第376話・検見崎、気張る。
大姶良城 禰寝重長
子供の頃から病弱だった良兼様の体が、肝付家を継いだ重圧からか悪化してきた。遂には昨年には寝込むようになり、一向に治る気配が無い・・・
某と一つ違いで子供の頃親しくお仕えしてきた故に残念で仕方が無いが、おそらく今年の夏は越えられまい。覇気もあり決して凡庸なお方では無いが病には勝てなかったのだ。
だが問題は、良兼様のあと大隅国は最早肝付家では維持できない事だった。島津家の跡を継いだ義久殿と三人の御兄弟は、治政・武勇・智計・軍略に抜きん出ている。短い時間の内に下大隅の殆どを制圧して、肥後を席捲しようとしている。
程なく薩摩の周辺諸国は全て島津領となるのは、疑いようが無い。ここ大隅も島津家の領地となろう。
ならば肝付家中・血肉を分けた親類縁者・長年の友同士が互いに殺し合う前に平和裏に事を収めたいと考えた。良兼様の先が望めぬ折は、国人衆の大半を取り込み島津に随身するのだ。
ところが、なんと良兼様は先代・兼続様と懇意にしていた山中国・堀内殿にあとを託したのだ。堀内殿は兼続様と同じく豪放な性格ながら商いにも通じた好漢で普通ならば喜んでお仕えするお方だ。
だが某は既に島津家と約定を交している。
武士に二言は無い、島津家の援軍が来しだい随身するつもりだった。
しかし、
その援軍が来ないのだ・・・
「禰寝殿、島津の兵は来ぬのだな・」
「鹿屋殿、今島津家は肥後の攻略に掛かりっきりだ。いかにも時期が悪い。それに肝付家が山中国になったという新たな展開には苦慮なされておるようだ。いずれにしても、我らは待つよりほか無かろう」
「だがしかし、我らは今山中国との矛先に立っているのだ。そして山中国は強い、我らでは束になっても敵わぬ相手だ。このまま無駄に時を過ごせば、我ら確実に滅びますぞ」
「そうかも知れぬ。いや、きっとそうだろう。だが我らは島津と約定したのだ。今さらそれを反故にする訳には行かぬ・・・」
毎日の様にここに来ている鹿屋殿は、迫り来る山中国の脅威に居ても立ってもおられぬのだ。無論、某とて同じだ。
我らこのまま態度をあきらかにせねば山中国と戦になる。島津家の援軍が無ければ全く勝ち目の無い戦だ。
それなのに島津家からの応答は『しばし待っていて欲しい』と『危ないときは逃げて来られよ』というものだ。
山中国の街道普請が、大軍が即座に動ける軍道が、すぐそこまで伸びて来ているというのに・・・
「しかし殿、我らに同調していた筈の国人衆らも山中国に臣従してしまい、我らは孤立したのです。ならば、我らも新しき道を歩むべきかと・」
「石井の言うことは分かる。分るが山中国に臣従すると領地没収に城も廃棄だぞ。お主はそれで良いのか? 」
「・それは嫌でござる。しかし、山中国は怖い。あの船からの大砲は島津の本拠である内城など容易く破壊しましょうぞ。はたして、その山中国に対して島津家が当てになりましょうか? 」
「・・・」
領地替えの時に祝砲と称して山中水軍の船から無数の大砲が放たれて、不安に燻っていた国人衆の度肝を抜いた。その音は遥かに離れたここ大姶良の空気をも振るわしたのだ。視察に出た石井は、それを実際に見聞して来た。遠く南蛮にも船を出す山中国の水軍の力は日の本一だろう。
実際に島津家も一度ならず痛いめに遭わされている。島津家といえども海の上では山中国には勝てないのだ。
しかし、かといって山中国に鞍替えするのにも躊躇するものが大いにある。
それが『領地の没収』だ。元々我々武士は領地に根ざしている地侍だ。その拠り所となる領地が無くなるのは耐えがたいことだ。
それなのに多くの大隅国人衆が承知したのは何故だ・・・
「山中国は怖い。だが、四兄弟が結託した島津の力は群を抜いている。肥後相良領も陥落寸前だと言うし、いずれ島津が九州全土を版図に治めるかも知れぬと儂は思っている」
「・某もそう思う。これから島津は大きく伸びるだろう。だが我々は島津のことを分っても、山中国の事は良く知らぬ。畿内に行った事も無いし、大和・紀伊・近江国も見知っておらぬ。そこが不安なのだ・禰寝殿もそうでは無いか・」
「そのことよ。紀伊・大和・近江と言えば名に聞えた畿内の大国だ。それと片田舎の薩摩・大隅・肥後と比べられるだろうかと・・・」
「注進、東から兵が来ます! 」
「何処の隊だ、数は? 」
「およそ五十。旗は検見崎様です」
「検見崎殿か、山中国に臣従して道普請をしていたな・・・」
「左様。今や検見崎殿は敵でござる。いそぎ兵を集めましょう! 」
「待て、石井。たかが五十だ。集めなくとも城内の兵でこと足りる。それに我らは旗幟をあきらかにしておらぬ。まだ敵と決まった訳では無かろう・」
「・・承知。念のために城内の兵に武装させます」
「うむ。それならば良い」
我比の力の差を肌身で感じ取った石井は、鬼気迫る顔で任務を努めている。
某とて我が兵と鹿屋兵で元肝付方の軍に対抗出来るとは思っていない。島津とて今兵を出さねば下大隅の拠点を失うのだ、なのに何故兵を出さぬ?
