第351話・国主来航。


永禄十二年(1569)三月 陸奥多賀城・長江月鑑斎


 某も多賀城で冬籠もりを致した。田村月斎殿や国分宗正殿らと共に北畠具房様の下で手習い所の指導をしたのじゃ。大勢の子供や若者らを教えると言うことはなかなかにやり甲斐がある。無論、国府に老若男女の隔たりは無い。それがまた新鮮で新しい世を感じている。


 小野城の元景から、秋頃に一揆として栗原郡の山砦に挙兵した葛西晴信様から誘いが来たという知らせが入った。人数を揃えて南部の傘下に入り、南北から山中勢を追い払うと言っているらしい。


 相変わらず馬鹿な妄想をお持ちじゃ。全く世の中が見えておらぬ。現に元葛西領から加わる者は足軽以外にいない、既に旧家臣から見捨てられているのがお分かりでは無い。名寄せのために留守殿良いように使われているのだ。

 こうなると、かえって憐れじゃ。


 雪が溶けると陸奥各地の大名が国府に参集して来た。春に来られるという山中国の国主・山中百合葉様に目通りする為じゃ。彼等は世の中が見えている、陸奥の国人衆は国府に従うしか先行きが無いだろう。



「来ました。堀内殿が船団長の第一船団の船です!! 」


碧色に輝く松島湾に白い帆を靡かせた大型帆船が美しい姿を見せた。旗艦は去年こちらにいらした山中家水軍大将の堀内氏虎様が乗る堀内丸だ。船団は旗艦と同じ大きさの大和船が一隻と少し小型の熊野丸という船が三隻の五隻が見えている。

中程に位置する旗艦には、国主の存在を示すという朱地の山中国旗が誇らしげにはためいているわ。


「ドーン・ドンドンドン・・・」

と船から砲撃音が鳴り響き砲煙に包まれた。何やら、体の奥深くから揺さぶられるような音である。


「放て!! 」

「パン、パンパンパン・・・」

と、火縄銃が応えるように空に向かって撃たれた。なるほど、これが遥かな海を旅して来た船の出迎えなのかと思った。


 船団は背後の舟入に見事な操船で横付けされる。渡し板が掛けられると次々と荷物が降ろされる。清水代官や赤虎殿・北村殿ら山中国の名だたる将が出迎えている旗艦の前の桟敷に、赤備えの一隊が降りて来た。


 おう、皆女子だ・・

 揃いの防具に剣・短い火縄のような物を携え、黒髪が艶めいている女隊だ。


 なるほど、女国主を守るのは女隊か、五十名ほどの隊・・


 女隊が降りて清水殿らの前に左右に分かれて並んだ。その真ん中をゆっくりと朱色の女武将が降りてくると、舟入側の城際に並んで固唾を飲んで見守る者らが息を飲むのが分かった。山中国の女国主・百合葉様だ。背が高く長い黒髪の美しさが際立つお方だ。某もその艶やかさに思わず息を飲んだ。


 ゆっくりと清水代官らの前に歩み寄って来て何か話すと、不意に百合葉様が抱き付いた・・赤虎殿に・・ま・まさか・・・


 横にいる大崎殿を見ると頷いた。

「左様、赤虎殿こそが元国主で山中国をお作りになった山中勇三郎様で御座る」

「な・なんと・・・」

「清水殿は筆頭家老で、北村殿は山中軍を率いる大隊長で御座る」

「そのような・・」

「山中国は、国主や筆頭重臣らの中枢が不在でも力を発揮する。それも強さの一つだろう」

「・・・まさに」


 比べようも無く小さい長江領でも国主や重臣が悉く不在では成り立たぬ、国のありようが根本から違うのだ・・・



 多賀城の大広間に皆が威儀を正して居並んでいる。最前列は山中隊の将で女衆や内政方・見慣れぬ者達もいる。おそらく彼等は忍び衆などの別働隊だろう。その端に我らも座している。


 案内も無く上座に数人が入って来られて座した。左から堀内殿・赤虎殿・百合葉様・清水代官に北村殿だ。


「皆の者、年余に渡る働き真にご苦労様です。御礼を申し上げます」

「「ははっ」」


 百合葉様の言葉に一同が頭を下げた。


「見たところ、多賀城の再興は殆ど終えています。そこで各国から応援を得ての普請は終わりとします。普請兵を派遣してくれた国人衆と来てくれた普請兵に礼金を送ってそのけじめとします」

「「おお・・・」」


 うむ。多賀城の大普請は終わったのだ。呆気なく・・・いや、数度の戦があって波瀾万丈であったのう。儂も敵として攻めかけてきたのじゃ・・


「多賀城は国府の役割を持ちますが、それを含めた周辺は山中国の直轄領とします。旧大崎領・宮城野を含めた差配は国府代官が行ないます。蒲生賢秀! 」

「はっ! 」


「多賀城代官を頼みます」

「有りがたき幸せ!! 」


「明石掃部、新城定元! 」

「「はっ! 」」


「代官補佐を頼みまする」

「はっ! 」

「承知致しました! 」


 ほう、代官が変わられるのか。まあ、清水殿は山中国の筆頭家老で何時までも陸奥におるわけにはいかぬかだろうのう・・・


「大崎義直殿、田村月斎殿、長江月鑑斎殿」


「「はっ! 」」

 儂も呼ばれるのか・・・


「方々は山中の家臣ではありませぬが、引き続き手習いの指導と代官の相談役をお願い出来ませぬか? 」

「心得た 」

「御意! 」

「承知仕る」


 それなら何とかなろう。家臣扱いでも構わぬのだが、給金も貰っているからな・


「その他の方々も領内普請など仕事が山積しておりますれば、引き続いて頼みます。山中国の目指すところは民の笑顔です。これを忘れない様に励んで下され」

「「ははっ」」


 目指すところは、民の笑顔か、ちょっと驚いたわい・・・


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