様な水濠を進まなければならぬ。厄介だ。


「大手道は西か・」

「左様。城内で最も広い道は、西口に通じている大手道ですが長いのが問題で御座る。四方から狙撃される両側濠道を、三・四町も折れ曲がりながら進まなければなりませぬ」

「それでは実質味方しか通れぬな。北に搦手があるか・」


「左様。跳ね橋が上がっており申すが、本曲輪から短い距離で街道に繋がって御座る」


「ふむ。田原殿や御屋形様が布陣したのはそのせいか・・・」


 搦手口は本曲輪から濠越しで街道に繋がっている。但し不用意に近付けば、幅十間の水濠と高所からの攻撃に晒されることになる。主な曲輪は一段土盛りがされていて高い位置にある。実に良く出来た縄張りだ。


「しかし、よくこの様な縄張りを考えたものだ・・・」

「左様。先代の龍造寺家兼殿は、稀に見る才気の持ち主で御座った」


 少弐氏の一国人から筆頭国人に成り上がり、紆余曲折しながら主家を追放して肥前一の大名になったのだ。逃亡先の筑後から失地回復したのは九十を越えた年だった。そして出家していた円月坊の力量を見抜き、還俗させて後を継がせたのだ。

 その龍造寺隆信も稀に見る覇気と武勇を備えて、義兄弟となった鍋島信生は知略に長けて、配下には猛将が多い。

九州の王・大友家に挑むだけはある、実に手強い強敵だ。


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