第373話・氏虎の選択。

(第372の内容を改訂しています。)


 紀湊 九鬼春宗


 某が相良殿に代わり紀湊の差配をするようになって三年が来ようとしている。紀湊を母港とする山中水軍第四艦隊は扶養善五郎が艦隊長を恙無く務めており、もはや某が船に乗る機会も無かろうと思う。それを考えると寂しさも安堵もある不思議な気分だ。


紀湊には琉球や南蛮などの万里を越えた無数の船と人や物資が集まる古今東西一の湊だ。その役所の仕事は雑太・膨大だが、それも多くの役人が分担している故に某の成すことは多くはない。差配として肝心な事は大きな気持ち・大局で全体を見渡す事だ。

 といってもそれが如何に難しいか、迷い無くこの湊を造り運営した大将の見通しの大きさを痛感する毎日だ。


 あのお方はいったいどんな国を見ているのだろうか・・・


熊野の海や山野を駆け巡った若い頃、山中の大将と出会い日の本各地の海や土地を転戦して気付けばこの様な大身になっている。

 南紀の山海で戦い笑いあった仲間も今はそれぞれ重要な地位にあり、なかなか会う事も無くなってきた。などと思っていたら、堀内氏虎殿が来られた。


 某とは熊野時代からの盟友であり、武術馬鹿で戦を好む。いち早く山中の大将の配下となり腕を振るい、創生期からの山中水軍の総隊長であり山中国の重鎮の一人だ。



 ん、いつもの豪快な氏虎殿らしくないな・・・


「久し振りだな、春宗。・その・なんだ・ちょっとな・」


「どうしたのです。氏虎殿らしくない、由紀どのと喧嘩でもしましたか? 」


「い・いや、そうでは無い。実はな、大隅の肝付兼続殿が亡くなったのは知っているな。その後継の良兼殿も病が重くてな、国人衆の離反が耐えぬ。もはや肝付家では領国を維持出来ぬと。それで山中国に領地を割譲したいと某に言って来たのだ・」


「なるほど。伊予の河野殿の時と同じ感じですな。・それを氏虎殿に言ってきたのですか・」


「うむ、良兼殿を頼むと兼続殿に言われていたのだ。それで大和に行った。良兼殿の書を読んだ大将は『これは氏虎に頼むと書いてある。故に氏虎の好きにやれば良い』と言われたのだ。儂の好きにやれとは・どう言う事かの・・・ひょっとして儂は大将から見放されたのかの・・・・・・」


「氏虎殿は大将が機嫌を損ねたと思っているのですな? 」

「うむ。大将を差し置いて某の元に来たからの・」


 うーん、氏虎殿は大好きな大将から嫌われたと思って悩んでいるのか。大将がそんなことを気になさるとは到底思えないが。だが話の流れが良く見えない、大将が言われたのはそれだけか・


「大将は、他に何か言われていましたか?」

「・配下以外でも思う者がいたら連れて行けと。それから島津の戦術とか・・」


 つまりは思う者らを連れて行って好きにやれと言われた訳だ。戦術?


「島津の戦術とは? 」

「うむ。何でも『釣り野伏」とかいう多数の敵を殲滅する策らしい。島津相手に退却戦はするなと・』


「・・ならば見放された訳ではありませぬな。大将が何をお考えかは解りませぬが、ここは氏虎殿の好きになされば良ろしかろう」


「好きにしろと言われてもな・・・」


「何をお悩みです。これは大将からの褒美だと思えば宜しい。戦の好きな氏虎殿ならば配下の精鋭を率いて、陸海両面から島津・龍造寺・大友を打ち破り九州の王となられたら如何か・」


「おう。その様な事をしても良いのか! 」


「無論です。『好きにして良い』のですから・」


「おっし。山中の兵と水軍ならば九州なんぞは半年で制圧出来るわ。

いっちょう、やったるかぃ!! 」


「ご好きな様に・・・」





永禄十四年(1571)二月 志布志城 堀内氏虎


「堀内殿、遠路遙々お越し下され真に有難し・・」

「良兼殿、あとはこの氏虎に任せて、安心して養生されるが良い・」


「忝い・・・」


横たわる肝付良兼殿の顔には生気と言うものが無く、病が重篤な事が一目で解った。一昨年、兼続殿が亡くなり病弱の体質で苦労を重ねてきたのだ。特に兼続殿が大きく広げた版図を維持出来ずに、叛旗を上げ島津に付く国人衆が増えた心労が病を悪化させたのだろう。まだ齢三十七だというのにな・



「堀内様、どうか我らの願いをお聞き届け下され・」

「なにとぞ、山中国の端くれにお加え下され・」

「なにとぞ。なにとぞお願い申す・」


良兼殿の側近である、安楽・河越・検見崎殿らが平伏して願ってくる。この者らも肝付氏と祖を同じくする一族なのだ。とにかく肝付は多くの支流を持つ一族で、今は敵対している島津とも血縁的には濃密な関係だ。

同じ肝付氏でも島津傘下の者もいれば、家中に島津氏もいるし、家臣の中でも島津と肝付に分かれた家も珍しくない。これは新しい山中家には無い古いお家特有のややこしさだ。



「承った。たった今より某が山中の殿の名代としてこの地を差配致す。この事、領内に触れて主な国人衆や家臣を集めるように」


「「はっ!! 」」


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