第361話・朝比奈国の対応。



遠州掛川城 朝比奈泰朝


 駿府に集まった兵はおよそ一万兵。船でこちらに渡航をしてくる模様だと報告があった。北からは信濃の高坂隊が南下して、西からは三河攻めに出た伊那の勝頼隊が進出して来るだろう。


いよいよ武田が総力を挙げて遠州取りに向かってくるのだ。


 だが我らは時間を掛けて十分な準備をして来た。かつてのように国人衆がバラバラでは無く、皆が一致団結して迎え撃てる。勝てぬまでも対抗出来るはずだ。



「殿、武田隊が上陸した地点は、大井川の西・吉田湊。先陣三千兵が朝比奈城に向かっておりまする! 」


「そうか。先陣の将と構成は? 」

「大将は甘利信忠殿。騎馬隊三百、火縄隊三百、弓隊三百の構成です! 」



「・・・甘利殿が強力な甲斐勢を率いて来たか。久能殿には想定より敵が強力だが、予定どおりの対応で良いと伝えよ」

「はっ! 」


 朝比奈城の守りは薄い、三千の武田精鋭隊の攻撃にはそう長くは持たぬ。その間に守備方は、敵を引き付け少しでも削る事を目的にしている。その為に周囲は罠だらけにしてある。

久能と城兵に命じていることは『生きて戻れ』だ、最後まで粘らずに機を見て速やかに撤退せよと言ってある。



「敵の斥候隊・罠に掛かり負傷者約五十。甘利隊、進軍停止! 」


「よし。後続隊の動きも良く見てくれ」

「承知! 」


 これで敵も勢いのある進軍は出来ぬ筈だ。武田騎馬隊による電光石火の侵略は厄介だからな。朝比奈城に取り付く前に百は削りたいものだ。夜は夜襲を出して満足に寝かさぬ、追ってくるなら罠に誘い込む。

 ここでの胆は、直接対峙せずに敵の兵を減らす事だ。実は朝比奈城も囮だ。




「武田の後続隊約五千五百、上陸致しました!」


「武田義信は参陣しているか? 」

「はい。他に内藤・小山田・長坂・土屋・真田などの旗が見えます!」


 ふむ・さすが武田軍だ、勝頼隊・高坂隊・甘利隊と将兵を分けても歴戦の勇将には不足しないな・・・


 我が方の配置は本城・掛川城には二千兵をおく。その東を護る火剣山砦・富田城・横地城の三城に重臣・岡部元綱を置いた。一千兵を差配して敵を翻弄する役目だ。この三千で武田本隊に対応する。


南は要の高天神山城を小笠原氏興一千が護る。横地城から朝比奈城と御前崎岬までに三つの隠し砦を作った。この二城三砦に興津清房・久能宗能・伊藤武兵衛を入れた。彼等は海賊上がりで変幻自在に動くのが得意だ。兵一千と民兵を随時埋伏・結集して武田隊を翻弄・補給を切る。


これに連動するのが、天竜川河口におる水軍だ。伊丹雅勝率いる三隻と五百兵が待機している。


合わせて六千、これが東遠州の総勢力だ。我らはこの兵数で東と南の武田勢に当たる。不安はあるが、成し遂げられると思っている。三雲殿を軍師として策を立ててこれまで準備してきたのだ。


北と西の守りは、三千の兵を動員出来る領地を託した井伊家に任した。

井伊家には少数だが山中国の者がおり、精強な兵になっている。さらに尾張斉藤家とも親密だ。これが大きな力になるだろう。



「武田本隊、北上しております! 」

「横地城東の台地に達しました! 」


 ふむ。掛川城に最短の横地城をまず落とすか。それは我らも望むところだ。横地城に向かい罠に遭い止まったところを、北の火剣山砦と南の富田城の連携で兵を減らせば良い。

と算段しているところに、新しい報告が入る。


「武田本隊、さらに北上しています! 」

「うぬ・・・武田軍は東海道を抑えるつもりか・・・」


「左様ですな。だが背後の火剣山砦と横地城を無視して、東海道をこちらに押し寄せますかな・」


「三雲殿、武田本隊は東海道をこちらに押し寄せてはこないと? 」


「左様。一気に掛川城を落とせぬのならば、背後の城から攻撃され極めて不利で御座るからの」


「それはそうだが・」


「まずは東海道を抑えて補給線を確保する、その後に各砦を落として本城を丸裸にする。じっくりと腰を据えて攻略するつもりとみました」


「・・・確かに東海道を抑えられると我らは痛い。だが長期戦になれば敵の方が不利になろう」


「左様。武田には遠州の長い海は封鎖出来ぬ。なれば朝比奈が有利でござる」


 我らの水軍は古い船が三隻だが、急造の武田水軍とは違い、今川以来の練達の水夫がおる。それに、先年山中国から旧型の大砲を譲って貰い各船に三門ずつ装備している。船こそ少ないが水軍の力は我らの方がはっきりと優位だ。


「武田水軍が御前崎半島を越えられなければ、我が方が有利だ。御前崎は絶対に渡さぬ」


「結構な労力を掛けましたからな。某も武田隊の驚く顔が見とう御座る」


「「ぬふっふ・・」」




 遠州朝比奈城 久能宗能


「来よったな。武田の畜生めらが・・」


 眼下に続々と入って来て布陣する武田隊は、背中を寒くなる程恐い存在だ。荷駄隊を含め三千を越えるが数以上の威圧がある。武田の中枢とも言える甲斐から来た精鋭隊だ。

 兵らもそれを見て固まっている。震えている者も多い・・彼等の殆どは民兵で多少の調練をしているものの、武田の名を聞いて怯えているのだ。例えるならば蛇を前にした蛙だな。

 ・・・いかん。飲まれてはいかん。それでは満足に働けぬ。


「皆も知っているとおり武田の兵は畜生だ。奴らを撃退せねば皆が酷い目に遭う」

「「・・・んだ」」


「たしかに武田隊は強い、まともに戦っては勝てぬかも知れぬ。だが戦わなくても追い払える術はある。それで既に三百を越える敵を減らしているのだ」


「・・だったら隊長、おららは戦わなくともええだか・」


「おお、槍や刀を持って戦わなくとも良いぞ。上がって来る敵に、ここから丸太や岩を転がして馳走するのだ」


「そんぐらいなら、おらたちにもできる。けんども、その内敵が上がって来るだよ・」


「案ずるな。お前達はその前に降ろす。先に降りていて、合図があれば南の笠名砦の前を派手に逃げて敵を誘って貰いたい」


「解っただ。それで畜生めが追ってくるかはわかんねえが、せいぜい派手にやってやるだ」


 朝比奈城の守りは三百、その内二百が民兵だ。

眼前の武田隊の背後の山に隠し砦二百兵、北の横地城三百兵と合わせて五百を興津清房が指揮している。行軍中の甘利隊に夜襲や攻撃をしてき隊だ。


南の笠名と白羽の隠し砦に伊藤武兵衛の四百兵、これで武田の小部隊を引き出して挟撃する。

とにかく少しずつ敵を引き出して減らす事が我らの役目だ。興津は見事に三百五十も減らした。罠が実に良い働きをしたのだ、だがそれで敵は罠になれこれ以上は難しい。これからは兵による挟撃で減らすしか無いのだ。


 さて、今度は儂の出番だな。


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