第353話・一揆勢の足掻き。


 陸奥街道 田村月斎


 多賀城に山中国主の山中百合葉様が来られて十日ほど、周辺領地の視察と代官の引き継ぎを済まして、藤原氏で繁栄した平泉に視察に赴かれる道中だ。


 大勢がお伴を希望したが、同行が許されたのは某と月鑑斎殿、それに志波姫殿だけだ。

 隊列の先頭は案内役で選ばれた?志波姫殿で、松山殿に大隊長・北村殿二十騎、その後に華隊という百合葉様のお連れになった女隊五十騎、その間に仲睦まじく馬を並べる赤虎殿と百合葉様、杉吉殿と清水殿、某と月鑑斎殿がいる。最後尾は仁王様の真柄殿十騎が努めている。全員騎乗の一隊だ。


実は総員は百名少々だが、生子隊と島野隊、それに杉吉殿配下が数名は先行していて姿が見えない。

 つまり目に見えるのは、華隊五十に北村隊・真柄隊・松山隊の八十名と我ら国人衆でも少々不安になりそうな少数での道行きだ。だが、多賀城再興に来られた山中兵は百ほどだと言うから、友好国の九戸領の視察には十分だろう。



 隣に進む月鑑斎殿は先行して小野城に帰還して、本日この一行に途中合流した。我ら陸奥の国人衆の目の前で黒川殿が山中国に臣従したことからその仔細を子息の元景殿に伝えていたのだ。


「月鑑斎殿、元景殿は何と申されていましたかな」


「うん。兵制を改め治政も山中国を見習って改めると、まあ隣国の九戸殿が山中様に臣従しているようなものなので、小野城には侵略される恐れが無い。そこは楽でござる」


山中国は決して臣従を求めてはいないのだ。逆に臣従することなく自立して良い関係を構築したいと言われている。

 だが今までの様な治政をしていては、民が山中国に逃げ出す恐れがある。現に国府周辺は相当に人が増えているのだ。


「左様ですか、それは賢明ですな。それに比べると田村は難しい、だが背後の佐竹や相馬を心配する必要が無くなった分は安心出来ますな・」


 田村領は国府・山中国と今も争っている伊達家と隣接している。伊達家は留守・葛西・最上・国分と結んでいた一時ほどの勢いが無くなったが、田村とは比べるまでも無い勢力を持っているのだ。


山中国は特に税が安いわけでは無い、商人や職人に限れば税は高くなる。だが細やかな治政が魅力的で、商いの道が遥かに太くなり売り上げが上がる。

兵役も無ければ入植者には兵が開墾した土地を与えられ、新しい耕作の指導も受けられるのだ。もし儂が小作人であったならば、一族を引き連れて山中領に逃げて百姓をするだろう。それ程の手厚い治政だ。



 全員が騎乗での移動だから速い。その日の泊地である寺池城に到着したのはまだ日が高い刻限だった。馬は九戸家から提供され、九戸殿は一足先に平泉に戻って迎え入れの準備をなされている。




一揆勢大又砦 留守政景


 腹が減ったわい。伊達家からの兵糧は秋口に届いたのみだ。何でも長年確執していた兄上と中野・牧野の執政との争いが本格的に始まって家中が騒然としているらしい。何とも時期が悪いわ。

 春になって野草や木の芽で食いつないでいるが、二日に一度薄い粥をすするだけだ。最早限界だな。一揆を解散して伊達に戻ろうか・・・


「殿、山中国一行がこちらに向かって来ておりますぞ! 」


「なに、どう言う事だ? 」

「何でも、女国主が平泉見物に行くのだとか・」


 なにい、儂が木の芽や皮を食っているときに遊山旅とな!

 許せぬ・・・

 一泡吹かせてやりたい・・・


「人数は? 」

「女国主を守るのは五十名の女隊、それに武士がおよそ三十名で! 」


「何だと、たったそれだけか? 」

「はっ。しかし全員が馬に乗っており動きが速う御座る」


「全員馬だと、何と贅沢な、おのれ! 」

「如何致しましょう?」


「やる。女国主を浚って多賀城に進軍する。出来たての巨城は儂のものだ! 」

「ですが山中隊は強う御座る・・・」


「解っておる。紀伊、策を出せ」


「はっ。ここは少数に全員で掛かりまする。埋伏して敵を待つ、一気に街道前後を封鎖して馬の足を止めて兵は大勢でなぶり殺しにする。女どもは生かして兵への褒美とする。京の女・五十名で御座る。皆空腹を乗り越えて大いに奮い立つで御座ろう」


