第403話・武田家の危機。


駿州清水湊 家代之清


  大殿より具房様が総大将だと聞き案じていたが、久し振りにお会いした具房様は真に凜々しくなられて感激致した。

以前は馬にも乗れぬ肥満体であったが、それが筋肉の鎧で覆われたような精悍さが御座る。『おのれの身だけは何とか守れる様になった』と言われるが、某が打ち掛かっても適わぬ腕になられた様だな。


 戦国の世とはいえ、友好国に囲まれた北畠家は厳しい調練をこなしているものの十年以上も実戦の経験が無い。それが大いに不安だが、具房様は陸奥国の厳しい戦を見聞しているのだ。今の我らに取って申し分のないおん大将と言える。


「三・四号船、砲の準備をせよ。目標は南の砦」

「はっ! 」


 伝令が走り、二隻の船が動き出した。当然、穴山殿が驚いて問うてくる。


「家代殿、どう言う事で御座るか。進軍は明日だと言われたが? 」


「はい。武田地上軍との戦を始めるのは明日になりましたが、水軍の旗幟は先ほど明らかになっております。そこにいる小浜・千賀・越賀殿は我らに臣従しましたが、水軍大将の岡部殿・青山殿は抗戦を表明して南の北矢部砦に籠城。我らはこれを排除致しまする」


「な・水軍が・・・」


「左様。岡部殿ら、はなかなか骨のある将で御座るな。感心致した。だが敵対した以上は攻撃致す。我らの手管を知る機会で御座る故に、御見物されてはどうか・」


「・・・良かろう。見物致す」


 我らの力を敢えて見せるのは、戦を早期に終らせたいがためだ。本当は二隻片舷十二砲では無くもっと多くの砲で砲撃したいのだが、出来ないのだ。

 伊勢丸は今まで二隻態勢であった。それが一気に五隻に増えたのだ、水夫は交代要員もいれば調練を進めていたので何とかなった。だが砲手の育成は進んでいなかった。よって、二隻で砲撃するのが精一杯なのだ。



「照準決まり次第、随時砲撃せよ」

「各砲、随意砲撃! 」


ズドンという腹にこたえる音がして、砲煙が広がる。船が揺れ海水がチャプチャプと音を立てる。砲撃音は間を置いて続き砦周辺から土煙が上がっているのが見える。幾つかの土煙は砦と重なるように見えた。


「十二門の砲撃終了。数発命中した模様」

「うむ。斥候を待とう」


 着弾観察のための斥候を数隊放っている。少ししてその一人が駆けてきた。


「四発命中。至近にも数発着弾。砦門や建物が倒壊している模様。状況確認に一隊が向かっています! 」

「うむ。ご苦労」


 穴山殿の体が震えている。半里の距離からの砲撃には槍も鉄砲も役に立たずなすべくもないからな。間を置いてもう一人が駆けてきた。


「砦は大破。籠城兵は逃亡。砦を廃棄致しまする」

「そうか。ご苦労だった」


「・・・凄まじいもので御座るな。大砲はどれ程飛びますか? 」

「まあ一里ほどで御座る。もっとも一里にもなると滅多に当たりませぬ」


「一里・・・」


 駿府は海の沿って細長い地形で背後に山が迫り奥行きが短い。故に八割方の城塞が大砲の射程に入る。穴山殿の落胆が分るわ・・・



 武田館 穴山信君


「・・・と言う訳で、お方様と太郎様は、一旦某の領地に移られるのが良いかと思いまする」

「某も同意致します。あの様な船には太刀打ち出来ませぬ」


 館で砲撃に遭って退却してきた岡部殿と合流した。青木殿は負傷したとかでいない。二百名で北矢部砦に籠もって五十名もの負傷者を出した。その内十名が重傷だという。

たった十二発の砲撃で北矢部砦は壊滅状態になったという。命中したのは三発ほどだが、門や建物が壊れた。さらに周囲に着弾した数発が被害を大きくした。城攻めに備えて多くの兵が出て周囲を整備中だったのだ。


「見えているとはいえ、半里も離れた砦に命中させるとは神業で御座る。あの船がいる限り駿府で戦うのは死にに行くようなもの」


「しかし妾は不安です。その様な強国と今の武田は対抗出来るとは思えません。いっそここで臣従して北畠の家臣として生きる道もありましょう」


「いえ、お方様。臣従するとどの様な目に遭うやも知れませぬ。元の国主家など邪魔ですからの。良くて追放、普通は首を刎ねまする・」


「それは・・・分りました。下山に連れて行って下され」



翌早朝、暗い内に館を出て凍てつく寒さのなか安倍川沿いを北に進み、安倍峠を超え久し振りに我が領土に戻った。下山館の客間をお方様方の居所として一息ついた。

数日して駿府の様子が伝わってきた。

進撃してきた同程度の北畠隊に国人衆ら一千ほどが集まって挑み、大敗して服従。降るのを良しとせずに立て籠もった興津城・由比城は、船からの砲撃により壊滅。駿東の葛山・朝日・富士らは戦わず北畠に臣従して数日の内に駿州全土が北畠家の手に落ちた。納得いかぬ者は焼津に落ちたそうだ。


覚悟していた事だったが、二度と駿府には戻れぬという事が現実となった。ただ、北畠は甲斐に野心が無いと聞いている。これで北畠の進撃は止まるはずだ。


 困窮している甲斐は、武藤殿らが中心となって真田・高坂から食料の支給を受けて民に配り、なんとかこの冬を餓死者無しで越せるように力を尽くしている。

 諏訪は金丸殿らが立て直しを計っているが、髙遠の井伊家と塩尻の斉藤家との前線である為に予断を許さぬ状況だという。兵力というより民や家臣の心が武田家から離れつつあるらしい。重鎮の飯富殿も隠居して伊那に移ったというし・・・


とにかく今、某に出来る事は敗戦の傷を癒し領地を富ます事だけだ。武田家執政という立場は駿府を離れたことで終ったのだ。




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