第386話・武田家の躍進?


永禄十四年(1571)六月 三河吉田城 武田勝頼


「山県隊に続け、遅れるな! 」

「攻城方、総員突撃ー 」

「おおおぉー!! 」


 遂にこの時が来た。前衛の山県隊千が目の前の吉田城の柵を乗り越えて次々と兵が突入していく。


 吉田城攻めが開始されてから半年、六千あった兵は五百程減っていた。周囲の山々には敵が潜んでいて昼夜を問わず攻撃して来る。それらを反撃しながら縦深の陣地を作った。交替で警戒をすれば兵を休ます事が出来る。いままで十分な睡眠を取ることができずに疲労していたのだ。


吉田城は平地に出来た城でさしたる要害では無い。特に民を入れるために急造した三の曲輪は脆い。濠さえ埋めれば土塁と柵を越えて侵入出来る。

問題は無数の民が降らす石塊だ。これは高櫓を作って上から火縄で狙い撃ちにすれば良い。敵には火縄が無いからな。


楯で石矢を防ぎ毎日交替で城を攻めた。その合間に高櫓を作りさらに瓦礫を集めた。

戦は馬場と山県に任せた。彼等は交替で城攻めをしている。さすがは父上が鍛えた勇将だ、被害を最小限に抑えながら少しずつ城の防備を削ってゆく。跡部ではとても出来ぬだろう。

跡部は後方警護だ、周囲には徳川兵が満ちている。昼夜を問わず警護してゆくのも骨が折れる。

その他の旗本は物資の調達だ。銭を出せば物資はなんとか調達出来るのだ。強奪するより効率が良い。なにせ、周囲の者は武田の領民となる者らだ。無理強いは出来ぬ。


焦ることは無い、今回の侵攻は長期戦だ、遠州攻めの本隊は広大な陣城を構築しているくらいだ。吉田城を取り豊川湊を抑えれば武田家での発言力も大きくなる。単なる援軍に出て駿府を貰った兄上とは違うのだ。



「勝頼様、山県隊が三の曲輪を制圧しました! 」


「やったか! そのまま維持せよと伝えよ」

「はっ! 」


 やったな。これで父上が成し遂げられなかった吉田城の陥落がみえてきた。


「跡部、本陣の警備を厳重にせよ。交替の兵を出せ。野田城を落としたときの反撃を忘れるな」


「承知! 」


 野田城を落とした時、歓声に浮かれる陣を背後から急襲されて大きな被害を出した。背後を守っていた真田・木曽隊が抜けた穴を埋めることを忘れていたのだ。


 あれは痛かった・・・


 その為に伊那の全兵を呼ばざるを得なかった。負傷者しかいない今の伊那を敵が侵攻してきたらあっという間に侵略される。

 ・・・いや、そんな勢力はいない・・・問題ない。


「負傷者は」

「百名ほど、うち重傷者二十五です」


「そうか。速やかに手当をして本陣で養生させろ」

「はっ」


 負傷者はまとめて白旗を挙げて野田城に送る。要害の野田城の警護は負傷者に任せているのだ。その中でも重い者を国元に戻す。その警護も不要だ。

 三河から出て行く者は襲われない。逆に来る兵や荷駄隊は襲われる。それで我らの兵糧は今逼迫している。今年になって腹いっぱい食ったことは一度もない。



翌日、異様な響めきに目が覚めた。陣内に響めきが広がっている。


「・・・何事だ? 」


「し・城に敵がいません! 」


ん・何だ? 何を言っているのだ?


「城兵が撤退したのです。我らは吉田城を落としたのです」


「まさか・」


 見上げる吉田城本郭には武田菱が高々と上がっている。


 信じられない。これ程呆気なく落ちるとは、


 ・・・罠かも知れぬ。



「城内に異常は御座りませぬ」山県が城内隈無く調べた結果だ、当てになる。

本曲輪・二の曲輪の屋敷や三の曲輪の小屋もそのままで、薪や兵糧も少しは残っていると言う。

 不可解だ・・・


「恐らくは、二の曲輪に数千の民を収容出来なかった。又それ程の民を喰わす兵糧も尽きかけていたと言う事ですかな・」


 ならば民だけを逃がせば良かったのでは、という疑問も残る。三の曲輪を占拠されれば守り難いか・・・。何となく腑に落ちないが、とにかく念願の吉田城が手に入ったのだ。それで良しとせねばなるまい。



「山県・馬場の踏ん張りで我らの目標だった吉田城が手に入った。これよりは豊川を境として一帯を掌握したい。その役割分担を決めたい」


 久しく建物に入っておらぬ。吉田城本郭広間に並ぶ将の顔も嬉しそうだ。彼等もそれぞれ二の曲輪の屋敷に住まう事になった。


「馬場は城の守りと北の徳川隊に対してくれ。山県は船形山城攻略。跡部は渥美半島の掌握を頼む」


「はっ」「承知」「ははっ」


「兵糧も必要だがここは武田領になるのだ。民に手荒に振る舞うなよ」

「「はっ」」


 湊の商人から兵糧を購えるが、軍資金の残りは少ない。当初の予定通り駿府から水軍船に運んで貰おう。


「一つ宜しいか・」と馬場が問うてくる。

「うむ」


「遠州への出兵は如何しますか? 」


「皆知っての通り、前に侵攻した釣間斎ら五百が行方不明だ。以降の連絡も無く一兵も戻らぬ、となれば壊滅したと思うしかない。五百もの兵が一兵も残らず壊滅したとは信じがたいが、警戒が厳重で忍びの者も入れぬと言う。その概要が分らぬ以上は敢えて出兵はせぬ」


「・承知仕りました」


 姿の見えぬものに兵をさく余裕は無い。父上と互角に渡り合った徳川勢が目の前にいるのだ。まずは三河南部を固める。

いずれ兄上が東から朝比奈を押して来た時に、背後から朝比奈に留めを刺せば良いのだ。それがなれば褒美に天竜川の西岸を頂こう。



「た・大変で御座りまする! 」


「どうした」


「野田城が・敵の手に! 」


「何ぃ!」


「夕暮れに白旗を上げた負傷者が来たそうです。いつもより少し数が多いので誰何すると『吉田城を落としたのだ。激戦だった、それで負傷者が多い』と。その言葉を聞いた守備兵は沸き上がって迎えたそうで御座る。ところが・」


「徳川兵の偽装だったのだな・」


「まさしく。夕闇に紛れて続々と入城する者らに不審を抱いたときには遅かったと・」


「・・・」


 それが罠だったか・・・

  これで伊那からの補給路が断たれた訳だ。我らは敵中に孤立したのだ・・・


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