第367話・勝頼隊の新たな策。


永禄十三年(1570)十月下旬 三河野田城 武田隊本陣 長坂光堅(釣間斎)


勝頼様を御大将とする我ら武田家伊那・諏訪隊が野田城を囲んで二十日が経った。予想外だったのは、野田城が以前とは異なる堅城となっていたことだ。それで野田城をさっと落として勝頼様の本陣をおき、ゆっくりと吉田城攻めの指揮をとる計画がふいになった。


お蔭で還暦が近い儂が、年の瀬迫るというのに野陣暮しじゃ。まあ戦に来たでそれも仕方が無い、覚悟のうえのことだ。それでも寒さを凌ぐ薪炭があれば凌げよう。

だが、三河の奴らは執拗で意地が悪い。我らに薪一本渡さぬために、おのれの家を取り壊して持ち去るなど聞いた事の無い所業よ。

そんな事をするのならば、もっと他にする事があろうにな・


 当初の数日は、薪集めと攻城用の木材集めに費やした。それから濠に架ける木橋と梯子などの攻城道具を作るのに数日。

それをもって攻撃するも一向に進展が無い。しかし兵は日々負傷して行く。五千五百あった兵は、連日の襲撃に五千を割り込んでいる。

特に被害が多いのは伐採に山に入った木曽真田隊だ。五百名いた兵が今では三百五十まで減っているう。彼等は文句一つを言わずに木材を伐採して来た。

それで作った攻城道具で成果を出せないのは面目ない気持ちがある。十日ほど攻撃したが、その間一度も帯曲輪には上がれずに後退していた。



毎夜襲い来る夜襲に夜は眠れず、成果の得られない昼間の城攻めでは、負傷者は増えていく。特に頭上から降ってくる岩が厄介だ。頭ほどの大きさの岩は楯越しでも衝撃があり怪我をしかねないのだ。


このままでは拙いと本陣で何度目かの軍議中だ。進行は勝頼様配下の侍大将・跡部だ。此奴は実力が伴わないと陰で噂されているが、儂にとっては単純で扱い易い男だ。


「どなたか現状打開する策は無かろうか。釣間斎殿、如何か? 」


「某には妙案は御座らぬが、ここは歴戦の将・馬場殿の考えを聞きたい・」


 跡部は儂に策が無いことを知っている。それを敢えて聞くのは、馬場殿らに考えを出させるためだ。跡部はしかりと頷いている。


「では、馬場殿は如何で御座ろうか・」


「左様。まずは投石を抑える事で御座ろう・」


「その方法は? 」


「高櫓だ。帯曲輪以上の高櫓を作って火縄で牽制すれば良い」


「なるほど。火縄で狙い撃ちすればこちらが有利ですな。数名の鉄砲足軽を乗せられる高櫓か・各攻め口に配置するとなれば・・・相当量の材木が必要ですな・」


「牽制には十名以上は必要だろう。高櫓の高さは帯曲輪を覗ける二間半。上は矢除け石避けの柵で囲う。各攻め口ひとつと出丸にも、全部で四つは必要であろう・」


 野田城は南北に長い小判型だ。

北が大手門のある三の丸、南が半月状の出丸でその南に馬出を備えた搦手口がある。

出丸の南は豊川が流れて、北の帯曲輪との間に幅二間の街道が通る。街道は東西の濠に掛かる橋が外されて木橋を架けないと入れない。大手口も同じだ。

帯曲輪は高さ二間。二の郭の横から本丸をぐるりと馬蹄状に囲む。相当な広さ長さがありそこに民を収容している。



「高さ二間半(5m)の高櫓で御座るか、それは大変な材木量で・・・」


 木曽・真田勢は攻城道具用の材木集めに山に入り、負傷者が激増して隊の維持が困難になっている。そこで負傷者を警護して一度帰参したいという願いを出しているのだ。

 その両隊にもう一度無理を言わねばならぬのか・・・


「材木は一つの高櫓に五十本ほど、四つで二百本ほどは必要とみている」


「二百本・・・」

「・・・」

「・・・」


 それは今まで伐採した総数に近い数だ。既に運びやすい近場の木は伐採している、更なる伐採には今まで以上の負傷者が出よう。

だが木曽・真田以外ではその被害は増大する。山に慣れぬ隊は壊滅したこともあるのだ。


皆が木曽殿・真田殿を見た。


「無論、命あらば、是非も無し」

「某も」


「「おおお! 」」


 両者の潔さに皆が唸った。ならばと勝頼様を見た。


「木曽殿、真田殿、済まぬが新たに材木二百本の伐採を願いたい。無論山下からは皆が手分けして運ぼう。これが済めば両隊は、負傷者を警護して帰参されるが良かろう」


「承知した」

「承知」


 木曽真田殿が引き受けてくれてほっとしたわ。だが、これも言わねばならぬ。


「木曽殿、真田殿宜しくお願い致す。ですが勝頼様、我らは吉田城を落として豊川湊を手に入れる他に、もう一つ目的、いや任務がありまする・」


「分かっておる釣間斎。西三河に兵を出して遠州侵攻を助ける事だ」


「左様で御座る。もし、我らが兵を出す前に遠州が落ちたのならば、勝頼様の立場がありませぬぞ・」


 このままでは吉田城攻略は難しいかも知れぬ。豊川湊を手に入れられず、遠州を制圧にも兵を出さなければ、勝頼様の立場は無くなろう。そうなると儂らも同じ運命を辿る。


「そうで御座った。勝頼様、ここはまず遠州に兵を入れておきましょうぞ! 」


 跡部が顔色を変えた。お主はそれを考えていなかったのか・・・馬場殿や山県・木曽・真田は当然という顔だ。そういう事は頭の中にあったのだ。

 我らとは立場が異なる・・・


「・・うむ。ならば釣間斎、言い出しっぺの其方が五百で遠州に入れ」

「そ・某が・・・」


 まさか、儂にその役目が来るとは・・・


「釣間斎殿、西遠州の取っつきは井伊谷にいる井伊や奥山だ。兵も合わせて二百・三百が精々の小勢。釣間斎殿は武田の精鋭五百で彼等を蹴散らすだけの楽仕事ですぞ」


 うむ。確かに跡部の言う通りだ。井伊谷は合わせても一万石も無い片田舎だ。奥山城や井伊城を窃取して、儂はそこでゆっくりと冬を越すのが良いな・・・


「畏まった。某、五百兵を率いて西遠州に切り込みまする」


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