第393話・彼我の差。
朝比奈方・伊藤隊 遊軍隊長・板尻四郎
敵隊が視界の中で次第に大きくなってくる。体が小刻みに震える、武者震いってやつだ。
右翼・左翼隊が中央隊より少し前に出て楯を並べている。鉄砲玉を通さぬ三層楯だ。俺たちは中央隊の少し離れた位置で待つ。
「間も無く鉄砲の射程! 」
「流れ弾がある。我らも楯を並べよう」
すぐ激しい発射音がして砲煙が敵を包む。そこかしこで盾に当たり空気を切り裂いて通過してゆく鉄砲玉。
敵の鉄砲隊は五十が二隊か。行軍しながら放っている。
次弾は・・・無いな、助かった。敵の前衛が弓隊に入れ替わる。我が隊も弓の準備は終っている。
「弓矢の射程! 」
「よし、放て! 」
中央と右左翼の三隊が一斉に矢を放った。直後に風切り音と楯に刺さる衝撃音。被害は殆ど無い。敵の弓も我らと同じ短弓だが、その数は我らの方が多い。空を染めた黒い矢が敵に落ちる。
途端に多数の敵が倒れた。そう、敵は頭上に楯を翳していなかったのだ。我らは任意の場所に矢を落とす調練をこなしている。攻城矢と言い元は攻城用に使うやり方だが、実戦でも大きな威力を発揮する。
二射・三射と通常の水平矢も混ぜて放つ。相当な効果だ、敵が動揺しているな。
”突撃!! ”
”おおおおお!! 」
矢に射竦められるのを嫌った敵が猛然と突撃して来た。右翼左翼にほぼ同数の敵隊が激突した。
激しい攻防だ・・・が、我が隊は負けていない。互角以上の戦いをしている。
右翼の後が前に動いた。素早い動きで敵隊の脇に向かって攻撃し、そして横に逃げた。その動きに誘い込まれるように反撃に出て来た敵兵を、さらに出て来た別の隊が側面から攻撃して打ち倒した。
「・・・いける。我隊の攻撃が見事に決まっているぞ・」
「左様ですな。まるで亀にたかる蜂のようですな・」
天野殿の言葉は言い得て妙だな。我らの早い動きに敵は付いてこられない。まるで殻に閉じこもった亀から手足が出る度に突かれているようだ。我らの調練は無駄では無かったのだ。精強な武田隊にも十分に通用するどころか圧倒している。
殿の言う通りだ。我らは強い、戦えば勝てるのだ。
左翼隊も両側から脇攻撃に移った。我らの動きが面白いように数を減らしてゆく敵の前衛。それを救いに後方からどしどし援軍が出て来る。
中央隊はそれに呼応して前に出る。もう総攻撃の様相だ、さらに後方から敵が左翼に迂回攻撃しようとしている。
「迂回する敵を叩く。天野殿、二組を連れて向かってくれ! 」
「承知! 」
「迂回する敵に攻城矢を放て」
「良く狙えよ。放て! 」
数十の矢が放たれた。攻城矢は落下するまでしばらく間がある。動く敵を見極め落下地点を予想して放つのが難しい。
落下・・・良し、外れた矢も多いが半数近くが敵隊に落下。動揺する敵に天野隊が突っ込んだ。敵の隊を二つに割りさらに割る。
さすが天野隊、見事な動きだ。完全に敵を圧倒している。
む。倍する敵に右翼が苦戦、数を減らしている。
「佐藤組は右翼の援軍に! 」
「承知! 」
敵も全軍が出て来ている。いよいよ乱戦になってきたが、まったく負けてはいない。押し返しているくらいだ。
お・・・敵後方から兵が駆けてきている。
小笠原隊だ。敵はまだ気付いていない。よし!
「出るぞ。右に迂回して敵本隊に突撃する! 」
「おお!! 」
”引け! 一旦退くのだ! ”
小笠原隊は、駆けてきた勢いのまま敵の後に突っ込んだ。小笠原隊は我らより数が多い、その勢いに敵後方にいた隊を一気に押し潰して本隊に迫る。それで敵隊は一旦退却を決めたようだ。
前後からの敵を切り破った敵本隊は、百名ほどが固まりとなって我らの向かう右側に出て来た。
「弓矢をお見舞いするぞ!」
「おう! 」
駆けながら背の弓を取り、矢を番え放つ。山を駆けながら何度も調練した技だ。平地で使うのは造作もない事。狙うは足元、忽ち転げ脱落する敵兵。弓を持たない者は駆けながら刀で浅く切りつけてゆく。
もう少しだ。
少なくなった敵に弓矢が集中する。逃げられないと知った数人がこちらを向いて刀槍を構えた。中央に立派な鎧武者がいる。敵の大将・内藤殿だろう・・・
「内藤殿か、板尻四郎がお相手を致す」
「内藤昌豊だ。存分に来られよ」
さすがに武田二十四将のお一人だ。尋常では無い威圧感がある。だが、負けぬ。接近して喉元に渾身の突きを放ったが、槍を合わされ逆に手元を突かれた。
手元に来る槍・柄を捻って躱して小さく円を描く様に手首を戻して穂先を顔に叩きつけた。それは鎧のしころで受けられて、逆に横から穂先を腹に叩き込まれた。
「ゴッ」という鈍い音、胴丸が槍を防いでくれた。
一歩下がって仕切り直し。混戦では左右も人が入り乱れていて、槍を大振りすることは叶わぬ。
刹那、下段から真っ直ぐ喉に伸びて来た。上から叩き落とし跳ね上げて喉に。
・・穂先が刺さる鈍い感触。
動きが止まり目を見開いた内藤殿。某を見て瞼を閉じると、ゆっくりと崩れ落ちる、その左肩に矢が刺さっている・・・
叩き落としたつもりがビクともしなかった、内藤殿が反撃出来なかったのは肩の矢のせいだ。その矢が無ければ倒れたのは間違い無く某だろう。
武田の勇将に対して一騎打ちなど某には無謀だったと悟った。
「隊長、勝ち名乗りを・」
・・・そうだな。戦を終らせるためにも勝ち名乗りはいる。内藤殿の名誉のためにも猛々しい名乗りが必要だ。目の前の内藤殿に心の中で合掌して声を張り上げた。
「敵大将・内藤昌豊殿。朝比奈隊・遊軍隊長・板尻四郎が討ち取ったり! 」
「「「おおー 」」」
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