第九章・連合

第401話・勝頼隊の最後。


天神山周辺 朝比奈泰朝


 武田軍との決戦は快勝で終った。だがこちらも多数の負傷者が出た。特に雌雄が決したと思った時に、武田本隊がこちらに突撃して来たのは驚いた。

 こちらの本隊は偽装していたのに、それを見破って某に向けてまっしぐらに突撃してくる。その先頭は敵将・武田義信殿だ。目と目があった瞬間に頭上から刀を振り降ろしてきた。


 辛うじて受け止めたが腕が痺れた。尋常では無い力だ。義信殿は仁義厚く内政に心を砕いていると聞いたが、部芸にも秀でた天晴れな猛将であったわ。

敵本隊は集まって来た兵により多くの者を討ち取ったが、僅かの手勢と共に義信殿は落ちていった。生死は分らぬが相当な手傷を負っている事だろう。


 そのどさくさに紛れて天神山城が奪われた。三河に侵攻していた武田勝頼隊が船で上陸したらしい。兵は二千、関船五隻で来たという。まるで泥棒猫だ。

我らは戦後処理で急がしい。天神山城は五百の小笠原隊で遠巻きにするにとどめた。


 その天神山城からすぐに五百の兵が出た。

どうやら駿府に戻るつもりだ。救出を求める決死隊というところだが、真意は兵糧節約のための口減らしだという。

部隊は甲斐の馬場隊で歴戦の勇将らしく隙が無い布陣らしい。こちらからは、先の戦で手柄を上げた遊軍の板尻隊二百を派遣した。


勇将の強さが身に染みている板尻は、直接対峙するのは危険だと判断して、追従しながら隠れて弓矢を放った。

それでも百近くの負傷者を与えた様だ。しかし馬場隊は負傷者だけで無く死者まで連れ帰っている。それを見て途中で攻撃を止めたと報告があった。うむ、さすが歴戦の勇将だ。馬場信春はなかなかの男だな。



「今度は七百五十兵が出ました! 」


「勝頼は口減らしに半数もの兵を放出したか。将は誰か」

「金丸玄蕃という者です」


「朝比奈殿、諏訪の侍大将で御座るよ。面倒見が良く兵に慕われているとか」


「三雲殿、歴戦の勇将やその様な男を勝頼は何故手放すか? 」

「勝頼というより、跡部の策で御座ろう。き奴は目先のことしか考えぬ輩、今は兵糧節約しか頭に無かろうて・」


「ふむ。戦場で戦の事を忘れるほどの愚者か。金丸隊には久能・興津・伊丹を一千兵で急行させよ」

「はっ!! 」


 戦後処理も一段落して、泥棒猫退治に十分な兵を出せる様になったのだ。東の横地城ー中尾砦あたりは久能・興津・伊丹ら海賊衆の地元だ。十分な馳走が出来よう。



「辰の中刻(8時ころ)我らの待ち伏せ地に敵隊現れまいた・」


昼頃に興津らの伝令が来た。だが戦の報告にしては、なにか妙だった。


「・続けよ」

「はっ。敵将は我らに気付き進み出るや、甲冑を脱ぎ槍と共に供えるかの如く置きまして御座る・」


「なに・・・それから、どうしたな? 」

「次々と兵たちが槍・刀・弓矢、胴丸や陣笠までお供えして武具の山が三つ出来申した」


「おう・・・」

「それから敵将が再び進み出て大音声で申しました」


「何と言った? 」

「我ら何故かこの地にお邪魔致したが、これより戦士では無く、只の旅人となって退散致しまする。この武具は迷惑料で御座る、お受け取り下され。と・」


「なんとまあ・」

「我が主、興津らはその口上を聞いて腹を抱えて大いに笑い、『我らは泥棒猫の武田隊を懲らしめに来たのだ。朝比奈領は武器を持たぬ旅人の通行は自由だ』と彼等に案内の一隊をつけて大井川に向かわせました」


「なんと。捧げ物で海賊衆を吊ったとは、金丸玄蕃、面白き男よな」

「左様。山中の大将が聞けば大いに喜びましょう」


「「はっはっはっは」」



 まあ今いる勝頼隊は天神山城を奪ったものの、我らとは交戦していない。ここは金丸氏に免じて武具を置いて行けば見逃してやろうか・と家臣らと話していた。

 だが翌朝、駆け込んで来た知らせがそんな気持ちを吹き飛ばした。


「天神山近くの村四村が襲われました。女は犯され食料を奪われ家を壊して殺されたのは老人子供を含めて百名を越えまする。襲われた四村の有様は地獄絵さながらと申しておりまする」