「久しいのう。検見崎殿・今はどんな役目をしておられるな・」
「一別以来ですな、禰寝殿・鹿屋殿。
某・山中国では兵長に任じられて街道普請をして御座る」
「うむ。道普請は存じておる。兵長とはどの様な役目か? 」
「兵長は戦時に於いて百兵を率いる指揮官で御座る。今は五十人の配下を与えられており、その半数は以前よりの家臣で御座る故に気心が知れて御座る」
「ほう。城も領地も没収と聞いたが、家臣は以前のままか・」
「左様。城も領地も返上致した。元の家臣の動静はそれぞれだが、新兵に応募した者は得手に応じて様々な部署で働いて御座るよ。某の配下に配置された者は、その中でも兵としての適性がある者で御座る」
「なるほど。家臣を得手に応じて振り分けるか。それは理に叶っているな・」
「検見崎殿、大事な城と領地を取られて、心中は穏やかでは御座らぬのでは? 」
「いやそうでは御座らぬよ、鹿屋殿。
当初はたしかにそういう気持ちも多少御座ったが、日が経つにつれ家臣・領民の面倒やありとあらゆる雑事から解放されているのだ。武芸の鍛錬と毎日の普請を考えていれば良い、まっこと身も心も軽くなったわ。生活は以前より楽なのだ、それでいて屈強な部下もおる。この部下の面倒も国が見てくれるのだ、申し分がないうえに、なんか得した気分だわ・わはは」
「さようか・・・」
「ううむ・・・」
うむ。たしかに某より六つも年上の検見崎殿の顔色は、若返っているな。その笑顔も以前の様な屈託が無い。
なるほど。領地を返上すれば家臣も民も山中国が面倒を見てくれるのか。そりゃあ楽だな・・・
「・・・左様ですか。剣見崎殿は山中国への臣従を勧めに来てくれたのですな」
「そうでは御座らぬ。いや、そうであれば尚、良かろうが・・・。某は道普請に対する御両人の対応に不安が御座ってな・」
「不安で御座るか? 」
「左様。道普請はこの御城下を抜けて高須湊まで伸ばす計画で御座る。それに対して御両人はどうされるな? 」
「我らは山中国に臣従してはいない。無断で我が領内に街道を通すというのは承知できぬ」
「当然で御座る。多数の他国の兵を領内に入れるわけには行かぬ」
「で御座ろうな。だが、無断かどうかは分らぬが道普請は領界で止まることは無いと存じる」
「・何故だ。戦を仕掛けているのか・いや、戦なら分るが何故道普請なのだ? 」
「何故って、そりゃあ堀内様が街道を通したいからだ。商いの為と言っていたな・山中国は商いをなにより大切にすると。とにかく堀内様は、大隅の縦横に街道を整備してそれを北の博多湊まで繋げると仰せなのだ」
「商いだと・・・、博多湊までだと・・・、しかしここは他領だぞ。その領主に無断で通すというのは理解出来ん」
「まあそうだ。そこは某にも理解出来ぬ。理解は出来ぬが、街道普請を指導する九鬼中隊長は、『街道を通して自由な通行を認めれば何領であっても構わぬ。手を出さぬ限りは無闇に滅ぼしたりせぬ』と仰っていた」
「どういう事だ?? 」
「言葉そのままだと思う。何領であれ山中国の街道を通して、自由通行を認めなければならぬようだ」
「・・・何という勝手な・」
「そうだ。勝手だ。一方的で身勝手極まりない言い分だ。だがそれが山中国のやり方だろう。手を出せば滅ぶ、それを当たり前の様に中隊長は仰っていた」
「・・・」
「・・・」
「街道は、既に北の方向にも伸びておる。じきに島津領に入るだろう・」
「北にも・・そうか縦横にか、それが博多湊まで通すか・・・」
「左様で御座る。街道は志布志から博多湊まで繋がる」
しかし山中国、いや堀内殿か・その計画は大きい。途方も無いものだ。途中にある伊東家や大友家の領内も勝手に街道を通すのか。そしてそれがまことに出来るのか。山中国とはいったい・・・
「つまり、我らは普請と通行を邪魔しなければ良いのだな。そうすれば攻撃はされない、戦にならないと? 」
「そうだ。某、それを伝えに参ったのだ。考えて見てくれ、街道が出来ればそこに住む者が潤う。当然年貢も増えるだろう。すでに池之原兵舎の周囲は物を売る小店が乱立して大いに繁盛している。そこにいる民は皆大喜びだぞ、某あれ程の民の笑顔を見たのは初めてだ。御両人、大隅は既に変わりつつあるのだ」
「・・・」
「・・・」
たしかに大きな街道が出来れば商いが潤う。民も笑顔になり年貢も増えるだろう。
「それに街道普請を手伝えば給金を貰える。なんとピッカピカの山中銭だぞ! 」
「山中銭・・・」
「・・・」
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