第392話・朝比奈勢の反撃。
永禄十四年(1571)十一月 遠州掛川城 朝比奈泰朝
武田軍が攻めて来て一年が過ぎた。気が付けば今年もあとふた月も無い。思えば長いようで短かった無我夢中の一年であった。
「横地城より内藤隊二千が北上して来ます」
「うむ・」
遂に武田軍の総攻撃が始まった。
南東の横地城から内藤昌豊の二千が来る。東の富田城には武田義信・穴山信君・小山田信茂・長坂昌国らの三千がいる。諏訪原城には土屋昌続と武藤喜兵衛・須田満親が騎馬の一千で控えている。
「大広間に皆が揃って御座る」
「よし。行こう」
広間に集まっているのは重臣・岡部元綱をはじめ、浅羽・伊藤ら侍大将以上の周辺の城に詰めていた者らだ。
「皆の者、武田の侵攻でこの一年あまり辛抱を重ねたが間も無く終る。尻に火が付いた武田がこの掛川城に総攻撃を掛けてくる。これを迎え討ち、戦を終らせる時が来た」
「おう。ならば正月にはのんびり出来るな・」
「左様。今度の正月はたらふく酒を嗜むぞ」
「しかり、今年の分も飲もうぞ。はっはっは」
「武田との今の戦況を申す。北から攻め込んで来た高坂隊は拡張した二俣城を護る井伊殿と何度か戦い交流して、和解した形で敗走した。それを追撃の形の井伊隊は、飯田城から大島城を制圧して血を流さずに伊那谷を手に入れた。これは国人衆や民が味方したからだ」
「なんと・」「ふむ・」
「井伊は、やりおるの・」
「井伊殿は歴戦の勇将だが、山中国と美濃斉藤家の支援が大きい。これで朝比奈家と同等以上の領土を持つお家になった。朝比奈は井伊家と友好関係を維持してゆきたい」
「・・・なるほど」
「我らと同等か・・・」
「南の甘利隊は我らの悪口攻撃が相当効いたようで、少し前に本隊に撤退の願いを出して許された。退却して一揆が起きている甲斐に戻るのだ。今頃、小笠原と久能・興津・伊丹らが馳走していよう」
「精強な甲斐の部隊がいなくなったのは朗報ですな」
「たしかに。ですが天神山城を攻められなかったのに精強と言えますかな・」
「恐らく精強な兵は、馬場殿が率いて三河に行ったのでは無かろうか・」
「いや、それは我が方が一千もの山賊部隊を配置したからでしょう。不意に湧き出て、追えば消える。敵にとって極めて厄介な部隊で御座ろう」
「しかり。三雲殿の提言によるあの部隊の存在が此度の戦の勝敗をも左右していますな・」
「北と南の脅威が去った今、遠州に残る武田軍は東の本隊のみとなった。総勢六千のうち、この一年に二千近くの死傷者を出して新兵と入れ替えている。当然ながら戦力は落ちている、武田軍はもはや強兵では無いのだ。
対して弛まぬ調練と実戦を重ねて来た我らは、一年前より遥かに精強になっている。武田兵を罠と夜襲で減らして、我らの兵は減っていないからな。
つまり我比の差は既に逆転している。もう恐怖の武田隊はいないのだ、戦えば我らが勝つ」
「戦えば我らが勝つ・で御座るか・・・」
「確かにそう怖くなくなりましたな・・・」
「その上、兵数も我らが多い」
「三雲殿、敵の動きは」
「我らが城から打って出るとみています。横地城から内藤隊二千が北上、それに対して我らが布陣した所を、富田城からの本隊三千が急進してきて挟撃。その隙に諏訪原から騎馬隊が城を包囲するつもりで」
「なるほど・」
「して、我らは? 」
「東海道に仕掛けた罠で、騎馬隊は迎撃できます。あとは小細工の必要は御座らぬ。朝比奈殿の言われたとおり、『戦えば我らが勝つ』で御座る」
「武田隊と真っ向勝負か、腕が鳴るのう」
「実は某、罠ばかりで嫌になっておりまいた・」
「武田隊を正面からの攻撃で撃退できますか・・・」
「よし。陣立てだ。南の内藤隊は伊藤武兵衛が一千でお迎えせよ。背後には小笠原らの一千がおるで、心置きなく馳走致せ」
「はっ! 」
「東の本隊には某が三千でお迎えする。後詰めに久能・興津らも来て貰おう。東海道の騎馬隊は伊藤次郞が馳走せよ、岡部は城の守備だ。良いな」
「「はっ! 」」
「承知致しました」
「では各々方、良い知らせを待っておるぞ」
「出陣!! 」
朝比奈方・伊藤隊 五十人頭・板尻四郎
遂に武田隊と野戦で激突する。相手は武田二十四将のひとり・勇将の内藤昌豊だ。朝比奈の殿は戦えば必ず勝つといわれたが、果たして某に出来るだろうかという大きな不安がある。
内藤隊二千に対峙するのは、侍大将・伊藤武兵衛殿が隊長の一千兵で五十人隊が二十組いる。
某の隊の構成は弓隊二十・楯三十で全員が槍を持つ接近戦が得意な隊だ。弓は短弓で槍に持ち替えた時に背中に背負う、楯も同じだ。他の隊には前衛向きの長槍を持つ隊も相当数いるが、鉄砲隊はいない。鉄砲隊は殿の本隊や東海道に向かった。
「この先半里に内藤隊が来ています! 」
「よし。隊列を組もう。五組ずつの四隊に分かれてくれ。それぞれの役割は、右翼・左翼・中央隊と遊軍だ」
伊藤隊長の合図で素早く組分けが出来る。それぞれの隊の装備や得意に応じた役割を選ぶのだ。隊長の伊藤殿は中央隊で、長槍を持たぬ我が隊は当然遊軍にまわる。
「隊の中から隊長と副長を選び、それぞれの戦い方を話し合って決めよ」
早速、遊軍の五十人頭五人で相談する。結果、某が遊軍の隊長になった。副長は天野殿だ。
「皆の知っている通り、遊軍の戦い方は機を見て動くことだ。事前に決めることは何も無い、それで良いか」
「「おう! 」」
皆、緊張しているな。某もだが、こうやって敵と激突するのは初めてだからな・・・
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