第385話・戦いの後で。
生きていたのか・・・
目を開けると青い空が見えた。
喉が痛い・・・
戦をしていた。敵は肝付から変わった山中国。
何故、彼等は大隅国なのに山中国というのか?
島津や強大な大友家でも島津国・大友国とは言わない・・・
いいや、それはどうでも良い。
戦をしていたのだ。山中隊を三方から囲み攻撃していた。全数で二百五十、三百兵のこちらに対する兵は僅か五十ほどだった。
それが固くて押せないのだ。こちらが一方的に数を減らすばかり、気が付けば半数となっていた。
その時に連続した銃声が響き、反対側の兄上の隊が崩れた。こちらと同じ様に兵を減らし突撃して来た兄上らが狙われたのだ。
兄上が危ういと我らも突撃した。父上の本隊や後衛隊も突っ込むのが見えた。前にいた兵が次々と倒されて某の番が。突き込んだ槍を叩き落とされて、白い何かが喉元に飛び込んで来た・・・
・・・! つまり、ここはまだ戦場だ。
慌てて上体を起こした。
「気が付かれましたか・忠虎様」
喉に白い布を巻いた梅北が目の前に座っていた。土にまみれ紫の痣が出来た酷い顔だ・・・
戦は終っていた。横たわる大勢の兵、座っている者や歩いている者もいる。歩いている者は灰黒の戦闘服を着た者が多い。山中兵だ・・・
つまり負けたのだ。
「我々は負けたのか? 」
低い声しかでない。
「はい。少数の山中兵に完璧に叩きのめされました」
「父上・兄上は? 」
梅北は黙って首を振った。戦死したのだ。負ければそうなる・・・
ふと自分の首にも布が巻かれているのに気付いた。
「梅北が手当てしてくれたのか・」
「手当てしてくれたのは山中兵です。打ち身に効く山中国の軟膏だとか・」
「・・・某の身分は知られなかったのか? 」
「いいえ。彼等は忠虎様と知っておりました。ですが生き残った者の進退は自由。討死した者の首は取らぬ、亡骸は家族の元に持ち帰り供養せよと」
「某が北郷家の者と知っていて何故? それに城や家族はどうなる・・・」
「さあ、問うてみたら如何です。敵将の九鬼殿があそこにおられる。都城や各城塞は廃棄、城にいる者は解放してどこに行くのも自由と。やる気のある者は身分を問わず山中国の新兵として雇い入れると」
二町ほど離れた場所に連楯を立て廻した場がある。そこが山中国の将兵が休んでいるようだ。敵将は九鬼殿というのか。
・・・そうか家族は無事か、母上は妹らを連れて実家に戻るだろうな。妻や子供はどうする、そうかまず某が身の振り方を決めねばならぬか。もはや住む家も無いのだ・・・
「・・・梅北はこの後如何するな? 」
「某は一旦屋敷に戻り家臣らを解散させたのち、新兵に応募するつもりで御座る」
「そうか。某はどうするか・・・」
「大口城へ行かれたら如何ですか。島津もきっと受け入れてくれましょう。さすれば北郷家の名を残すことが叶いましょう」
島津家か・此度の戦は島津家の命を無視して行なったのだ。どうにも足が向かん・・・
「飫肥ではどうだ・・・」
飫肥城は北郷身内の城だ。都城の者の多くが移動するだろう。
「飫肥城は既に山中国に落とされた様で御座る」
「・・・左様か」
「もし良しければ、某の所にお出でになったら如何でしょう。そこで一旦落ち着いて考えればよう御座る」
「うむ・有り難い。頼み入る」
「承知致しました。ならば皆を起こして戻りましょうかな」
「某・北郷忠虎で御座る。九鬼殿にお目に掛かりたい」
昏倒している兵たちが目を醒ますには、まだしばらく時間が掛かる。某は敵の真意を知りたいと思った。このまま去れば山中隊の将に会うのは困難になるだろう、ならば今ここで会っておこうと。
