第362話・甲斐・甘利隊の戦。



朝比奈城下 武田軍甘利隊 甘利信忠


 遠州に上陸して三日、やっと朝比奈城を目の前にした。

進軍路周辺に無数の罠が仕掛けられていて思うように進めなかったのだ。広く出した斥候が罠に掛かり多数が負傷した。初日の負傷者は吉田湊に送り返して、範囲を狭め人数を増やした斥候隊を出して対応した。


それでも被害は絶えなかった。

斥候隊が足元の罠に対応しているところを敵の部隊から射竦められるのだ。ならばと敵兵を追撃すれば、罠に誘い込まれて負傷する。無視しても敵の部隊は送り狼の様にしつこく付いてきて、夜襲・朝駆けと隙あれば攻撃して来るのだ。

それ故に時が経つにつれて負傷者が増えてきた。これまではこちらが一方的にやり込められているがどうにもならなかった。


これからは我らが攻撃する番だ。


 朝比奈城は長く伸びた半島の付け根にある城。ここを取り背後を制圧すれば、遠州一の大きな半島が武田のものになる。その東西の海に水軍の拠点を造り補給拠点と出来る。それ故にまず落とさねばならぬ城だ。



「背後より敵襲。武石隊、丸子隊が応じています! 」

「うむ、背後は両隊に任せよう」


  その夜もしつこく何度も夜襲があった。前面の朝比奈城のある山では無く、背後の山からだ。

 我らは北東から南西に流れる朝比奈川に沿った平地に陣を敷いている。南は朝比奈城のある丘陵で五百の三隊を置き、その後に本隊一千、丘陵が迫っている北には武石・丸子の五百二隊を配置している。

武石・丸子隊は甲斐の精鋭だ、背後は彼等に任せれば良い。それでも平地は狭く密集せざるをえぬために多少の被害は出る。




「太鼓をうて。攻め上がるのだ」

「はっ、攻め太鼓を打て! 」


朝の光を浴びた陣太鼓がトン・トン・トンと単調な音を出すと、山裾に展開した三隊が一斉に山に取り付いてゆく。


 目前の朝比奈城は、高さは二百五十尺(75m)程の山とも言えぬ丘陵の稜線に築かれた城だ。付近一帯がそのような見栄えのしない丘陵地帯で、何処からでも攻め上がれる地形だ。

城兵はおよそ三百。多少の緩急はあるが山の傾斜は普通、なんて事の無い山城攻めだ。三隊が広がって攻め上がれば三日もあれば落ちるだろう、じっくりと取り掛かれば良い。



 山からは石や丸太が落ちて来た。難儀したのは威力がある矢の撃ち下ろしだが、火縄隊の牽制で有利に進んだ。三隊に五十ずつの火縄隊がいる、敵には火縄が無いようだ。

この一日の攻撃で城に続く手前の尾根を占拠した。それぞれに百兵が詰めて篝火を焚いて確保している。負傷者は九十名ほど、いずれも軽い怪我だ。


 明日は総攻撃だ。今までの鬱憤を晴らすかの如く将兵らは張り切っている。かく言う某も沸々たるものがある。




「太鼓を打たせよ。進軍だ」

「総攻め太鼓だ。攻め上がれ! 」


 青い空にドロドロドロという総攻め太鼓が打たれると、麓にいる後衛百兵の三隊が山に向かった。上の拠点にいる前衛三隊も進撃しているはずだ。もっと兵をつぎ込みたいところだが狭い山上で意味が無いのだ。足の踏み所も無くなる。


 連続した火縄の音と兵の響めきがこだましているが、本陣からは進展は見えぬ。一時するとその音が止む。

さては城内に雪崩れ込んだな、城を制圧したか? 


