第359話・動揺する真田一徳斎。



若狭 阿納尻湊 真田一徳斎


 岬を回り込んで熊野屋の大船が並ぶ湊に入って行く。この大きな帆船は、佐渡から一日で若狭まで来た。強い力で航走してきて揺れも少なく快適だった。


 今、某は京の都に向かっている。

そうなったのは、越後の雄・上杉殿に庇護を願いに春日山城に参った結果だ。上杉殿の返事は予想外だった。



「一徳斎、真田が我らと誼を通じるのは良い。だがその後上野に兵を出すのは許せぬぞ」


「・・・ならば、我らは北条に頼る他に道が無くなりますが」


 ここで上杉に頼るのは、背後を固めて上野に進出するためだ。それを止められては本末転倒だ。


「北条とて同じ事よ、他国に手を出すのを許さぬ。そもそも何故上杉と北条が上野に手出しをせぬようになったのか考えてみたか」


「・・・それは両家の申し合わせで御座るのでは? 」


「違う。我らは他国を侵略せぬ、そう決めたのだ」


「・・何故に? 」


「他国に兵を出し人を殺して土地を奪うのは、おのれの欲のみで動く非道な行為だ。そうは思わぬか。今、関東でそれをしているのは武田家のみだ。それ故に武田家はいずれ滅ぶ」


 他国に進出して強い国にするのは、戦国の世の常ではないか。上杉家とて、そうして大きくなってきたのだ。何をいまさら、そんな事を言われる・・・


「しかし、上杉家は能登に兵を出して手に入れたではありませぬか」


「それは乱れた能登国を鎮圧したのだ。都の了解を得てな」


「都の了解・・・まさか・・・」


「今、日の本は畿内から西国まで戦乱の無い豊かな国になっている。一国の欲で他国を侵略する時代は終わった。戦国の世は終わったのだ一徳斎」


「・・・まさか」


「武田に毒された真田は、いつまで人を騙し殺し続けるのだ。このままでは武田と同じ運命を辿るぞ」


「武田家と共に滅ぶと・・何故に? 」


「一徳斎、解らぬのも無理は無い。畿内に行っておのが目で確かめよ」


「・・・」



 越後から佐渡へと渡った。上杉殿の勧めで銭を全て山中銭に両替した。山中銭は領内でも重用されていて商人らがこぞって両替していると聞いている。

 湊で京へ行きたいと言うと、翌日の船に乗れることになった。

大きな船で、甲板で移り変わる陸地を飽きもせずに眺めていた。能登・七尾湊で荷と人を積んで半島をぐるりと回り、加賀・越前と過ぎて若狭に来た。


 阿納尻湊には相当数の馬車が並んで待っている。


「ご老公、乗船おおきに。人が乗る馬車は拠点から出ますぜ」


船頭の声に傍の広い台地に上がる。確かにそこには人が座る様になった馬車が並んでいる。ここは阿納尻拠点と言う山中国の飛び地らしい。大きな蔵が建ち並び警備する兵も多数いる。


「京に行きたいのだ」

と兵に聞くと

「ならばその馬車の列で御座る。本日中に南近江の石部拠点に到着して、明日の朝の内に京に着き申す」

「忝い」


 馬車は大きい。三名が横に並んで座りそれが六列、すぐに満席になり出発した。二頭引の馬車は驚く程の速度で進んで行くのに、乗り心地が良い。道が広く平坦に整備されているのだ。直に馬に乗るのより遥かに楽だ。


「山中国はこの様に道が整備されているのか?」

横に乗る中年の商人に問うた。


「お侍様、山中国は初めてですか? 」

「左様、信州から初めて参った」


「ならばあっしがご説明致しやす。ここは若狭・武田領で山中国では有りやせん。間も無く近江・高島領に入り、淡海の海を越えると山中国になりやすんで」


「ほう、二度も国境を越えるか。関銭は幾らか? 」

「関銭はありやせん。馬車に乗ったまま石部拠点に到着しま」


 関銭は領主の貴重な収入だ。それが無いのは厳しいだろうな・・・


「いえね、関銭は乗車賃に含まれていて、あとでまとめて領主様に支払われるようでっせ。それに山中国では関所は廃止されていま。ちなみに、この馬車は高島領のもので」


「・・・なんと、そうであったか。御教授忝し」

「なんて事ありやせん」


 山中国は関所が無いか。商人は喜ぶが領主は苦しかろうな・・・

 そもそも山中国がどんな国か儂は知らぬ。畿内で大きな力を持ち、商い船を日の本中に廻船しているのは知っているが・・・


「山中国とはどの様な国だな? 」

「えっ、そこからですかい。ええと・そうですな、本国は大和・紀伊・近江で九州から陸奥まで飛び地を持ち、帝の信頼厚き畿内の盟主でんな・・・」


「どのくらいの所領を持っているな? 」

「所領って、あっしには大きすぎて・・・えっと、どなたか山中国の所領を知っている方は御座らぬか! 」

「こ・これ、そんな大きな声で・・・」


 なんと、商人は振り向いて馬車の客に大声で問い掛けたのだ。儂は驚いたわ。怪しい奴と見られ処断されかねん・・・


「某は、所領三百万石と聞いた。随分前の事だが・・」


 商人の問いに、後部に座っている壮年の武家がさらりと答えた。


「へえ、おおきに。三百万石でっか、アテが思っていたより少ないでんな」

「馬鹿いえ。日の本全部でも一千万石は無い。その内の三百万は相当な数だぞ・」


「左様でっか。松永様や越後上杉・相模北条だって百万石近くはあると言うし、それに比べれば山中様は桁違いだ。なら三千万石ぐらいはあろうとアテは思っていましたで・」


「・・・そう言われれば、そうだな。確かに桁違いだ。ならば実際はそれ位あるかも知れぬな、何と言っても山中様だからな・・」



 会話を聞いていた儂は、全身に冷たい水を掛けられた様になっていた。山中国を知る者は、三百万どころか三千万石という途方も無い大きさを感じているのだ。儂にはそんな途方も無い大国を想像すらことすら出来ぬ。


『戦国は終わった』と言う上杉殿の言葉が頭の中に響いていた。


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