第365話・高坂隊反撃される。
二俣拠点の普請は兵のやる気と民の協力が得られて想像以上に捗った。山中国製の優れた道具も大活躍して、僅か半年で完成した。民二千と一千五百兵が暮らせる総構えの拠点だ、兵糧の蓄えも十分にある。
井伊谷城では妻の乙葉が段蔵と茜殿らと共に西の武田隊を警戒している。
「陣城を広く取る事で、夜襲の効果を封じるつもりですな・」
「だが夜襲は、続ける」
「当然ですな」
武田軍は八丁先の小高い場所に本陣を置き、広い前面に隊を展開して周囲を濠と土塁で囲み始めた。しっかりとした陣城を築くつもりだ、即ち敵は長期戦の構えなのだ。
しっかりとした陣城には、夜襲の効果はあまりでない。外からの矢が届かぬ故に兵が安心して寝られるからだ。
兵の調練と築城の指導に来て貰った目賀田殿が某の話し相手だ。ここ一年半の間、彼等の指導を受けて毎朝未明の調練と拠点普請を進めてきた。当初は辛かった調練もすぐに慣れた。今では十日に一度の五十人隊での集団調練での順位を競って兵らが目の色を変えて励んでいる。
「高坂殿は侵攻には消極的だと聞いて御座る。そのせいか敵陣から覇気を感じませぬな」
「左様。普段からあまり覇気を感じさせぬ、かといって隙を見せれば迷わずに攻撃して来る。それが逃げ弾正の怖さで御座る」
「・井伊殿は高坂殿とは? 」
「特に親しくは無いが仲が悪い訳でも御座らぬ。武力よりも内政を重んじる高坂殿は、武田家中においては異質な存在だったかも知れぬ・」
「左様ですか。山中の殿ならば重用しそうな将ですな・」
「・そう言えば山中国は敵の兵をなるべく殺さぬと聞いたが、この様な場合もそうで御座るか? 」
「敵を殺さぬ・確かにそうで御座るが、時には非情な決断もなさりまする。まあ、敵が自領を踏みにじったのなら只では済みますまい・」
「ならば、心おきなく馳走すると致しますかな」
「無論です。兵らの力を発揮させましょうぞ」
「逃げ弾正殿の驚く顔が思い浮かぶわ・」
「「ふっふっふっふ」」
二俣城前面 信濃武田隊野戦陣地 見張組
「異常は? 」
「ねえだ」
ここに布陣して三日めだ。土塁と空濠が形になって毎夜の夜襲警戒も楽になった。周囲十丁(1100m)の土塁の上を十人組二十組で見張る、一組半丁の受け持ちだ。こうして半丁をゆっくりと往復して一刻で交替だ。歩かなくとも良いがそれだと眠くなるのだ。
「小頭、今夜はぁ、夜襲は無えかな・」
「雨だと火矢が使えねえからな・だがの油断するなよ、楯は外すで無えぞ」
敵の夜襲はもっぱら火矢だ、荷駄や小屋を狙って放たれる。それに混じって普通の矢も飛んでくる、土塁の上にいる儂らはそれにやられる。それで矢避け楯は欠かせないのだ。
夜襲があれば楯を翳して応援を呼ぶ。すると敵は四半刻もせずに立ち去る。それが一晩に何回もある、隙を付いて濠を越えて土塁の上まで上がってくることもあった。土塁の上から矢を射られたら味方に被害が出るで、油断出来ねえだ。
「あれっ・・」
「与助、何だべ? 」
「光りが見えただ。流れ星だが? 」
「馬鹿こくで無え、雨降りに流れ星は見え無えだ! 」
「・そんなら、何だべ・・・ぐぇ! 」
「与助・・小頭、与助が! 」
「どうした? 」
「中に落ちただ。急に・・なんで? 」
と頭を捻る万蔵の楯にいきなり衝撃が来た。矢が刺さったのだ。と同時に、目の前を無数の矢が通過していった。
「矢だ。夜襲だ。敵襲!! 」
「「敵襲!! 」」
楯を翳す万蔵の腕に連続した衝撃が伝わる。雨音で敵が出す弦音や矢羽の音が聞こえないが、相当数の矢が飛んできているのだ。
「敵、多い。応援頼む。敵襲だー!! 」
その声に、隣り合っている見張りが即座に集まって来る。万蔵らに並んで楯を翳して防御陣を作る。土塁の内側には応援部隊が駆け付けて来ている。
(もうちょっとで交替だったのに・・与助・大丈夫だが・・・)
と、仲間の心配をしている万蔵は楯ごと突き転がされて土塁から落ちてゆく。濠を渡ってきた敵が土塁を駆け上がって来て突き落とされたのだ。
(こ・こりゃあ、いつもの夜襲と違うべ・・)と転がりながら万蔵は思った。
二俣城前面 信濃武田隊本陣 高坂昌信
湧きあがる物音で目が覚めた。すぐに半身を起こしてその音を確認すると、起き出して武具を確認して隣接した本陣に出る。
「お目覚めで・」
「うむ。夜襲か」
「はい、右手から。いつもより多いようで交代要員五十と槍隊弓隊百ずつを向かわせました」
「応援が二百五十兵か・・敵がいつもより多いと? 」
「百ほどが土塁に上がり矢を放っていると」
「・むう。いつもは五十ほどの夜襲だ・今宵は倍以上繰り出してきたか・・・
” 左手からも夜襲です! ”
” 敵兵が多く、応援求むと! ”
「左にも応援部隊を! 」
「はっ! 」
「今夜の夜襲は大規模だ。皆を起こして戦闘配置を取らせよ! 」
「「はっ!! 」」
雨の夜を狙われたか。右・左と来れば前や後からも来るかも知れぬ。・となれば全軍を挙げての総攻撃もありうる・・
だが来るならば来い。兵数で圧倒出来る我が陣中に入ってくれば、こちらの思う壺だ。取り囲んで殲滅してくれるわ。
” 前方から多数の敵が押し寄せてきます! ”
” 総数は不明ながら、三百兵以上! ”
来たか・・・
「麻績と仁科は、五百兵で前方の敵の左右に。原殿は一千で本陣の前に。敵を誘い込んで三方から挟撃せよ! 」
「「はっ! 」」
” 前方の敵、土塁を越えて侵入! ”
「本陣の周囲を固めろ! 」
「はっ ! 」
さあて来い。返り討ちだ。
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