「敵は火縄の掃射で沈黙。雪崩をうって逃散! 」

「「おおぉ!」」


 伝令の報告に本陣は沸き立った。なんて事の無い小城であったが、実に呆気なかったな・・・


「後衛三百が城に到達。前衛は追撃に出た模様! 」

「・・・そうか」


 追撃・・・やや不安な気がする、無闇に敵を追うのは危険かも知れぬのだ。だが、どちらにせよ岬までは制圧せねばならぬ。追討戦は必須だ。


「穴山、五百を率いて山を回り込み追撃隊を助けよ。伏兵に気を付けよ! 」

「畏まった! 」


「後衛隊は城の補修をせよ。荷駄隊は三百兵分の物資を運び込め」

「「はっ」」


 朝比奈城のある山を西に回り込めば、一刻ほどで背後に出られる。急げば半刻、昼頃には合流出来るだろう。そこから岬までは約二里、抵抗が無ければ今日明日にでも制圧出来るか。

 ・・・いや、そう上手くは行かぬ。敵も必死だ。


「斥候五人隊を十組出せ。罠を解除しながら岬まで隈無く調べさせるのだ」

「はっ」


「本隊は今少し前進する。山間を抜けて広い所に出よ」

「はっ。撤収!! 」


 そこならば背後の岬に近い。何より広ければ見晴らしも良く、夜襲も減るだろう。



 広い場所に出た。そこはまさしく遠州だった。傍に海も見え、左右には何処までも砂浜・そして平地が広がっている。

 本陣に荷駄を隣接、周囲に各隊を配置して、その外側一回りを柵で囲み、警備兵を配置した。本陣は元より各隊にも矢が届かぬ大きさを取った。これで夜襲でも眠れるはずだ。某も将兵も上陸してからは満足に寝ておらぬからな。


「報告。穴山隊が敵の攻撃を受けています! 」


「何だと・・状況は? 」

「左右の山間からの弓矢で動けぬようです。近づけませぬので不明です」


ふむ。弓矢に対する備えは出来ているが、左右からの攻撃とは背後を突かれたのかも知れぬ・・・こちらは追撃に二百五十と応援に五百だが、城から逃散した敵は三百、他にも潜んでいた敵がいるのか・・・敵の数が読めぬのは不利だ。ここは斥候隊が戻ってからの仕切り直しだな。


ん・・・追撃隊はどうした? 追撃隊の応援に行った穴山隊が挟撃されて足止め・・・まずい。


「穴山隊の救援に三百を出せ!」

「はっ!」


「砂浜沿いにこちらに来る兵がいます! 」


 少し経ってあらぬ方向から兵が来ている。すぐに斥候を放った。


「朝比奈城の攻撃から追撃に移った隊です! 」

「追撃隊、ボロボロです。負傷者多数! 」


「・・・迎えの隊を出せ」

「はっ! 」



 迎えの隊に連れられて戻って来た兵たちは斥候の報告通りの惨状だった。

 何があったか問うた。


「城から逃げ出した兵が固まってヨロヨロと逃げているのが見え申した。そのまま放置するのは拙いと判断して、攻城隊から無事な兵二百五十を連れて追撃し申した。あと一歩で届くと思われた時に敵が反転、と同時に後方から敵兵が突っ込んで来て壊滅状態、何とか追撃を防いで動ける者を連れて南に逃れて砂浜を来申した・・・」


攻城隊の将・柳沢蔵人だ。武川衆の老練な将だが伏兵を見抜けなかったのか・・・


「柳沢殿、残りの兵は? 」

「残念ながら・・・」


 なんと半数以上も討たれたのか、なんという事だ・・・

 いや、柳沢殿なればそれで済んだのだろう。敵は周到に準備をしてきたのだ。


「相分かった。陣地で怪我の治療をしてゆっくり休んでくれ」

「真に申し訳御座らぬ・・・」



 穴山隊は二刻ほどして戻って来た。五十名の負傷者と追撃隊の遺体を伴ってきた。形見の品を取って埋葬した将兵は百五十名にものぼった。付近の村に頼んで数人の僧侶に来て貰って弔った。

 今回の侵攻で遠州は武田家のものになる。従って乱取りなどは一切禁止されている。武器を持たぬ者には手出しをしない、捕えて鉱山送りにするのは捕虜だけだ。


夕方になって斥候隊が続々と戻って来た。


「朝比奈城、南半里の笠名村の奥に砦」

「岬より一里手前の山中に多くの人の気配」

「周辺の山間に人の気配」


 つまり、岬までの山間は敵兵と罠で満ちているのだ。


 これは迂闊には動けぬ。


 このまま強行して兵を減らしてでも半島を制圧するか、

 朝比奈城に兵を籠めて補給路を確保して高天神城を囲むか、

 一度、本隊に問うべきだな。

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