第394話・武田本隊の総攻撃。


 武田軍本隊 武田義信


「申し上げます。前方に布陣しておる敵は、朝比奈泰朝率いる三千です」


「我らの動きが読まれたようだな、出浦」

「・まあすぐ近くにいる相手の動きなどすぐに筒抜けになり申す。三千ならば南の内藤隊にも一隊を出していますな・」


「ならば同じ事よ。いや、こちらに本隊がくればかえって好都合か。そのまま進軍せよ」

「はっ! 」


 先行した内藤隊に対陣した敵に横から仕掛けるつもりだったが、両側に分散したのなら同じ事。移動する手間が省けてよい。目の前の本隊を潰せば、遠州攻略は一気に進む。


「敵の装備は? 」

「鉄砲隊二百、弓は背に背負っており数が分りませぬ」


 われらは三千のうち鉄砲隊四百、弓隊四百五十、騎馬隊は全て東海道に回したで残りは全て徒隊だ。ここは倍ある鉄砲でまず敵の数を削る。


「鉄砲隊は射程に入り次第、敵を射竦めよ」

「はっ」



 敵陣が見えて来た。本隊を中心にして前後左右に一隊を配置した陣形だ。前列が厚く後列は薄い、主力を前列に置いた防御型の陣形だな。


「小山田、後方の槍隊の半分を三列の鋒矢(ほうし)にせよ」

「なるほど。一気に敵本隊を突破するおつもりですな」

「そうだ。中央の隊は足の速い者を。指揮は長坂」

「はっ! 」


 右翼・左翼の間を突破して敵大将を蹴散らかす。騎馬隊がいないのが残念だが、若い動きの早い兵に任せよう。


「間も無く鉄砲の射程です! 」


 竹束や厚板を前に立て並べ鉄砲隊が配置に付く。一隊百の四隊が横に並び撃ち手は二十人が五列、次々と前後を交替しながらの連続した釣瓶撃ちをする。


「放て! 」


 途端に砲煙に包まれ敵が見えなくなる。それが風に流された刹那に次弾を放つ。敵隊から飛んで来た鉛玉が目前を通過していった。某も姿勢を下げ楯の後に隠れる。


 いっとき射撃が続いた。撃たれて戦場離脱する兵が目に付く。皆貴重な鉄砲兵だ。前後の交替の隙に玉に当たったのだろう。楯の後ろとはいえ、動かざるを得ませぬからな。


 鉄砲の運用にはまだまだ課題があって、細心の注意がいる玉籠めを最前線で移動しながら行なわなければならない、というのはなんとかならぬのか・・・


「鉄砲隊の射撃、五巡しました」


「ならば、前進せよ」

「はっ。前進! 」


 鉄砲隊の攻撃は四百の鉄砲隊の射撃が五巡したのちに、進軍しながら一巡させる。これは弓隊の攻撃までのつなぎだ。後の城攻めのために弾薬を取っておかねばならぬのでいつまでも射撃するわけには行かぬ。


