第412話・龍造寺家攻め3。


 兵が入った村は中程度の大きさで一万の兵が野陣するには十分だ。廻りは水の入った広い田で、何本かある道に見張りを置けば守れる地形だ。

 村の真ん中付近にある一段高いお寺に本隊を置いた。門前広場には本隊の兵、村の周囲には右翼隊の兵を配置して守りを固めた。

 元・大友領であるために村人に乱暴はしないし、兵糧の供出も要求しない。ただ数日借りると退避を求めた。足弱の老人・女子供は村外れの神社境内に移動して貰い見張りをつけた。敵の夜襲があれば、村人は邪魔なうえに外に出れば敵と見做さなければならぬからだ。


久し振りに床に寝られる嬉しさを感じながら、何事も無く眠りについた。



「パーン。パン・パン・パン」と、不意に響いた鉄砲の音で目を醒ました。縁に出て見れば、西の篝火が揺れている。


「夜襲か・」


「報告します。西の見張りが弓で倒され、敵の一隊が入り口に押し寄せて、弓鉄砲を放ったと」


「それで? 」

「こちらも応戦し、敵は退却したと」


「敵の人数は? 」

「薄闇で御座れば、はっきりと致しませぬが、数十名かと申しておりまする」


 今夜は月の明かりがある。夜目の効く者ならば灯り無しで行動できる明るさだ。

村の主な入り口は、北に二箇所、東に一箇所、南には街道があり二箇所、西に二箇所の七口だ。それぞれ五十兵ずつの見張りを二刻交代で配している。広い道ではない、五十兵の見張りがあれば多すぎるほどだ。


「見張りの半数はすぐに反撃出来る態勢を保て。くれぐれも油断致すな」

「はっ」


 やはり夜襲を仕掛けてきたか・・・などと考えていたら再び鉄砲の音がした。今度は近い。

 北からか・・・


「北の東に夜襲です」


 北の東口はこの寺の至近だ。そこは抜かれたくない。


「北の東西口の見張りに待機部隊五十ずつを加えよ」

「承知! 」


 さらに各口にかわるがわる夜襲が来た。その度に応戦して鉄砲の音が響き渡る。さらに田を越えての弓矢攻撃があった。これには相当数の兵がやられたようだ。広い所にいる兵はすぐに建物の影に移動した。

 我らを休ませぬ為の夜襲だ。見張り以外は建物の影に縮こまって時を過ごした。夜襲は明け方が近付くと不意に止んだ。兵たちは僅かな眠りを貪るように取った。




>>> 少し時間を遡ります。


 水之江城 百武賢兼


「殿、どうしても出られますか・」

「おうよ。乾坤一擲の戦いだ、儂が出なくてどうする」


 北から来る大友隊は、直鳥城・大門城・横武城を落として柿本村に陣を進めた。三百ほどが負傷しているが総勢一万の大軍勢だ。それを夜襲する。村に入る七口から矢鉄砲を撃ち込み、さらに朝駆けを行なうのだ。

 朝駆けには四本柱・四天王が揃って撃ち込む。それに殿も行くと言うのだ。


「仕方が有りませぬな。では百武殿もご一緒に、北口から南口に抜けてここに戻って来て下され」

「うむ。信生、城を頼むぞ」

「お任せ下され。ではそれぞれの配置を・・・・・・」


 こうして我らは水之江城を密かに出立してそれぞれの場所に潜んだ。横武城・大門城・直鳥城から脱出した大村弾正・木下昌直・上瀧信重殿もいる。蒲田江城の犬塚弾正殿も殆どの城兵を連れて来ている。水之江城からは、成松信勝・江里口信常・圓城寺信胤殿と某、それに殿の九隊が精鋭二百を率いて伏せている。


 敵兵が寝た刻限に夜襲が始まった。弓で見張りを片付けて矢鉄砲を撃ち込んでいる。火矢は使わず深入りもしないですぐに引く。夜襲を行なうのは、入り口周辺にいる百兵七隊で、三城から脱出した兵と蒲田江城から来た兵で構成されている。五十兵が二回ずつ、計二十八回の夜襲だ。


「殿、もうすぐ夜襲が終りまする」


「うむ。未明前に動く、兵に準備をさせよ」

「承知」



 夜明け前に北口手前に到着し夜襲隊と合流する。


「ご苦労だったな。負傷した者はいるか」

「五名が矢を受けましたが皆、歩けまする」


「それは良かった。では負傷者を手当てして所定の場所に移動してくれ」

「畏まりました。殿らのご武運を」

「うむ」

 兵らの割り振り・襲撃順・退避先などは、あらゆる事を想定して鍋島殿が指示している。我らの動きもそうだ。我らはそれに従ってただ動けば良いのだ。


「皆の者、手順通り村に突入して、南口に出る。一人が敵一人を倒す事を目標とせよ。無理を致すでないぞ、ここは生還する事を優先しろ」

「「おう! 」」


「出撃! 」


 まずは某の隊が突入する。短弓を持った先頭が見張りを倒すと一気に雪崩れ込んだ。一隊が飛び出して来るが構わず突っ込む。人数も少なく一押しで蹴散らせた。

敵は道端や軒先にゴロゴロいるが、寝ていた様で碌に武器すら持っていない。槍を振るいながら駆け抜けると広場に出た。敵本隊のいる門前広場だ。

朝の光が強くなった。大勢の敵が見える、中には驚いた様に見てくる者もいる。


弓手が一斉に矢を放ち、敵が仰け反った所に突っ込んだ。向こうから江里口隊が突っ込んで来ている、右手には上瀧隊、背後には殿の隊が別な方向に突っ込んでいる。


 広場を断ち割って江里口隊とすれ違って広場を出た。


 殿は!


 殿は広場中央で江里口隊・大瀧隊が合流して守る中、弓を引いている。五人張りの強弓だ。某ではあの弓は引けない、殿は古今無双の弓手なのだ。

矢は石段の上に建つ寺の本堂に向かって放たれた。


「大友家の将兵に申し上げる。遠路遙々ご苦労であった。今宵の隆信のもてなし・心ゆくまで堪能されたし。カッカッカ!! 」


口上を言った殿の隊がこちらに向かって来る。再び槍を振るって南口に向かう。殿の隊と共にすぐに街道へ出た。追手は無い。


「負傷者は? 」

「二十名、軽傷です」


「よし。負傷者に手を貸して、このままゆっくりと城に戻る」

「はっ」



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