第411話・龍造寺家攻め2。


 厳重な警戒を行ったが夜襲は無く、すんなりと晴れた穏やかな朝を迎えていた。このまま穏やかな一日を迎えるかと思ったほどだが、それはすぐに破られた。

兵たちが朝餉の支度を始めようとした時、伝令が駆けこんで来た。


「鈴木隊。負傷者多数、援軍求む! 」


鈴木隊は直鳥城抑えに出した隊だ。

直鳥城は周囲四丁(440m)ほどの水郷に囲まれた水城だ。東を城源川、北を街道に接して西は稲が植えられた泥田。大手は西北の角で搦手は西南にある。よって街道から搦め手に向かうには畦道を迂回しなければならぬ。鈴木隊は大手口に二百兵を残して三百兵で搦手口に向かった。そこに罠があった。巧妙に敵に待ち伏せされ襲われたのだ。鈴木隊は負傷者百近くを抱えて一晩動けずにいたのだ。


「志賀殿、百人隊三隊をすぐに出してくれ」

「畏まった」


「念のため、横武城・大門城方面にも三百を出して欲しい」

「承知」


「さて、蒲田江城だが・吉弘殿はどう思われる? 」


 本隊から右(北)方面は右翼の志賀隊、左(南)方面は左翼の吉弘隊から兵を出している。


「田原殿、北の三城に比べて蒲田江城は規模が大きく、近くに鹿江城もある故に敵兵や罠も多いと思われる。ならば援軍を小出しするよりは左翼隊全軍でもって進み、敵を牽制・分散すべしかと」


 横武・大門・直鳥の三城は各守兵二百、それに対して蒲田江城・鹿江城は五百兵を籠めている。当然守りは固く周囲に潜む敵兵は多い筈だ。


「うむ。某もそう思ったのだ。ではお頼みする」

「畏まった」


 吉弘鎮信は三将の中でもっとも若い二十代。だが武勇の誉れ高い一族で、父は三宿老の一人だった故に、志賀としても気後れして配下としては扱いにくい存在だった。



蒲田江城周辺 吉弘鎮信


 左翼隊四千を率いて南下した吉弘隊は、田北監物の指揮する隊と合流した。多くの負傷者を出していると覚悟していたが、なんと田北隊は負傷者がいなかった。

田北監物は守りに強くじつに堅実な戦をする老練な将だ。幼き頃より某に戦の事を教えてくれたのも監物だ。


「監物、こちらの状況は? 」


「この城は以前とは比べものにならぬ程、防御が固められております。濠は広く、放射状に伸ばされた竪堀が大軍で取り付く事拒みます。掘った土をあちこちに積み上げて視界を閉ざし、そこに伏兵や罠を隠して待っておるでしょうな・・・」


 それで監物は、蒲田江城を無理に囲もうとせずに物見を多く出して周囲を探っていたのだ。


「戦に・それも飛び道具に特化した縄張りだな。広い濠と高く積み上げた土塁で登るのは困難。大手道は濠底・敵の目に見えずに出撃出来るか・・・」


「左様。攻めれば一方的に被害が出ます。だが放置すれば果敢に出撃して挟撃されましょう」


「つまりはそれが敵の狙いか・」


「殿、如何なされますかな」


「こういう時には敵の嫌がることをするのだったな。積み上げられた土を崩して運び、大手道を埋めるか」


「戦場の視界を良くして城を封じまするか。さぞかし敵は嫌がるでしょうな。真に良き考えで御座る」


「ならば監物。鍬・鍬・畚などを集めよ。矢除けの楯も大量にいるぞ。そうだ、川を渡り筑後から集めるのが良かろう」

「畏まって候! 」


 吉弘隊の半数は筑後兵だ。それにすぐ傍にある筑後川を渡れば、そこは筑後なのだ。




 水之江城 龍造寺隆信


「信生、状況は? 」


「はっ。横武・大門に向かった隊を攻撃して各五十名の負傷者、直鳥城では百名の負傷者を与えており申す。こちらの負傷者は二名」


「二百対二か、まあまあだな。南は? 」

「抑えに出た一千は、蒲田江城を見て多くの物見を出して動きませぬ。そこへ本隊より四千が合流、散開して周囲を探っておりまする」


「南は手堅い動きだな。将は誰か? 」

「田北監物。吉弘家の将で、護りの固い老将で御座る。新たに加わったのは吉弘家を継いだ鎮信。若年ですが知勇兼備の名将との噂で、百武殿も手を出しかねているようで御座る」


「うむ。老練な将が補佐する知勇兼備の若い将か・・・百武といえども迂闊に手を出せば逆に喰われような・」

「真に左様」


「上手く行かぬものよ。蒲田江城の背後こそ敵を減らす工夫が山盛りなのにな・」


「ですが本隊を率いているのが立花道雪では無く、野心溢れる戦下手の田原親賢と言うのが一縷の幸いで御座る」


「そうだな。では、ここは北の隊を減らす方向で考えよ」

「畏まりました」



「掛かれ! 」

「おおお! 」


 直鳥城では総攻撃がはじまっていた。攻撃軍総隊長の田原親賢も少人数で抑え損害を出するよりは、多数で一挙に制圧した方が良いと気付いたのだ。 四丁四方の水郷地、その中心付近の二十五間四方の陸地が本丸だ。外からは矢も鉄砲も届かない。

 号令と共に丸太や板切れに乗った兵たちが一斉に漕ぎ出した。水郷には大小の島が点在していて、そこにいる兵たちが矢玉を放ってくる。城内の移動は船だ。


「だ・駄目だ。敵が多すぎるだ・・・」

島にいる兵は、多くても二・三十名だ。一面に漕ぎ出してくる敵兵に圧倒されて、本丸へと逃げ出す者が続出する。


「全員、退避せよ。搦手からだ。急げ!! 」

本丸の高所よりそれを俯瞰していた守将は、迷うこと無く撤退を命じた。多勢に無勢。二百対一万数千名。なんとか出来る様な敵勢では無かった。


 こうして呆気なく直鳥城は落ちた。勢いに乗った田原親賢は、一隊を出して大門城・横武城もその日のうちに落とした。



「わっはっは。何事も成せば易しであったな。

 少し進軍して、本隊を近くの集落に入れた(占拠)田原は、ご満悦であった。御屋形様に伝令を出して一日で三城を落としたと報告してある。蒲田城に向かった左翼隊が蒲田城の堅牢さに手も足も出ないと言う報告と共にだ。


「志賀殿、其方の献策通りであった。あの時は某が間違っていた。済まぬ事をしたな」

「・いいえ、あの時の判断に間違いは無きかと・・・」


 当初、右翼大将・志賀親度は小塞の三城など力攻めすべきと断じていたのだ。それを田原は【御屋形様のご命令だ】と採用しなかった。多くの損害が出たのは配下の兵なのに城を落とした栄誉は田原に総取りされたのだ。内心は忸怩たる想いであったが、無論そういうことは顔には出さない。


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