しかし二千発の弾薬が僅かな時間に消えた。五巡の射撃で一発五十文として百貫文を消費したのだ。とにかく鉄砲は銭が掛かる・・・


「放て! 」

一巡し終えた鉄砲隊に替わり弓隊の攻撃が始まった。だが敵からの射撃が終らぬ。前にいる弓手がバタバタと倒れてゆく・・・


「鉄砲兵の負傷者は五十です」

「ぬ・・・多いな」

「報告によれば、敵は楯の隙間を狙っていると・」

「まさか・・・」


それが真だとしたら、敵の鉄砲兵の腕が我が兵よりも上だということだな。我隊は鉄砲手にそこまでの練度は求めていない・・・

鉄砲隊が負傷したのは練度の差か。鉄砲傷の負傷者の復帰は望めぬ、これで鉄砲隊の練度が更に下がった訳だ・・・


「上、空から弓矢が来ます! 」


 見上げた頭上に黒い点が無数ある。敵の矢だ。多い・・・

 慌てて翳した楯に衝撃が伝わる。そこ・ここで弓に当たった兵の悲鳴が上がる。殆どの兵は正面にしか楯を立てていないのだ。


「被害は? 」

「百程やられました。敵の弓手は一千以上かと・」


 報告の合間にも目の隅に敵から上がった黒い固まりが見えた。

 同時に正面から羽音を残して通過する矢。鉄砲玉。それで楯を頭上に翳していた兵がやられた。


 まずいな。鉄砲隊に続き敵の弓隊も巧みだ。そう考えるうちにも数十の兵が倒されている。このまま鉄砲・弓矢の攻撃を受け続けたら我らが一方的に数を減らすということだ。

ならば混戦に持ち込む、兵の強さでは武田隊は負けぬ。


「突撃せよ。槍で挽回する」

「突撃!! 」


 弓隊が後ろに下がり、待機していた三隊が真っ直ぐ敵に突っ込んだ。厚い左右が敵を押し広げて中央の長坂隊が敵本体に突っ込む。


 ! なんと目指す敵本体が掻き消えた・・・いや、兵が周囲に拡散したのだ。同時に槍衾が周囲から長坂隊を包み込む・・・


 罠だったのか? 本隊が我らを誘い込む罠・・・

 おお、長坂隊が反転して戻って来た。数は激減したが。


 敵が前衛を増やし押し込んだ隊は押し戻された。その後に当たり前の様に本隊がいる・・・


「後の隊を出せ。前衛を厚くせよ! 」

「はっ! 」


 奇策では敵の罠に嵌まる。対戦では我らが優勢なのだ、ここは正攻法で行くべきだ。

少しずつ我が方が押し始めている。このまま鉄砲弓矢で失った彼我の差を逆転したい。


「左右から敵隊。側面攻撃を狙っています! 」

「こちらも一隊を出せ」

「はっ、迎撃隊を出します」


 二百五十の敵と同数の隊が回り込んだ敵隊に向かった。


 が、前衛がばたばたと倒れている。矢だ、敵は移動しながら矢を放っているのだ。考えられぬ・・・


 両隊が激突する、その時には敵の先頭は槍隊に変わっている。敵兵の動きが信じられない程素早い。


・・・そうか、敵には調練する時間が十分あったのだ。力攻めでは経験豊富な我らが優勢なのに、その前に弓矢で数を減らされて不利になっている。


「力攻めだ。前衛を入れ替えて押し込め! 」

「はっ! 」


 敵も兵を入れ替えて必死で押し返してくるが、我らが優勢だ。じわじわと押し込んでいる。敵に遊軍を出す余裕はもう無い。

 もう少しだ。一箇所でも破ればたちまち戦況が変わる・・・


「敵襲!! 」

「後に敵!! 」


本隊後方から悲鳴が沸き起こった。振り返れば、後方一丁ほどに敵三百程の二隊が忍び寄って来て矢を放っている。連続して放たれる無数の矢で多くの兵・百以上はやられた・・・。


「楯、楯を並べて応射せよ! 」


 後方の敵はそれ以上距離を詰めてこない。それで楯を並べて弓で応射することで脅威は減じたが、敵三百隊に対して抑えの兵二百は置かねばならぬ。それが敵の狙いだ。


 我等の兵は今の攻撃で二千兵を切った、本隊に五百、後に四百置くと前衛は一千ほど。対して敵本隊は二千七百、後方に六百・・・如何にも分が悪い。

 ならば。


「旗本隊四百を前衛に出せ! 」

「はっ! 」


 これで前衛が一千四百か。しかしこのままでは、南の内藤隊か北の土屋隊が駆け付けて来なければ撤退だな。思っていた以上に敵が手強い、特に弓鉄砲の練度が高い・・・


「義信様、南に放っていた忍びが戻りました・」


 珍しく出浦が言い淀んでいる・・・


「内藤殿討死、隊は壊滅と」

「なんと・・・」

「まさか・」


 あの内藤昌信が討たれたとは・・・


「相手は? 」

「板尻とか申す侍大将とか・」


「知らぬ名だの・・・」

「それだけではありません。伊藤・小笠原率いる八百が迫っています。すぐに来ますぞ」


「このうえに八百の敵・・・義信様、ここは一旦退却致しましょう」

「ならば、しんがりはこの長坂にお任せ下され」


「うむ・・・小山田、ほかに策は無いか? 」


「ここでの策は退却の一手ですが。あえて言えば、決死の総攻撃ですな。全軍で敵の本隊を突けば、或いは戦況が変わるかも知れませぬ」


「よし。ならば全軍で敵本隊を突いて雄々しく駿府に帰る。後ろの隊を呼び戻せ!」

「「はっ!! 」」


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