第405話・大友の策と甲斐の客。


永禄十五年(1572)三月 豊後臼杵城


「殿、龍造寺はなんと? 」

「少弐氏が争い事を起こそうとしておったので追放したと・」


「盗人の癖に全く白々しい言い訳で御座るな・」

「うむ。今度こそはしっかりとお灸を据えてくれるわ」


「という事は、何か策がおありで? 」

「今度はきやつらの背後を水軍で攪乱する。若林、調練はどうだな? 」

「順調で御座る。あと半月もあれば砲手が揃いまする」


「どう言う事で御座るか? 」

「蘭国の最新鋭大砲を四十門揃えたのだ。それを船に載せて、密かに調練させている」


「・・・なるほど。龍造寺軍の背後に船を回して砲撃を加えると言うことで御座るか」

「左様。あの大砲ならば海岸近くの城まで届く。そうだな、若林」

「はっ。相当な距離があり、当たりはしませぬが城の近くには到達するかと・」


「それで良い。守兵の少ない城の近くに着弾すれば動揺するだろう。そこを突く」

「それはさぞかし見ものですな。ですが大砲はかなり高価だと聞きまするが・」


「うむ。お蔭で銭蔵は空っぽになった。そのツケは龍造寺に払わしてくれる」

「真に良いご思案で」


「ところで道雪、京は美しく整備されて治安が良く人々も豊かであったとは聞いたが、肝心の山中国は如何であった? 」


「はい。山中国の大坂と近江の拠点を見て参りましたが、とにかく広大で荷物と人が多く、夢の様に栄えておりましたな」


「夢の様にか・・・府内よりも栄えていたか・」

「比べものになりませぬ」


「・・・ならば道雪殿、山中国と戦って勝てようか? 」


「・・・山中国は領地が日の本一円に散らばっている故に、こちらから侵攻するのは無理で御座る。もし、この地に引き込み戦えば、むざむざと負けはしないつもりで御座るが・」


「・・・山中国の兵はどれ程ですかな? 」

「さて、それがはっきり致しませぬ。京の噂では兵十万に水軍一万などと言われておりますが、石高と同様に定かではありませぬ・」

「十万兵・・・」

「・・・」

「・・・」



 蘭国などの南蛮船は、大友・薩摩・大村・有馬・宇久などの九州の国人衆相手に積載している艦砲を最新鋭と称して売りさばいている。目的は、紀湊で性能の良い大和砲を購う為だ。当然、肥前の龍造寺家もこの中に含まれている。

 尚、紀湊で売り出している大和砲は、山中水軍払い下げの旧型砲で最新型の大和砲は販売されていない。




 甲斐身延下山館 穴山信君


 領地に戻って山積している役目を片付けている内に、あっという間に三月が過ぎた。お方様と太郎様はお寂しいご様子も見られるが、下山の暮らしに慣れようとされている。ひと安心だ。


今は田の準備に大わらわだ。戦で働き手が減り、城の者らも駆けずり回っている。それが済めばやっと田植えが始められる。そこまでは必死でやらねばならぬ。

だが問題は食糧だ。

年末に高坂・真田らの友好国から送られた兵糧で凌いでいるが、秋の収穫までは持たぬ。それも餓死者を出した本国・甲府周辺は深刻だ。実は駿州富士郡の穀物が頼りだったのだ。戦で銭も使い切り枯渇している。

商家から借入れようにも大きな身代の商家は減っている。信玄公が那古屋を取った時、多くの商人が従った。駿府に進出した時にも商家がこぞって店を出した。その商人らは他領となっても戻って来ない。ばかりか困窮した甲斐を引き払った者も少なくないのだ。

困ったものだ。


 なんとか手立てを考えなければならぬ。だが・・・



「殿、駿府より軍が向かって来ます! 」


「何だと。何処の軍だ。規模は! 」

「旗印は二つ笠。見た事も無く何処の軍か分りませぬ。騎馬二百に鉄砲隊三百。揃いの装束に一糸乱れぬ隊列が異様な迫力です。後に兵糧を積んだ無数の荷車が並んでおりまする! 」


「二つ笠? 騎馬に鉄砲隊。無数の兵糧だと・・・とにかく関に止めよ。その上で何処の軍か、通行の目的を聞け! 」

「はっ! 」


 見た事も無い旗印・・・駿府から来たと言うことは、北畠家の家臣か?

 だが、北畠家は甲斐には侵攻してこないと御当主・具房様が言われた・・・


 となるとどうなる? 何処の軍が何をしに来たのだ。兵糧か・・・


 ええい。分らぬ。



「軍は大和柳生家と。案内は上野の上泉伊勢の守殿。目的は甲斐の救済だと言われておりまする。間も無くこちらに来ます」


「なに、大和柳生家・上泉伊勢の守だと。甲斐の救済・・・こちらに来るとはなんだ。関に止めよと言ったではないか・」

「武威に押されて押し止めることが出来なかったと」


「なんと・・・」



 それは黒一色の鮮烈な隊だった。立ち塞がるものを圧する武威がある。関守が押し止められぬ筈だ。


「某、当地を領する武田家執政・穴山信君で御座る。大和柳生家が甲斐救済とはどう言う事で御座ろうか」


「某、柳生家当主・柳生宗厳で御座る。困窮した甲斐を救済するべく伊勢より参った」


「御当主自ら・・・救済とは後続の兵糧を分け与えて下さると言うことか? 」


「いかにも。だが条件が御座る」


「条件と・・・どの様な? 」


「我が柳生家は何も無い大和山間部の領地を豊かにしてきた。それは甲斐にも当てはまろう。取りあえずは飢えを凌ぐ食物を用意して甲斐発展に微力を尽くしたい」


「甲斐発展へ導かれる・・・つまりは甲斐を領すると? 」


「左様。因みにこの兵糧は焼津湊から運んで来た山中国の物だ。他国への侵略を続ける武田家に与えるわけには行かぬ。お分かりか? 」


 なるほど。確かに甲斐の困窮は、戦を続けて来たからだ。その武田家に与えるわけには行かぬと言うことか・・・


「しかし、武田家執政としてはそれを許す訳には行きませぬな」


「遠路遙々甲斐の民を救うためにやって来たのだ、立ち塞がるものは倒して通る。不承知ならば兵を集めて挑んでくるが良い。いつでも相手になる」


「・・・そうさせて貰おう」

「穴山、待ちなされ! 」

「これは御方様・」


「柳生殿、柳生家の領する甲斐に、武田家当主だった太郎の居場所はありますか? 」


「これは武田の奥方殿か。無論で御座る。柳生家では女子供も大事な働き手故に歓迎致す」


「ならば。妾・武田松と太郎は柳生家に臣従致しまする」

「お方様! 」


「穴山、今までの奉公、真に忝く思っておりまする。だが最早ばらばらとなった武田家の力では甲斐の民を救えまい。ならば遠路遙々甲斐の民を救いに来られた柳生殿に縋るしか無いのです」


「承知した。武田松殿を我が家臣として受け入れよう。ならば早速、甲府へ同道して頂こうか」

「畏まって御座いまする」

「・・・」


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