第356話・武田隊・襲撃される。
真田隊 真田昌輝
敵の罠に嵌まり負傷者の救助と手当てで時間を費やして、狭隘な地形でやむなく野営した。流石にその夜は酒を飲んで騒ぐことは無かったが、実に不安な一夜だ。案の定、寝静まった頃に山から矢が降ってきた。
「敵襲! 」
「盾で防げ。火を消すのだ! 」
「ぐえぇぇぇー」
篝火を焚いて厳重な見張りをしていたが長く伸びた野営地だ、その周囲の夜の山までは兵を出せない。敵はその山に潜み、矢を射掛けてきた。火矢が荷駄に地面に突き刺さり周囲を照らすと、バラバラと石が降ってくる。盾でそれは防げるが、最初の矢に当たった兵が転がり呻き声を上げる。
両側が暗い山、そこからの攻撃には為す術が無い。荷駄の後・盾の後でただ身を潜めているだけだ。
矢の襲撃はすぐに終わったが、朝まで体を伸ばして眠る事が出来なかった。
翌朝四十五名が九台の荷車に乗せられて戦場離脱した。荷駄を引く者と護衛に五十名が武節城に向かっていった。荷車に乗せられていた荷物は降ろされて、それを守る為に五十名が残る。
軍勢は朝餉も取らずに直ぐに出発した。敵の矢が狙う地で朝餉の準備など出来るはずが無い。十分寝る事が出来ず、飯も取れない兵は疲れている。だが何日もそういう日が続くのが戦だ。
今日は先頭・諏訪勢の太鼓は鳴らされてはいない。その元気も無く、見とおしの効かない地形では敵の目印になると気付いたのだ。
「頭上、気をつけよ! 」
「石・石だ! 」
「盾だ、盾で防ぐのだ! 」
一刻ほど行った所で、頭上から石が降ってきた。第二陣の本隊・大島勢の上だ。明らかに本隊を狙ってきている。
すぐさま手に持っていた盾を頭上に揚げて進む。今日も無論斥候を出しているが、敵は斥候隊が通過したあとで出て来るのだ。進軍を止めずに通過するしかない。今度は山に入れという下知はでない。
「ぎゃあっ」
「ぐえぇぇー」
「対岸から矢! 」
「側面にも盾を出せ! 」
何と盾を頭上に揚げてがら空きの体に矢が襲って来た。
「こりゃ、堪らん!」
「停止せよ。頭上の敵を追い払え! 」
堪らず下知が出て五十人隊が山に入る。それで行軍は停止して兵は亀のように固まる。
しばらくして石が降ってこなくなると、対岸からの矢も止んだ。しかし二十名ほどが矢を受けたようだ。
「前途多難だな・」
「左様ですな・」
兵たちは出陣したときのあの覇気溢れた顔を忘れて、暗い表情でただ虚空を見ている。
負傷した兵は荷車に乗せられて直ぐに出発した。とにかく一刻も早くこの地形を抜け出したい。それから石と矢が二度降ってきたが盾を掲げて止まらずに進んだ。停滞する事が敵の思う壺だと気付いたのだ。追撃隊を出せば返り討ちになる可能性が高く進軍も停滞する。
飯も行軍しながら取った。と言っても水と干し飯で腹を誤魔化しただけで、満足感は無い。
そして暗くなりかけた時分にやっと平野に出た。やっと戦場に到着したという緊張感より、狭隘な山間を抜け出したという安心した様な気持ちが強い。
今日一日で五十名ほどの負傷者が出ていた。我々は敵の顔一つも見ぬうちから疲労困ばいだ。幸いな事に真田隊から負傷者は出ていないが、もう一歩も歩きたくない。
広い荒れ地に野陣を張って一斉に飯の準備だ。水煙の煙が陣地を囲む。
ここでふと気付いた。持ってきた薪はそれ程の量が無い、あくまでも行軍中の分量だ。戦地での薪は通常現地調達なのだ。と言うことは薪の調達に山に入らねばならぬと。
敵が罠を張って待ち受ける山に・・・
平野に出てホッとした、こういう時が危ないのだ。その夜の見張りは小まめに交代することにした。皆寝不足で疲れているからだ。某も丑の刻(1時~3時)に見張りに立つことにした。反対されたがそれまでに十分休ませて貰うと言い切った。
幸いな事に某の見張り時間まで夜襲は無くぐっすりと眠れた。見張りに立つと見事な月だ。・十五夜の月か、夜襲を掛けるには丁度良い明るさだ。何故夜襲が無い・・・
「昌輝様・」
「どうしたな、主水」
「何者か・・忍びのもの・恐らく半蔵配下の者が接近して来ています」
「・どの方向だ」
「本隊の南、豊川方面からで・」
「・そちらは諏訪隊の陣地だな」
「はい、恐らくは最も警戒が緩い陣を見極めたと」
「・・ふうむ・おそらくそれだけでは無いだろう。全員を起こして戦闘準備をさせろ」
「はっ」
敵の忍び衆が陣地に南から接近している。軍勢の陣地は勝頼様本隊を中心に東西南北を各隊が固めている。東・後方は飯田勢、北は甲斐勢、野田城の方向・西を真田隊と木曽隊、そして南・豊川方向に諏訪勢がいる。
豊川を天然の防備と出来る最も楽な方向であると言える南を諏訪勢に任せたのは、この二日間で一方的に損害を受けた気遣いだと思っている。
それで安心したか諏訪勢の見張りは緩い。見張りは出ているものの、座り込んでうつらうつらしている者もいる。
「敵襲!! 」
「起きろ。敵襲だ! 」
「盾で防備せよ! 」
騒ぎが起きたのは北の甲斐勢・馬場隊だ。山から矢を射掛けられた様だ。この月夜だ、火矢を用いなくともおおよその的が見える。
その夜はそれだけで朝を迎えた。兵が起き出して準備を始めた時、諏訪勢が騒いでいるのに気が付いた。
「何事だ? 」
「はい。まだ寝ている兵を起こしたら死んでいたと、数十人いるようで・・」
あの夜襲騒ぎの間に敵の忍びが侵入して寝ている兵を刺殺していったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます