第374話・大隅の差配。
志布志城 肝付良兼側近・伊地知重朝
堀内様が山中家の名代として肝付家を引き受けて下さると明言されて、我ら一同真に安堵し重い肩の荷が降りた気が致した。
肝付にはまだ殿の弟君の兼亮殿も居られるが、島津の圧力が強まる今、肝付の者ではお家を存続させるのは到底無理だと殿も我らも判断せざるを得なかった。そこで前主と懇意にしていた山中国・堀内様を頼ったのだ。
だがこれからが問題だ。皆に集まるように言ったが、いったいどれ程集まるだろうか。家臣団の中には島津に心を寄せる者が多い、この機に島津に付くと決断する者がきっと出るだろう。そうなると家臣の内の半数も集まれば良いかもしれぬ。そのへんのことを堀内様に申し上げておかねばならぬ。
肝付水軍を率いる某は山中国から購入した肝付丸の調練を通じて堀内様や船団の方々とは顔見知りで、山中国の紀湊や熊野湊・伊予や博多湊へも廻船したことがある。
「堀内様、某から肝付家の事情をかいつまんで申し上げまする」
「うむ。伊地知殿宜しく頼む」
「まず重臣は、筆頭の薬丸兼将殿、西の北・垂水周辺を領する我が兄の伊地知重興、その南大姶良(おおあいら)を領する禰寝重長殿、そして殿側近の安楽兼清殿の御父上安楽兼寛殿の四名で御座ります」
「ふむ。安楽殿の領地はどちらかな・」
事前に用意していた大隅の絵図を出して位置的な説明をする。
「はい。城下の南西の牛根に三千石の領地。また兼寛殿は今、島津との境界・桜島ねきの入船城を守備しておりまする」
「ふむ」
「殿の側近は、先ほどの安楽兼清殿と武に秀でる検見崎兼光殿で御座る。安楽殿は治政に秀でておりまする」
「そうか」
「先代が亡くなり後を継いだ良兼様が御病弱故に、国人衆の離反が増えておりまする。具体的には梅北・頴娃(えい)・敷根・廻・河越らが島津に下っており申す」
「うむ・」
「更に錦江湾岸は薩摩の強い攻勢を受けておる西大隅の御家老・禰寝殿や鹿屋殿らも最近は去就が不明で御座りまする」
「・・家臣団が揺らいでいることは承知しておったが、重臣の去就も不明とはな」
「はい。それだけ山中国の事を知っておる者らが少ないと言うことで御座います。紀湊を一度でも見た者は、山中国に抗うという考えを持ち得ませぬ故に・」
「良く解り申した。伊地知殿、説明忝し」
「某に殿付けなど無用。最早、堀内様の家臣なれば、伊地知と呼び捨て下されますように」
「相分かった。伊地知、安楽・検見崎らと協力して、城内の者で山中国家臣となる者とそうで無い者を選別してくれ。そうで無い者は、金一封を持たせて速やかに放免致せ」
「畏まって候! 」
城内の者の殆どは山中国に奉公することになった。この機に隠退する者や郷里に戻る者には金一封を与えて今までの苦労をねぎらった。それが終わると、堀内様が連れて来られた山中国の内政方が入城して城や領地の掌握を始めた。なんと奥や台所の差配をする女衆まで来ているのだ。
彼等の働き様は見事だ。あらゆるものを調べ把握して行く手際の良さには真に感心致した。
翌日には召集に応じた家臣らが大手門前に続々と集まって来た。
その数およそ二千五百、全家臣の半数にも足らぬ人数だ。入船城の安楽兼寛殿からは、堀内様に全面的に臣従致すが守備兵三百と共に前戦に留まりたしという願いが来ている。
おっ、今来た人数は伊地知隊だ。父上が来られたな、兵はおよそ・・
五百。全兵を率いて来られたな。
おやっ、その後ろに安楽隊が続いているぞ。入船城に留まるのでは無かったのか・・・
「堀内氏虎様、伊地知重興と兵五百、山中国に臣従致しまする。臣下なればどの様にもお引き回し下さりますように」
「うむ。伊地知殿有難し」
「某、安楽兼寛で御座る。書状にて前線に留まる旨を願いましたが、伊地知殿に説得されて半数の兵と共に参りました。某、百五十兵と共に山中国に臣従致しまする。宜しくお願い申す」
「安楽殿、よくぞ参られたな。伊地知殿、何と言って説得しましたな? 」
「わはっはっは。肝付領はもはや山中国に変わって御座る。不用意に手を出せば後悔するのは島津だと言って安楽殿を連れ出して来ました。堀内様、そうで御座ろう? 」
「左様。山中国は領土的な野心はあまり御座らぬが、手を出してくるならば容赦はしない。島津であろうと誰で有ろうとな・」
堀内様は平然と言い切ったな。この強さこそが山中国。良兼様が頼りにする由縁であろう。
禰寝・鹿屋両家からは肝心の当主が来ずに代理の者が来ている。つまり様子見だな・代理の者を出して山中国の差配の様子を見ようというのだ。
気持ちは解るが浅い了見だな・
彼等は山中国の事を知ら無さ過ぎる。また集まって来た者の中には島津の密偵もいるようだ。島津としても強大な山中国の動きが気になろう。堀内様がその気になれば、九州の片田舎の島津家などは簡単に滅ぶ力があるからな・・・
禰寝家家臣・石井岩助
兼続殿の後を継いだ肝付良兼殿はまともに治政が出来ぬ病弱の体だ。それに比べて義久殿が後を継いだ島津家は義弘・歳久・家久の勇猛な御兄弟が活躍して、両家の先行きには雲泥の差があろう。
それ故に多くの国人衆が島津に従っている。錦江湾に面する我らにも家久殿の使者が何度も訪れて殿の気持ちも島津に従う腹を決めつつある。
そんな時に『肝付家は山中国に領地を譲渡した。家臣一同志布志城に参集し臣従の手続きをせよ』というお触れだ。
山中国は先代・兼続殿が懇意にされていた国だ。大船を擁して商いに熱心な国だと聞いている。本拠地は大和で、北九州博多や四国伊予にも領地があると言うが、大隅国の片隅の我らには縁無きものだと思っていた。だが、肝付家に取って代ってまさか我らの主家になろうとはな・。
高台にある志布志城から湾が見通せる、そこには山中国の船であろう帆船が何隻も係留されている。南蛮の船に勝るとも劣らぬ大きく白い美しい船だ。その船団を見ていると、何とは無く恐れのようなものが湧いてくるのは何故か・
我ら島津に付くとしても、隣国がどのようなものか見て参れ、と殿に命じられて鹿屋家の者らと見物に来たのだ。集まって来た家臣は三千ほどか、往時の半数程だな。やはり、肝付家は大きく勢力を落としているな。それだけ島津の勢力が増していると言うことだ。ならば早いこと島津に付いた方がお家は安泰だろう。
待つ事半刻、城内から人が出て来た。重臣の安楽兼将殿だ。
「皆の者、遠路よりの参集ご苦労で御座る。本日は肝付領が山中国となった目出度い日。記念に山中水軍が祝砲を挙げる」
安楽殿の言葉が終わると、城門の上の人が大きな白い旗を振った。途端に湾で大きな音がした。そちらを見れば、船が白い砲煙に包まれている。
止まない。
六隻の船から連続した砲音が絶え間なく挙がる。船団の周囲は砲煙の雲が出来ている。肝付丸の大砲を撃つのには、一発十貫文(約五十万円)の銭が掛かるという。
いったい何発撃つのだ。祝砲に何千貫文費やすというのだ・・・
砲音はしばらく続き不意に止んだ。気が付けば城門の前に人が出て来ているのに気が付いた。揃いの武具を身につけた逞しき兵百名程が左右に並び、中央にいる将の一人が台の上に上がった。
「儂がこの地を差配する堀内氏虎である。集まって来てくれた者は今すぐ、山中国に臣従するか戦うか選ぶように。家臣には兵以外にも色いろな仕事があるが、臣従を良しとせぬ者は帰って戦の支度をするように。儂は山中国一血の気が多いと言われている。今すぐここで戦いたい者がいれば受けて立つぞ。一騎打ちでも良いぞ。どうだ、いないか? 」
「・・・」
この衆人の中で一騎打ちだと。無茶苦茶だ。だが、男の体から闘気が立ち上がっている様だ。本気なのだ。
差配だというのに、なんちゅう男だ。だが某ではとても敵うまい、居並ぶ兵の誰一人にも・・・己の腰が砕けたようになっているのに、ふと気が付いた。
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