第375話・道普請。


永禄十四年(1571)三月

肝属郡 池之原屯所 検見崎兼光


「セイヤー! 」

「おう! 」


朝日を被って影となった相手に、裂帛の気合をのせた突きを放つが、上げた棒で逸らされるのと同時に伸びて来た棒先が眉間に止まる。


「検見崎殿、なかなかに鋭い突きだ。某、少々驚いたぞ・」


「志波姫師範、某がまだまだなのは解って御座る。もう一度お願い致す」


 ここでは朝飯前の半刻が武芸修練の時間だ。もっとも、多くの者がその半刻前から自ら進んで体を動かしているが。

我らの指導をしてくれる志波姫殿は、陸奥の御出身で『山中国で某は新参者で武芸の腕は、下から数えた方が早い』と言われるが、我ら大隅の国人では誰一人敵わぬ腕を持っておられるのだ。

今まで武芸自慢をしていた某が、如何に井の中の蛙であったか思い知らされたわ。


 肝付領が山中国となってひと月が過ぎた。それまでとは全く違う毎日が目まぐるしく過ぎ去って行く。取り巻く環境も大きく変わった。


国人衆の領地は没収され城は取り壊されて屯所の建物に転用された。寺社の領地も同様で、宗教が武力を持つことは禁止された。ここに住む全ての者の人別が改められて、農地の検地が行なわれている。

そういうことに不満があった者達は多くいたが、しかし表だった反抗は一切無かった。それというのも、初日の祝砲・船の大砲の音を、間近で聞き凄まじき砲煙を目の当たりにして皆肝を抜かれたのだ。

某も同様だ。身が震えたわ・・・


まあ、あれは凄まじかったからな・・


 だが、その時に様子見の家臣を寄越した禰寝殿や鹿屋殿らは領地に引き籠もったまま音沙汰が無い。山中国に臣従もしないし反抗の意志も見せていない。


噂では兵を集め、戦支度を進めているとも聞くが・・・


 しかし大隅差配の堀内様は、そういう事には、どうも興味がないようで彼等を放置している。


 兵の中では彼等といつ戦になるのかという話が流れているが、果たしてどうなろうか・・・

それが元隣人でもあり肝付家臣団として協調していた某としては、大いに気に掛かっている。



「ようし、本日の調練は終わりだ。飯を食って今日も街道普請だ。気張っていこう! 」

「「おう! 」」


 まっ、我らは山中国兵として、我武者羅に道普請をしてゆくだけだ。今日は夕食時の褒美の酒が付くかどうかが兵たちの一番の関心事だからな。


 志願して山中国の兵となった某は、光栄なことに兵長の役を与えられた。兵長は戦時には百兵まで率いるという身分だ。元の身分とそう変わらぬ地位だ。

今は配下に二十人頭が五名、それぞれに九名の兵がいて、検見崎隊は合わせて五十名だ。その内半数が元からの家臣で、二十人頭も某が選んだ故に皆馴染むのが早く隊の息は合っている。


我ら検見崎隊は他の隊と同じく、毎日一丁(110m)の道普請をする。縄張りに沿って不要な部分を切り崩し運び均して固めてゆく訳だ。なかなかに骨が折れる仕事だが、熱心な指導方と大勢の民が手伝ってくれるで思いのほか捗っている。


 この西方向への普請は我らを含めて十組の五十人隊が行なっている、その十組で毎日の作業の進み具合が評価され、上位の三組が夕食時に褒美で酒一杯が支給される。たかが一杯、されど一杯・勝利の美酒だ。その一杯を貰えるか否かで気持ちが大きく変わる。

だから皆、我武者羅に気張って働いているのだ。



「兵長、街道は鹿屋領まで伸ばすと聞いただ。なら鹿屋と禰寝の殿様は山中国に臣従しただか? 」


「いや、そういう話は聞いておらぬ。だが鹿屋殿らが臣従しようとどうしようと街道は鹿屋城の郊外を抜けて高須湊まで通すらしい。そこが山中国の錦江湾の拠点だな・」


「そっただ、大姶良城の禰寝様のお膝元だで・・・・・・」


 元肝付家重臣の禰寝殿は、西大隅において伊地知殿に匹敵する大きな勢力だ。鹿屋殿は禰寝殿と遠戚で領地を接していることもあって、禰寝家と行動を共にすることが多い。それで今回も揃って島津家に傾いているのだ。


 検見崎領とも境を接していた両家と敵対するのは、某としても少々心苦しい。このままでは彼等と戦になるかも知れぬ、何とかならぬかの・・・



「兵長、中隊長殿らが戻ってきただ・」


 西方から騎乗の十名程が戻って来ている。街道の縄張りを進めている九鬼小隊長たちだ。

九鬼嘉隆中隊長は海賊上がりらしい、これまでは山中水軍の造船と水夫の調練を一手に担ってきたお方とか。此度はその役目を後継に託して、堀内様の片腕として大隅に来られたのだ。


 山中国で中隊長といえば、一万以上の兵を率いる重将だ。九鬼殿は水軍だけでなく治政や商いにも通じ様々な工夫を産み出す多彩なお方で、頭に堀内様が君臨しておられるが実質的な大隅の指導者なのだ。



「検見崎、大分道普請が様になってきたのう」

「中隊長。某、体を動かすしか能がありません故に気張っておりまする」


「なあに体を動かすことは人の基本。今は平地で楽だが、これが山地になると道普請も数段難儀な仕事になる。気張ってくれ」


「はっ。ところで中隊長、鹿屋・禰寝に動きは御座いましょうか? 」


「盛んに島津に使者を出し物見を放っている様だが、家中ではまだ揉めているようだな。我らとしては、こちらに手出しせぬ限りは放っておくつもりだ」


 水面下で大勢の者が動いているのを薄々承知していたが、やはり山中国は国人衆の動静を調べ上げているのだ。手出しせぬ限りは放っておくか・・・


「ならば、こちらに手出しせぬ様に某めが説得に参っても宜しいか? 」


「・うむ、それは構わぬ。争わずに済むのならば我らもその方が良い。行ってくれるか」


「はい。某は元隣人で御座る。不用意に争って彼等が滅びるのを見たくございませぬ故に」


「では頼む。街道を通して自由な通行を認めれば、我らは何領であっても構わぬのだ。手を出さぬ限りは無闇に滅ぼしたりせぬ」


「・・・承知致した」


 ・やはり。手を出してくれば滅ぼすのも躊躇しないのだ。噂で聞く山中国はそういう非情さも持っている。


「くれぐれも申しておくが、そなたらは全員山中国の兵だ。今までとは違う考えを持て。まさかに備えて隊で動き、おのれと兵の命を最優先してくれ」


「はっ! 」


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