第382話・戦の機運。


山中国 月野原宿舎 九鬼嘉隆


 山中国の西へ延びた街道普請は、禰寝・鹿屋領の間を通って古江湊まであっという間に整備された。両氏はそれを妨害すること無く協力して事なきを得た。

 更に街道は池之原兵舎から北に延びて大隅湖近くまで伸びると北東に向きを変え、月野川を越えた所に兵舎を移した。


月野原兵舎は周辺で開墾や治水をする兵も入った。その為に千人以上の者達が寝起きする広大、物を売る商人や民らの小屋も建ち並ぶ町と化していた。

街道普請はその先、岩原で志布志からの街道と合流し北郷領である庄内平野へと真っ直ぐに伸びていた。


 その朝、月野原兵舎で指揮を取る九鬼嘉隆に不穏な知らせが届いた。


「九鬼殿、関所(北郷領)の前に民の首が晒されていると。どうやら普請に来てくれた民を見せしめに処刑した様で・」


「何だと! 」


 民を殺して何になる・・・しかも自領の民だぞ・・・


 通知か・・・

 『街道を通すか兵を挙げるか』に対する北郷の返事か・・・

 怒り狂って兵を集めているとか。


 ・・・ともかく、手伝いに来てくれた民を殺したのは許せぬ。



「志波姫、今日は儂と縄張りだ。関所を取っ払って北郷領まで縄張りをする」


「兵は? 」


「兵五十、武器は棒で良かろう」


「畏まって御座る! 」


「他の者は街道普請だ。合図があれば駆け付けてくれ」


「はっ!! 」


 北郷の兵は最大で二千、こちらは新兵が多いとは言え五百の山中兵がいれば何とでもなる。島津の援軍に備えて堀内殿に知らせておこう。



☆☆☆


大隅半島の付け根にある庄内平野。そこにある都城は十以上の曲輪が島のようになっている城だ。曲輪と曲輪の間は高さ十間もある通路となる空濠で遮られている。

次男忠虎の暮らす中尾曲輪は、本丸から少し西に離れた所にある。嫡男の相久は本丸に近い池の上曲輪に暮らし、当主北郷時久ら家族が暮らしているのは本丸隣接の中曲輪だ。一般的な認識では二の郭と言う事になろう。


 今日の都城は召集に応じた国人衆が兵を伴って、続々とそれぞれの曲輪に詰め掛けていた。北郷一千兵の内、次男忠虎が任されているのは百兵ほど、国人衆の梅北がその筆頭だ。

 因みに嫡男の相久は二百、当主時久は七百の兵で戦時にはそれぞれ倍の兵力となる。倅達は若く時久はまだ四十代と壮年故に、北郷家勢力の殆どを時久が率いている態勢だ。

 北郷家は祖父・忠相、父・忠親と勢力を伸ばして来て十代時久は北郷家最大版図を維持している猛将だ。



庄内 都城中尾曲輪・北郷忠虎(北郷時久の次男)


「忠虎様、お早う御座る」

「梅北、兵は揃っておるか? 」


「現在百三十兵。思うように集まりませぬ・・・」

「やはり・・・」


 街道普請の手伝いに出るなという命に反したとはいえ、自らの民を処刑したのだ。危険を承知で家族の為に稼ごうとした善良な者たちだ。

兵は民だ。その民の気持ちが離れつつあるということだ・・・


「我が隊はまだマシで御座る。相久様の隊は二百五十、殿は八百ほどしか集まっておらぬと・」


「なんと・・・」


「処刑された民は、殿の領地民だと・・・」


「・・・」


 月野原に山中国の兵舎があって、そこに居る兵は一千程だと。志布志城下にも三百ほどの兵、西の禰寝・鹿屋が独立しているといえ、召集をすれば三千兵を軽く越える勢力だ。

それに対して北郷が二千、飫肥勢が出せるのは精々五百、戦えぬ事は無いが地力では大隅の国主だった敵の方が勝っている。それに数は分らぬが強兵だという山中国の兵もいる。


「島津からの援軍は来ぬか? 」

「望めませぬ。それに殿は援軍の要請をしておりませぬ」


 そうだ。『戦はならぬ』という島津本家の命を臆病者と罵って兵を集めたのだ。援軍の要請が出来る訳が無いし、したとしても来る訳が無い。まったく父上の短気は困ったものだ。


 もう一度催促の伝令を出せば、兵は幾らか増えるだろうが・・・

戦は避けられぬとしてももう少し時間が欲しいな。


「伝令が来ます!」


 兵らが歩いている眼下の空濠に、旗を背負った騎乗の伝令が駆け込んで来ている。その速度がただ事では無いことを現わしていて、あっという間に眼下を通過して本丸方向に駆け去った。


「相久様の隊・関所で何かあった様ですな・・・」

「うむ」


 山中隊が攻めて来たか、処刑された民の身内が押し寄せたか、いずれにしても早急に出動の命が下るだろう。


「いつでも出撃出来る様に、兵の装備を点検させよ! 」

「はっ! 」

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