第384話・北郷隊の最後。


庄内領界付近 九鬼嘉隆


 関所を撤去して北郷領に入り街道の縄張りを進めてきた。その間にも戦を避けて大隅に逃れる民の姿が絶えない。北郷領では総員の召集が掛かり戦の機運に満ちているのだ。勿論その相手は我らだ。山中国は戦を望まぬがそうも行かぬ。

 広く放った斥候から、こうして作業を見ている合間にも次々と報告がある。


「北郷相久隊出陣。三百兵で北へ」

「北郷忠虎隊出陣。およそ三百兵で南に」

「北郷本隊動きました。先陣三百、本陣三百、後陣百で真っ直ぐ来ています」


 ふむ。北郷は一千三百か。思った以上に兵が集まらなかったか・・・


「志布志よりの援軍二百、間も無く到着」


 この先に広い原がある、高松原という原っぱだ。大軍を動かすのに好都合故に戦はそこで行なわれるだろう。

薩摩方が軟化した故に庄内もすんなり抜けられるかと思ったがそうはならなかった。軟化した島津に北郷は逆に激昂して自領の民を処刑したのだ。他領の施策が面白くないからと見せしめに自領の働き者の民を殺したのだ。


愚かな暴挙だ、許せぬ。北郷は潰すと決めた。

北郷勢二千は、百の山中兵と新兵一千ならば勝てる。勝てるがそれでは敵味方に大きな被害が出る。特に新兵の半分は負傷するだろう。

それ故に志布志湊にいる水軍に援軍を求めた。幾多の実戦を経験してきた彼等なら精強な上に無理がきくのだ。

短弓に新型二連火縄を装備した山中国正規兵二百だ。新型火縄は後籠め弾薬・数瞬で次弾が放て銃身の手入れをせずに二十連発も放てる秘匿武器だ。二百丁有れば数千の敵を制圧できる。




「九鬼中隊長殿。近藤兵衛門、只今着任致しました! 」


「近藤小隊長、急な要請で済まぬな」


「その為に待機しておりました故に問題御座らぬ」


 近藤殿は氏虎殿麾下の武将で、水軍第一艦隊の船長の一人だ。豪快な堀内軍団の中にあって数少ない沈着冷静を旨とする堅実な武将で、某とも酒を汲み交わす間柄だ。


「九鬼殿、わが殿の我が儘をお聞き頂け、真に忝い」


「うむ。たしかに思っていた以上に、やり甲斐のある仕事だ。それにしても氏虎殿が戦では無く、まず街道普請を進めるとは思わなかった・」


「ですな。某もそう思います。ですが殿は御大将の真似をしているだけで御座る。そのうえに肝心な事は、九鬼殿や内政方に丸投げ。ご自身は相変わらず、大砲をぶっ放しに行っている。配下としては申し訳ない思いで御座る」


「はっはっは。氏虎殿が帳面を捲っている姿は、逆に滑稽で御座るからの」


「しかり。してこの度の戦はどの様に? 」


「うむ。その前に戦の経緯や敵の陣容などを・・・・・・・・・」




「・・・なんと。無辜の民を処刑して、首を晒すなどと・・・」


「そうだ。山中国としては到底見過ごす事が出来ぬ暴挙だ・・・」


「北郷方は壊滅しますか・」


「いや。ここの国人衆も肝付から分かれた者達が多い。彼等はこれからの治政に必要だ。暴挙を行なったのは当主と嫡男、その側近と取り巻き連中だ」


「・・・承知致しました」



 川を渡り山裾を抜けると広い原だ。高松原というらしい。大軍が動かせる広さがある。原を進み周囲に十分な広さを取って陣を敷いた。

そして荷車から道具を降ろして煮炊きを始めた。腹ごしらえだ。戦になればいつ飯が食えるか分らぬから、余裕のあるうちに支度するのが吉よ。こちらは敵が出張って来るのを待つだけだからな。

兵の周りには矢玉を防ぐ矢楯(連楯)を、螺旋状に立て並べて障壁とした。




 北郷隊本隊 北鄕時久


 連楯を立て廻した敵陣からは、炊飯の煙が上がっている。昼最中に飯の支度か、僅か二百五十兵で長戦をするつもりか。我らは六倍の兵だぞ、すぐに終るとは思わないのか、それとも・・・


「敵の装備は? 」

「火縄のような物と弓を多くの兵が持っております」


 やはり飛び道具か、火縄・我らは十丁しか無い。島津全体でも百丁ほどだ。火縄は高価で揃えるには多数の銭が掛かる。

 ・・・銭か。街道を広げて商いを進める山中国には、銭があるということだな。

 ならば戦は、多数の飛び道具で接近する前に数を減らす戦術だ。


「各隊に伝えよ。敵には飛び道具が多い、矢合わせなど無用。一隊は盾に身を隠して素早く近付き接近戦を挑めと」

「はっ! 」


「各隊の準備整いました! 」


「よし。攻め太鼓を鳴らせ。山中隊を蹴散らすのだ! 」

「はっ。攻め太鼓、打てぃ! 」


 ド・ド・ド・ド・ドという攻め太鼓が連打されると、盾を翳した一隊が真っ直ぐ敵陣に向かい、その後間を置いて背を低くした隊が続く。

先頭が交戦を始めれば、後続が全力で駆け付け戦闘に参加する態勢だ。


 が、

 敵から火縄の音も矢も飛んでこない・・・


 何故だ・・・


 先頭が飛び道具に誰一人倒されること無く敵と接触した。それを見た後続が急いで立ち上がり駆け付ける。

同時に北の相久隊、南の忠虎隊が突撃して来た


 よし。思い通りに行っている。


 こうなると少数の敵陣は、圧倒的な我が兵に囲まれて見えぬな。



 少数の敵ならば圧倒できる時が過ぎた。

なのに、戦闘は止まぬ。

何故だ・・・・・・


「状況はどうなっておる? 」


「お待ちください! 」



「先陣の隊、半減しています! 」

「相久様隊、半数に! 」

「忠虎様隊、数を減らしています! 」


 うむ。山中隊はやはり強敵だな。なかなか崩れぬ。・・・逆に我が方の前線が半減したか。ならば、ここは全軍を投入して一気に叩こうぞ。


「後衛隊を北に迂回させて突撃させろ! 」

「はっ! 」


「本隊も前進せよ。ここで片を付ける! 」

「はっ。全軍前進!! 」



「パ・パ・パ・パ・パ」と連続した火縄の銃声。

 ここで火縄を使うか、苦し紛れの最後の足掻きか・・・

 放った先は・北だ。相久を囲んだ近衆が崩れてゆくのが見える。

まずい・・・

 そこへ迂回した後衛が突撃している。間に合ったか・


「我らも突撃せよ!! 」

「「突撃!!! 」」


 槍を構えた敵が目前に見える。

 ・・・前衛が壊滅したのか・・・


 槍隊の前に出て来た兵が片膝を着いた。

 ・・・筒先! 火縄か・


 途端に銃声と砲煙に包まれた。

 打たれて吹っ飛ぶ兵、


「次弾は時間が掛かる。接近せよ! 」

「おおおー」


 だが、銃声は止まぬ。

「ぐっ・」胸に熱い何かが飛び込んで・・・


・・・・・・


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