 なんと、某が手をこまねいている間に民の被害が出たか。き奴らに周囲の状況を把握させるべく包囲を緩めていたのがあだとなったか。

しかし許せぬ。きやつらは一人として生きて帰さぬ。


「皆に告げよ。今宵天神山城の賊を殲滅する」

「はっ! 」



その夜、夕闇と共に朝比奈隊は百人隊に分かれて天神山城に向かって進んでいた。その数十隊・一千。夜襲は人数よりも熟練兵が必要でこの一千は軍の中から選抜された兵だ。

天神山城周辺には小笠原隊五百、興津・伊丹・久能の一千が潜んでおり、この夜の天神山城攻撃軍の総勢は二千五百となる。


「先ほど城より小隊三つが出て、それぞれ別の方角に駆けておりまする」


「暗闇で駆けるか。もっとも今宵は月夜、出来ぬ事では無いが・・・今夜も乱取りするつもりか」

「間違い無く。おそらくは昨日とは別の者たちで御座ろう」


「許せぬな。興津・久能・伊丹らに伝令。三隊を追撃して殲滅せよと」

「はっ! 」


「本隊からも複数の斥候隊を出して、逃れて来た者を始末せよ」

「はっ! 」


「我らは乱取りに出た者らを装って城に突入する。その準備をせよ」

「はっ! 」


 三雲殿によると、奴らは明朝未明に駿府に向けて発つらしい。ならば出発直前に襲うと決めた。

天神山城の山は狭く大勢が集まる所は無いために、山の間の扇状の平地を囲って城門・兵宿舎や調練場がある。兵が集まり整列するのはそこだ。


 明朝未明まではまだ時間がある。取りあえず隊を進め、天神山全体を見渡せる山陰に本体を置き、別働隊を暗闇に乗じて接近させた。


 刻一刻と時が過ぎて行く。見張り以外の兵は休ませているが、この寒空に寝る事は叶わぬ。



「殿、乱取りに出た三組を討ったという報告で御座る」


「であるか。よし、もう少し待とう」


 さらにしみいるような長い時が過ぎた。廻りの空気が動いたと思ったら三雲殿が立っていた。


「朝比奈殿、敵は城門内に集まり始めております。今で御座る」

「よし。合図を送り偽装兵を出せ」

「はっ! 」


 すぐに武田兵が乱取りに向かった方向から適当に固まった兵らが歩いてくる。少し遅れて他の方向からも二組の兵らが滲み出てくる。


「いやぁ、興奮したな・」

「まったくだ。これで思い残すことは無え」

「戦はこうでなきゃあ・」

「ぐわっはっは」


 警戒の欠片も無く大声で話し、笑う声まで聞えてくる。夜の声は響く、まだ距離があるのに城門が開き、一人の侍が出て来て大声で怒鳴った。


「おい、おまえら早う戻るのだ。グズグズしていると置いて行くぞ! 」


「あーい、分り申した」


「おーい、早く戻らねば置いて行かれるってよー」

「合点だ! 」

と先頭の組が後方の二組に呼びかけ、それを聞いた二組が駆けて来る。その間にも先頭の組は城門に近付く。


「ぐずぐずするな。お前らも駆・・・」

 城門前の侍が言い終わらぬうちに崩れた。続いて城門上の見張りがどさっと落ちてくる。先頭の組が矢を放ったのだ。追いついてきた後続二組も膝を着いて矢を放つ。 


「ぐわぁ・」「あぎゃあ・」「ぐえぇ・」「んぐっ・」「あああ・」と一射、二射、三射と連続して放つ矢に城内から無数の悲鳴が沸き起こった。


 すかさず城門の左右の影から現われた二隊が、穂先を月光に煌めかせて突撃した。彼等が肩に付けた白い布が夜目に光っている。


「我らも突撃する! 」

それを確認した朝比奈本隊も城門に駆けだした。無論、山の裏側も一隊が駆け付けて封鎖している。


 寝起きにつくねんと並んだ城兵は四百五十、楯を翳している者など一人もいなかった。そこに一千五百もの矢が飛んで来たのだ。殆どの者が射られて、そこに槍隊の突撃だ。ひとたまりも無かった。反撃しようと同士討ちした者も多い。


「敵将・武田勝頼、討ち取ったり!! 」


 朝比奈本隊が城門前に到着と同時に、その声が薄く明けかけた空に響きわたった。


「終ったか・」

「終りましたな」

 朝比奈国から侵攻して来た敵がいなくなった瞬間だ。


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