「うむ、良い策だ。だが女国主は必ず生け捕りにせよ。手を出すなよ」

「無論で御座る。生きて捕えてこそ、人質の役に立ち申す。殺せばそれこそ周囲が敵になりましょうぞ・」


「よし。皆に告げよ。今宵砦を出て街道の近くに埋伏する。我らの興亡この一戦にありだ!! 」

「はっ!!! 」




 寺池城 田村月斎


 今朝はゆっくりの出立だ。寺池城から平泉は十里、馬なら二刻で着く。出立しようと準備している所に早馬が駆け込んで来た。九戸兵だ。


「ご注進で御座る。一揆勢が待ち伏せしております!! 」


「・そうか。人数は? 」

「三百兵、大又砦の総員が出たようで御座る」


「・分かった。我らは予定通り出立する」

「実親様が九戸兵二百を率いて待機しておりますれば、ご指示を! 」


「一揆勢は山中隊が殲滅する。九戸隊は後始末を願いたしと伝えてくれ」

「・・はっ!! 」


 砦で冬越えした一揆勢には兵糧が乏しく、相当困窮していると聞いた。それだけに必死で死に物狂い働こうが・・・しかも兵数は三倍・・・まあしかし山中国の精鋭だからな・・・んっ・・・殲滅と言われたか・・・



 寺池城を出立して一刻ほど過ぎたところで人が立っていた。するりと赤虎殿に寄った顔は生子殿だ。


「大将、敵およそ三百が、この先に街道を取り囲む様に潜伏」


「そうか。取り囲むつもりだな・」

「左様です。馬止めで街道を封鎖しようと」


「弓は持っているか? 」

「潜伏するのに邪魔とみたか持っておりませぬ」


「兵の配置は? 」

「前後に百、左右に五十で」


「敵将は何処にいる? 」

「街道の前に葛西と留守、その側近の花淵」


「島野隊は?」

「街道の右奥に控えて御座る」


「右は島野隊、松山は左の敵に。大隊長と真柄は華隊の掃射のあと後方に、俺たちは前方に向かう。手加減無用。殲滅せよ! 」

「「「はっ!!! 」」」



 すぐに一揆勢と接触した。

後方一町ほどに兵が走り込んできて、材木を組んだ馬止めを置いた。前方にも馬止めが置かれて、兵がその前に並んだ。

皆薄汚れた姿で目だけがぎらつく山賊やそれ以下の野獣のような者達だ。後方には騎乗した四名がいる。葛西と留守殿その側近だろう。彼等も山賊だ、野にかえることも出来ず、かつての栄華に縋りつく亡者と言っても良い。


「この馬らは火縄に慣れておらぬ。華隊は下馬して前に出ろ」


 赤虎殿の指示で女衆が馬を降りて前後に進み出た。その姿を見て賊どもは更に目をぎらつかせて奇声を上げた。


「女だ! 」

「京の女だぞ! 」

「殺すなよ、たっぷりと可愛がってやる!」

「久し振りだ! 」


「京の女では無いがな・・」

「まぁ、勇三郎様。陸奥から見たら殆ど京女ですよ」


「大将、百合葉様。また呑気なことを・」

「そうだな。まあこの世の女の見納めだ。京女で良かろう・」


「そうでんな。京女の手に掛かってあの世に行きなはれ」



「ひょえーい」

と奇声を上げて四方から突っ込んでくる一揆勢。それに向かって進む女衆。


「ひゃほー」

と松山隊が左手に突撃した。


「敵襲。後から敵だー」

と右手の一揆勢は背後からの島野隊に動揺する。


「ポンポンポンポン・ポン」

と前後から凄まじい銃声と煙幕がした。馬が驚いて動こうとするのにしがみついた。

 女衆に向かって目をぎらつかせて突撃してきた者どもがバッタバタと倒れる。

 だが、銃声は鳴り止まない。

 女衆は前後で入れ替わり射撃しているのだ。しかも一人が二発、二連発の火縄銃だ。五名五列の女衆が二巡した時には前後の敵の半数は倒れていた。


「掛かれー」

と後方に大隊長と真柄殿が突っ込んでゆく。凄まじい刃風を産み出す彼等の後に立っている者はいない。草刈りをするかの如く道が出来ている。


「行きます! 」


 朱色の武具を着けた百合葉様が薙刀を手に前方に駆けた。

赤虎殿と杉吉殿がその脇を固める。女衆も火縄を置いて刀を抜いて、朱色に続く赤い本流となって駆けた。その流れを敵の血しぶきが染める。凄まじい突撃だ・・・


 狼狽する留守殿らの顔が見える。逃げようとしておのれらが置いた馬止めに遮られる。何故馬止めの中には入ったのだ・・・


 薙刀が日の光をキラリと弾くと馬上の者どもの首が舞い上がった。驚愕に見開いたその目は何を見たのか・・・・・・


第七章陸奥 この話で終了です。

次は・・・どうしようかな・・・




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