「北郷忠虎殿、儂が九鬼嘉隆だ」
九鬼嘉隆は思ったより小柄で目の光が強い男だった。
「某を北郷家の者と知って討たないのは何故か?」
「民を処刑するのは許せぬ。故に命じた者と実行した者らを処断したまでだ。北郷家を根絶やしにしようとはせぬ」
「しかし家の者を放置すれば、いずれ害を為すとは思われぬのか」
「仇を討ちたければやれば良い。その時には遠慮なく討ち滅ぼす」
「・・・では北郷としてこの地に住まっても良いのか? 」
「構わぬ。害を為さねば民の一人だ」
「分り申した。お手を取らせたが失礼する」
「うむ。死ねば仏だ。父や兄を菩提寺に葬り供養せよ」
「・承知致した」
戦の直後だと言うのに、山中兵からは敵意を感じなかった。槍など戦場で回収した物が幾つも山積みされていた。そう言えば某や梅北らの槍は無かったな。皆武器は脇差しのみだ。
北へ向かって帰って行く兵たちの列が出来ていた。トボトボと肩を貸して歩く者、何処から持ってきたのか沢山の荷車。その荷車に乗せられている遺体や重傷者。
夕焼けが彼等に差し始めた。
薩摩 大口城
大口城大広間には当主義久と重臣らが集まって、物見頭より庄内の戦いの一部始終の報告を聞いていた。
「・・・という次第で御座りまする」
「・・・」
「・・・」
予想していたとはいえ、島津最大の分家・北郷家が壊滅したことに、一同言葉が出なかった。
「忠虎はどうした? 」
「忠虎殿は相久殿・時久殿を菩提寺に弔い、都城を開城して家族を伴って国人衆・梅北殿の屋敷に移りました」
「まだ庄内に留まるのか、兵を集めて仇討ちでもするつもりか・」
「殿、ならば忠虎殿をこちらにお迎えすべきかと。その所在が山中兵に知られたら処断されましょう」
「左様。忠虎殿は失地回復の旗頭になります。すぐにお迎えすべきかと・」
「待て。父・兄の供養を菩提寺でしたのだ。山中国は当然知っておるわ」
「・それもそうですな。すると山中国は、ほとぼりが冷めるまで放置しておくつもりか・」
「入来院、そうでは無い。ほとぼりが冷めるのを待つのは北郷家の方だ。勝者の山中国が何に遠慮する必要がある」
「・・・なるほど」
「では何故? 」
「義弘、何故だ、お主なら解ろう」
「某と同じ、殺す必要は無いと判断したのでしょう」
「だな。儂もそう思う。戦う前から処断するつもりが無かった」
「・・・分りませぬ。現に時久殿と嫡男の相久殿は討ち取られて御座る。何故ご次男だけを助けるのか・・・」
「上原、それは逆だ。無辜の民を処刑した相久らと命じた時久らは処断される理由があったのだ。山中国は民を大事にするという。家族の為に働きに出た民を殺したのが許せないのだ・と思う。なにより、その二隊には火縄を放った事ではっきりしている」
「火縄ですか。山中隊は最新の火縄を多数装備していたのに、緒戦では使わなかったのは足軽を死なせぬ為か・・・なるほど、そう考えれば辻褄が合う」
「某も解り申した。しかし連射の効く火縄など見た事も聞いたことも御座らなんだ・・・」
「入来院、今、日の本に流れている火縄の九割は山中国が扱っているのだ。しかも日々改良を重ねていると聞いた。山中国正規兵が持つ最新の火縄は門外不出で売られる物は古い物ばかりだと。それでも島津にあるのよりは進んでいるという。船に積む大砲もしかりだ」
「・・・」「・・・」「・・・」
皆、義弘が山中兵に聞き知った知識に呆然としていた。
そしてその山中国と争う事がいかに無謀かを身震いと共に感じていた。
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